株式会社横引シャッター 代表取締役 市川 慎次郎氏

公開日:2016年8月10日

~先代の遺志を継ぐ~

横引シャッターについて
 1970年に先代の社長、市川文胤が「中央シャッター」を創業し、上下シャッターの修理やメンテナンスをメインで手掛けながら、大手他社の横引きシャッターの修理を請け負っていました。当時の横引きシャッターは上下シャッターを横に動かしただけの製品だったので動きや使用勝手が悪く、大手他社が軒並みに横引きシャッターの製造・販売から撤退した時期がありました。当社にはそれまでの修理業務で蓄積した技術とノウハウがあったので、それならば、動きのよい横引きシャッターを独自で作ろうと、先代が今の当社製品の原型となる、上吊式の横引きシャッターを開発したのが始まりです。 しかし、当時は一町工場の修理会社から大手企業がシャッターを買ってくれることはなく、それならば、〝特殊シャッター専門会社〟を作ろうということで1986年に「横引シャッター」を設立しました。
入社したときの負債が約9億円
 私は入社した当時のことを「暗黒の時代」と呼んでいます。 そのときの会社は、経理が自社の負債がどれくらいあるのかわからないという異常な状態でした。実際に調べてみると、年間2~3億の売り上げに対して、給料遅滞、税金滞納、仕入先への未払い、銀行の借入などを含め、負債総額が9億あるのにも関わらず、会社の誰も把握していませんでした。「これはどうにかしないと」と思い、総務部長を兼任しながら、経理副部長として借金の返済にあたりました。 まずは、負債を返済するための原資を作らなくてはならないので、電話回線、電気、仕入れなど、細かい支払い項目をすべて洗い出し、見直しました。そして、毎月浮いたお金をこつこつ集め、たまった額を各返済に振り分けるという地道な作業を続け、6年間で7億返済しました。現在残っているのは通常の銀行借り入れだけですので、やっと正常な経営に戻ることができました。 私がその時の経験から学んだことは、能力や経験、才能も知識もない、若さしかない人間が大きい目標を叶えるには「時間」をかければ良い、

「いまできること×時間=結果」だということです。

小さなことしかできなくても、時間を掛け積み重ねることで大きな結果を生み出すことができる。この経験は自分にとって大きな自信になりました。
会社を継ぐ気はなかった
 先代は典型的な「中小企業の親父」で、カリスマ性がありました。そのカリスマ性で社員を引っ張り、顧客との関係が成り立っていた会社でしたので、そのような会社を自分が継げるとも、継ぎたいとも思いませんでした。しかし、先代が急逝し、誰かがこの会社を守らなくてはならないという状況になったとき、「自分しかいない」と覚悟を決めました。 就任当初は葛藤があり、納得するまで時間もかかりましたが、ある晩、考え事をしていて「経営者なんだから重たいものを背負うのはあたりまえ」と思えた瞬間、何故だか、ふっと肩の力が抜け、それ以降は社員が自慢できる社長になろうと前向きに考えるようになり、現在に至ります。
二つの新しい取り組み
 今年に入り、新たに二つの取り組みを始めました。 そのうちのひとつが「先代の証明」です。私は先代の息子ですし、入社したときは先代のかばん持ちからスタートしているので、先代から直々に教育を受けることができました。しかし、現在いる40名の社員のうち、先代のことを知っている社員は全体の約半分で、その社員たちも今の年齢を考えると、多くの者は10~20年先には会社を去っていきます。さらに、これから会社の重要な役割を担っていく中堅、若手社員の多くが先代のことを知りません。これから皆で力を合わせて会社を発展させていくためにも、今、創業者の遺志を明確にしておく必要があると考えました。 昔先代と話した会話を今でも思い出すことがあります。借金を7億返済し、「このまま無借金会社を目指そう」と話したとき、先代が小さく笑いながら「そうだな」と答えたのをはっきりと覚えています。先代は冗談半分に話を聞いていたのかもしれませんが、私は先代と約束をしたと思っています。 日本のごく一部の会社しかなれない無借金会社になり、社員が家族から「お父さん、会社に行くのが楽しそうだね」と言われるような、世間が憧れる会社になることで、先代の教えが正しかったことを証明し、その遺志を社員全員で引き継いでいきたいと思っています。

 もうひとつの取り組みとして「山賊から武士へ」というテーマを掲げています。 昔から「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、当社は「暗黒の時代」が長かったため、「衣食が足りていないのだから礼節なんか知らない」、「腕はあるけど品がない」会社だったと感じています。そして、やっと衣食が足りてきたので、これからは礼節を覚える段階だと思っています。「腕もあるし品もある」武士になっていこうということです。 そのためにも、身なり、挨拶、仕事の準備、段取り、片付け、そういった細かい部分をひとつずつ見直して、自分軸だけでなく他人軸で考えて改善をしていきます。非常に根気のいる作業ですが、あせらずじっくりと、5年でひとつの形になればと考えています。
技能実習生の受け入れ
 当社では、去年の8月からベトナム人の技能実習生を2名受け入れています。 これから日本の出生率が上がったとしても、今生まれた子たちが社会人として働けるようになるまで20年は掛かります。落ちていく労働力を補うために、近い将来、当社でも外国人の雇用が必要になります。 当社には現在5名の中国人が在籍していますが、15~20年前から勤めている社員なので語学力も高く、気心も知れています。これから新しく入ってくる外国人に対してこれまでと同じ対応が通用するかと問われると難しいと思います。将来的に海外から人材を受け入れるにあたり、新しいスキーム、器づくりを今のうちからしておく必要があると考え、技能実習生を受け入れることを決めました。また、技能だけでなく語学を習得すれば必ず彼らの将来に役に立つと考え、毎週月曜日の午前中は日本語学校に通わせています。本人たちも授業を楽しんでいるようで、日本語もだいぶ上達しました。 当社では国籍に関わらず、他の社員と同様に扱いますので、努力した分は給与に反映させます。二人の実習生もすでに昇給しており、組合の方も驚いていました。また、1年も一緒にいると情も湧いてきますので、今後法改正されて日本で就労ビザが取れるようになるのであれば、少しでも長く当社で働いてほしいと考えています。
将来の展望
 数値目標としては、今の人数で現在3億の売り上げを5億まで引き上げます。よく他の経営者から、「社長はもっと大きな目標を掲げるべきだ」とご指摘を受けますが、まずは近い目標を設定し、それを達成したあとに自信をもって新しいステージに進みたいと考えています。先代の遺志を踏襲しつつ、業界内の連携など新しいことにも挑戦していきます。 先代は自分の夢や希望、目標を叶えるために創業をしました。それが一人では叶えられないので賛同してくれる社員が集まり、今でも毎日一生懸命働いてくれている。「会社は社員のもの」この気持ちを常に忘れずに、今いる40名の社員を大切にしながら、中小企業だからこそできる〝身の丈に合った〟経営改革を推進していきます。

市川慎次郎氏(いちかわ・しんじろう) 埼玉県出身。国士舘中学校・高等学校を卒業後、中国の清華大学へ留学し、
北京語言文化大学の漢語学部、経済貿易学科卒業。2000年横引シャッター入社。 入社後は父の運転手兼秘書として、
直接創業者精神を叩き込まれる。総務部部長・経理部副部長を兼務した後、父の急逝を受けて2006年4月より
代表取締役に就任。現在に至る。

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