昨年12月、安倍晋三首相の提唱する1億総活躍社会の実現に向けて創設された働き方改革実現会議から、「同一労働同一賃金ガイドライン案」が公表された。そこには趣旨とともに、不合理な待遇差について「問題とならない例」「問題となる例」に分けて具体的に示されている。
同一労働同一賃金とは、性別、年齢、人種などの違いにかかわりなく、同種・同量の労働に対して、同一額の賃金の支払いを求めるものだ。しかし実態は、正規雇用と非正規雇用の平均年収にはおよそ300万円の乖離(かいり)があり、生涯年収も正規は非正規の約2倍とされている。最近の非正規雇用の割合は4割で、この25年で2倍になっており、特に女性は6割弱が非正規雇用である。このため労働者世帯の貯蓄は年々低下している。
これは「失われた20年」以降、日本企業が財務体質を強化するために低賃金で教育コストがかからない非正規雇用を増やしてきた結果とも言える。非正規雇用者の弱い立場に乗じて不当に安い賃金で雇用することは憲法が保障する平等権の侵害になる。経済的にも低賃金層の増加は消費へのブレーキとなり、デフレの恒常化というマイナスの効果をもたらす。
この点については反論もありそうだ。米国は、非正規の賃金水準が正規の3割程度と先進国の中で最も格差が大きいものの、経済が堅調だからだ。確かに非正規の増加と低賃金化によって企業の財務は筋肉質になる。ただ、働いても貧しいワーキングプアなどのデメリットはそのようなメリットを越える段階に入っており、これを軌道修正する必要は明らかだと思う。このため不合理な待遇差を解消し、「非正規」という言葉の一掃を目指す、とするガイドライン案の方向性は評価できる。
厚生労働省は、欧州を参考に、日本で「同一労働同一賃金」原則に踏み込むとしているが、労働慣行が大きく異なる欧州のルールを持ち込むには、前提となる働き方そのものに関する議論をする必要がある。
英国を除く欧州主要国は、産業別に労使が労働協約を結んで協約賃金を設定しており、地域・企業横断的に基本的に同一の労働について同一水準の賃金が払われる。日本は、同じ業務であっても地域・企業によって賃金は異なる。このため、ガイドライン案は、同一企業内における正規・非正規の不合理格差解消のみを対象とするものとなっている。このような、いわば企業ごとの差別禁止法令では、企業の競争力の維持のために、非正規に合わせる形で正規社員の賃金の低下を招く恐れもある。
同一企業内での差別を禁止し、労働者全体の賃金の増額を目指すならば、欧州で提唱されているように、労働者に賃金水準に関する情報を知る権利として与えなければならない。企業が開示制度を設け、知識や技能、責任、負荷、労働環境といった評価項目で職務を点数表示し、賃金水準を測定する方法(得点要素法)も導入する必要があるだろう。
また、ガイドライン案に示されたケースを見ると、あるポスト(業務)の要請や実際に求められる責任と関連性を持たない前職での経験の違いによって賃金の違いを正当化することはできないとするものがある。
このようなルールは、総合職がない欧州では不都合はないのだろうが、日本の現在の労働慣行とキャリアステップにはそぐわない。これから策定されるガイドラインや法令が、制度の付け焼き刃とならないように、前提となる労働慣行など枠組みのそのものの議論を深めるべきである。
【プロフィル】
古田利雄 ふるた・としお
弁護士法人クレア法律事務所代表弁護士。1991年弁護士登録。ベンチャー起業支援をテーマに活動を続けている。東証1部のトランザクションなど上場企業の社外役員も兼務。55歳。東京都出身。
「フジサンケイビジネスアイ」