カホンを製作するワークショップ。たくさんの人が参加し、カホンづくりに挑戦している(青沼義郎氏提供)
「木の箱」の上にまたがるように座って側面をたたくと、ドラムのような音がする木製楽器「カホン」。持ち運びしやすく手軽に演奏できるため人気が高まっている。
「カホンがあればドラムの再現ができるので演奏の幅が広がる。日本でも買う人の幅が広がっている」と青沼電器商会の青沼義郎社長(65)は話す。
祖父の代から続く「まちの電気屋さん」の3代目。昭和20年代に祖父が電球や乾電池の販売、ラジオの組み立てを始めた。1968年、父が「青沼電器商会」を立ち上げ、主に電化製品を販売していた。
会社を継いでからは、貸しスタジオや音響関連の仕事も引き受けた。高校時代にバンドを始めて以来、趣味のギターを続けていたこともあって、自然と音響設備の仕事にも携わるようになった。
◆ライブの感動が発端
カホンに出会ったのは99年のこと。音響の仕事の手伝いをしていた市内のライブで、ブルース系のミュージシャンが演奏していたのを目にした。
「すごい音で感動した。ドラムにマイクを付けてもきれいな音を出すのは難しいのに、カホンはマイクを置いただけできれいな音が出る。これまでに見たことのない楽器で、音響的な興味で『どこから音が出ているんだろう』と不思議に思ったね」
スピーカーのユニットの組み立てをしていたが、カホンは大きさや形が似ている。その利を生かして製作に挑戦し、研究に研究を重ね、翌年7月に手作りのカホン第1号が完成した。
その年の11月にカホン専門店「カホン工房アルコ」を立ち上げ、本格的に製作と販売を開始。当初はオークションサイトで販売していたが、ネット上での販売を始めてから徐々に知名度が上がっていった。
さらに仙台、東京と全国の楽器店に販売網が広がり、一般の人からも問い合わせが来るように。現在では海外から注文が来るほどの“世界的”な楽器メーカーとなった。
◆丁寧さで品質保持
削り方で音が変わるため、製作はほとんど1人だ。手作りの部分が多く、丁寧な仕事で世界レベルのクオリティーを維持している。くぎやねじは使わずに接着するため、製作には3日ほどかかるという。
全国の楽器フェアなどにも参加し、カホンの知名度も上がってきた矢先、東日本大震災が発生した。最大被災地ともいわれる石巻市には2メートルもの津波が押し寄せ、工房の1階が被害に遭った。
「震災当日は自宅に帰りましたが、翌朝、工房に来てみると作業場が泥とがれきだらけ。全国から多くの励ましをいただき、ボランティアの方々に片付けを手伝っていただいて本当にありがたかった」
幸い、カホンの材料を置いていた2階部分は無事だったため、片付けが終わり、電気が復旧してからはカホンの製作を再開することができた。
震災前、世界的には知られていても、地元での知名度は高くなかった。しかし、震災後に復興支援プロジェクト「石巻に恋しちゃった」に参加したことでその名が広まり、石巻を代表する会社として市民にも親しまれるようになった。
カホンづくりのワークショップには多くの人が参加しており、参加者の楽しそうな顔を見ると幸せを感じるという。
「カホンは誰でもすぐに楽しめる楽器。たくさんの人に楽しんでもらえるよう、これからも作り続けたい」(大渡美咲)
【会社概要】
青沼電器商会
▽住所=宮城県石巻市立町1-2-17 ((電)0225・94・7572)
▽設立=1968年。「カホン工房アルコ」は2000年
▽資本金=300万円
▽従業員=1人
▽事業内容=バンド練習スタジオ賃貸、音響機器レンタルや音響業務、木製打楽器「カホン」の製造・販売
■震災後、製作体験イベントで魅力発信
青沼義郎社長
--カホンの魅力は
「一度聞いたり演奏したりするととりこになる。一般的な楽器ではないが、音を出したときに体に染みこんでいくような感覚がある」
--カホンづくりの難しさとは
「木の箱の中に弦が入っているので、音を出したときに音がバラバラに散らないようにしなければならない。手作りのため削り具合などで音が変わる。クオリティーの維持が大変だ」
--カホンのルーツは
「南米の海岸地帯、主にペルーで作られた。農場の労働力としてアフリカから連れてこられた人が楽器を奪われ、身近にあった木の箱を使って作ったのが最初といわれている。日本に入ってきたのは30年前くらいだ」
--国内でも知名度が上がっている
「ドラムセット一式を持ってくるのは大変だが、カホンがあればドラムの再現ができる。3人いればギター、カホン、サックスといった形で手軽に合奏ができ、ライブ演奏の幅が広がる。打楽器に縁のなかった人でもカホンを演奏する人が増えているので、今後も普及していくのでは」
--東日本大震災では工房も被災した
「1階部分が天井まで浸水したが、自宅に帰っていたので無事だった。翌朝来たら周辺は道もない状態。ボランティアの方々に片付けを手伝ってもらって、10日間ほどしてから営業を再開した。配達網も止まっていたので、営業所まで商品を持っていって発送した」
--震災後に始めた製作体験が人気だ
「震災後は町おこしのイベントに参加するようになった。これまで2年ちょっとで160人くらいの方がカホンづくりに参加している。やってみたい人が気軽に取り組める楽器として、これからもカホンの魅力を広めていきたい」
【プロフィル】
青沼義郎 あおぬま・よしろう
法政大卒。父親が設立した「青沼電器商会」を引き継ぎ、2000年に会社の部門としてショップ「カホン工房アルコ」を設立。65歳。石巻市出身。
≪イチ押し!≫ ■熟練度に合わせ選べる品ぞろえ
ドラムの再現ができる箱形の木製楽器「カホン」
もちろんイチ押し商品は「カホン」だ。スペイン語で「箱」を意味し、ルーツは南米のペルー。木製の箱形で丸い穴が空いており、中に弦が張られているタイプと弦がないタイプがある。
クラシックシリーズ、ストライプシリーズ、プロフェッショナルシリーズなど用途や熟練度に合わせた商品を取りそろえている。人気商品は、産地直送の宮城県産カホン「SW50バーチ」(1万8360円)やきれいな木目で力強いサウンドが楽しめる「SW77ブビンガ」(2万520円)、プロに人気の「SW60 all birch」(3万1320円)など。
カホンづくり体験では弦がないタイプを製作する。
「フジサンケイビジネスアイ」