WATALIS・引地恵代表理事
「FUGURO(フグロ)」-。温かみのある東北なまりを取り入れた巾着“袋”が、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県亘理(わたり)町発のブランドとして、じわじわと認知度が高まっている。袋のルーツはたんすに眠っていた古い着物。全国から集めた着物地を再利用し、地元在住の女性が自宅で袋を作って商品化する。仕掛け人は一般社団法人「WATALIS(ワタリス)」の引地恵代表だ。
◆故郷で運命の出合い
引地さんは大学卒業後、大日本印刷の東北事業部に女性初の総合職として入社した。その後、生まれ育った亘理町の職員に転じた。
震災の頃は郷土資料館の学芸員で民俗調査を行っていた。亘理町は町の半分が浸水し、一段落した後、浸水していないエリアを対象に調査を再開。その過程でFUGUROが誕生する出合いがあった。それは大きい農家に行ったときのこと。その家に住むおばあさんから巾着袋を見せてもらったのだ。
おばあさんは自宅で、「もんぺ」をはじめとした作業着を仕立てていた。その際に発生する端切れを利用したのが巾着袋。中にはコメを入れ、何か頂いたときのお礼として渡していたのだ。今でもちょっとした生地があれば袋を作って豆や野菜を入れて渡している。その話を聞いて「『ありがとう』といえる場面を想定した生き方は素晴らしい」と思った。
引地さんは、そのおばあさんに「巾着袋の名前は何ですか」と聞いたところ、「名前なんかない。これは『ふぐろ』だ」という答えが返ってきた。
その後、被災によって全壊判定を下された家の民俗調査を行う機会があった。その一つがまさに取り壊されようとしていた、30年ぐらい前に閉店した洋品店。たくさんの着物がほこりを被っていたが「これはもんぺなどに仕立てられる生地だ」と、おばあさんの話を思い出し慌ててごみ袋3つ分の着物をもらう。亘理の女性たちの間で伝承されていた返礼文化にまつわるストーリーを、全国に広げたい-。高校時代の友人や妹と一緒に手探りで「ふぐろ」の製作に乗り出した。
◆震災復興賞を受賞
本格的な事業を展開するに当たって、引地さんは職員を辞めてWATALISを設立。デザインに対する評価が高く、百貨店などに常設コーナーを開くなどルートも徐々に広がっている。
日本政策投資銀行が主催する「第3回 DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」で「震災復興賞」を受賞したことも、販路拡大につながっている。具体事例の一つが、亘理町に精米工場を持つアイリスオーヤマとの共同企画。贈答用のコメの包装としてFUGUROが採用されたのだ。
亘理町では復興需要によって仕事が増えているが、建設や警備など男性向けの仕事が主流だ。こうした中、WATALISは、25人の縫製メンバーを含め約30人すべてが女性。子育てや介護、家事をしながらも社会と関わり続ける新たな就労モデルを創りだしている。
WATALISでは引地さんをはじめとする3人の理事が、出資し6、7月をめどに株式会社を立ち上げ、販売部門だけを一般社団法人から移す計画。社団は残し、手仕事ワークショップによる交流の場づくりなど、非営利事業を行う。新体制を機に日本だけでなく世界に向けたブランドの発信力を一段と強化していく考えだ。(伊藤俊祐)
≪Q&A≫ウェブサイトでの販売に注力
--事業は順調に拡大しているようだが
「WATALISブランドは当初、2アイテムで開始したが今では30アイテム以上に達している。ただ、絞り込む時期がきたと思っている。地元の女性を活用しているので大量生産に向かない事業モデルだし、着物は有限な資源でもあるからだ。一方で外部とのコラボレーションについては、積極的に関わっていきたい」
--販売手法も変わってくるのか
「今後はウェブサイトでの販売に力を入れたい。全国の百貨店ルートを開拓していくには人海戦術が不可欠で、ハードルが高いからだ。また、仙台市や亘理には常設店舗も構えているので、サイトをきっかけに宮城に足を運んでくれたらうれしい。着物の素材や柄に込められた意味を購入者にきちんと伝えられるようにすることも課題だと認識している」
--海外市場に対する考え方は
「着物のデザインや配色は、日本の文化とか美意識、伝統が象徴されたものだと思っている。日本人の丁寧さ、真面目さを商品に込めて海外にアピールしていきたい。すでに準備を進めており、タイ・バンコクのアンテナショップに出しているほか、ドイツで開かれた商品見本市にも出品した。また、海外向け商品として手芸の教材キットを用意している。材料は着物地。英訳のレシピのほか動画のレシピを製作しており、購入者が見ることができるようにする」
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【プロフィル】引地恵
ひきち・めぐみ 宮城教育大大学院修了。大日本印刷を経て宮城県亘理町職員。2012年3月に退職し、WATALISを設立、現職。47歳。宮城県出身。
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【会社概要】WATALIS
▽本社=宮城県亘理町字中町22
▽設立=2012年4月(13年4月から一般社団法人化)
▽事業内容=中古着物地による雑貨の製造販売
「フジサンケイビジネスアイ」