新型コロナウィルス感染症の影響により、インターネットを中心に開催された「革新ビジネスアワード2020」で、「よい仕事おこし賞」を受賞した歯科技工所の株式会社ホワイトライン(東京都渋谷区)。
人材不足や離職率の上昇により、業界としての存続に黄信号がともる中、デジタル化による革新を推し進め、質の高い歯科技工物を安価に提供する体制を構築したほか、「働き方改革」にも取り組み、魅力ある職場作りに注力している。株式上場も視野に入れた今後の展開に加え、新製品のスポーツマウスガードに懸ける思いや実現したい夢などについて、松下浩之CEOに話を聞いた。
コロナ禍でも成長し続ける歯科技工所
――どんな事業を手がけていますか?
当社は、アライナー矯正(薄い透明プラスチック製のマウスピースを口腔内に装着して行う歯の矯正治療)で国内トップクラスの歯科医療法人・友伸會グループの歯科技工所として、2019年3月に設立されました。主に取り扱っている商品は人工ダイヤの材料としても知られるジルコニアを用いて歯を修復するジルコニア補綴(ほてつ)とアライナー矯正で、その他に材料や機材を開発しています。
国内トップクラスの規模によって実現できる高い品質と安価なサービスが特徴です。
――コロナ禍の影響は?
2020年5月だけは売上が若干減少しましたが、6月以降は過去最高を更新し続けています。現在、設立1年10カ月目を迎えましたが、同11月には月次の売上が過去最高に、12月もほぼ同額。2021年1月は休日の関係で若干落ち込みますが、今後も順調に業績は伸びていくと思います。
新技術と匠のこだわりで作る矯正歯科用製品
――アライナー矯正用のマウスピースは、どう作られているのですか?
口腔(こうくう)内をスキャンし、そこで得られた歯型データと、歯科医師の指示書を元に歯をどう動かして矯正するのかをデジタル上でシミュレーション(デジタルセットアップ)します。次いで3Dプリンタで、動かした歯の模型を造形。マウスピースの材料となるアライナーシートをプレスし、カットします。
従来、アライナーシートのカッティングは手作業で、スタッフが鋏で1つひとつ歯の形に合わせて切っていました。弊社でもその数は月間数万個をカットします。そのためスタッフの手にまめができたり、スタッフが腱鞘炎になることもありました。
そこで当社では、3次元のレーザーカットシステムを独自に開発し、従来手作業で行っていたカッティング作業を自動化。今後は、できあがった製品をそのまま納品できるまでに品質を高め、最終的には3Dプリンタにデータを送ったあと、製品の梱包までを全自動で行うオートメーション工場に進化させていきたいですね。
――ジルコニア補綴にも品質への強いこだわりがあります。
ジルコニアには、金属アレルギーにならない、劣化が少なく長期間安定した状態を保つ、丈夫で色も白く透明感もあり審美的という特徴があります。口腔内スキャンで得た歯型データをもとに補綴物(歯に入れる詰め物やかぶせ物)のデザインを行い、ジルコニアを円盤状に成形したジルコニアディスクをミリングマシンで削り、補綴物を作るのです。
材料には、歯科分野で世界的に評価の高いスイス・ストローマン社製や独アマンギルバッハ社製のジルコニアディスクを採用し、機械は、独アイメスアイコア社製、アマンギルバッハ社製のミリングマシンを使い、精密に削り出しを行います。
――そのデザイン作業にもセンスが必要で、技工士によって考え方やポリシーがありますね。
そうですね。実際には歯科用CAD(キャド)でデザインしていくのですが、歯の形は人によって異なり、1つとして同じものはありません。その歯を、形状はもちろん色の出し方や適合性も含めて、本物と見分けがつかないレベルに仕上げるのです。そうした技術は絶対になくならないものですから、いくらデジタル化が進んでも、匠の世界の技術需要はゼロにはなりません。
デジタル化で競争力を高め、働き方を改革
――デジタル化によるイノベーションを進めた理由は?
株式会社ホワイトライン
CEO 松下浩之氏
最近アライナー矯正などでも競争が非常に激化し、異業種からの参入も増えています。これに対して競争力をもって勝負していくためには、多くの人材を確保するために魅力のある会社にすること。同時に人件費の削減と材料のコストカットが重要です。これを実現する方法を考えた結果がデジタル化とオートメーション化でした。今後はカッティング作業や製品のパッケージングにかかる時間も短縮し、さらなるコストダウンを図っていきます。
――製造業の工程改善やコストダウンの話を聞いているようです。
ジルコニア補綴のコストダウンで最も重要なのは、ジルコニアディスク1枚から何歯を削り出せるかということです。仮に1枚1万円のディスクから10歯を削り出せれば1歯当たりのコストは1000円になりますが、削り出せる歯数が多くなるほどコストは低減します。こうした部分についても社内で徹底敵に教育を行っているほか、メーカーを絞り、まとめて材料や機材を購入することでコストをおさえる努力も重ねています。
――こうしたイノベーションが「働き方改革」にもつながっていますね。
歯科技工士は「絶滅危惧職種」と言われています。今は国家試験の合格者が毎年800人程度しかおらず、その75~80%が離職していくと言われているのです。技工士の高年齢化は著しく50歳以上の割合が半数を占めるようになり、この先10年もすれば技工物の製造が需要に追いつかなくなってしまうでしょう。そのため日本歯科技工士会でも、技工士の待遇改善の必要性を訴えています。
そこで当社では、デジタル化を前面に打ち出して人材を集める戦略を採っています。歯科技工所は普通、男性ばかりの職場ですが、当社は63名の従業員の6割が女性。当社はまだ設立後1年10カ月しか経っていませんが、これまで応募して下さった方が約150名もいます。
応募してくれた方々は、みな今の技工界に閉塞感を感じつつ、近年主流になりつつある、デジタル技工の分野に興味を持ち、その流れに乗り遅れてはいけないという危機感を持っていると感じました。
歯科技工所の離職率の高さは、長時間労働と低賃金によるところが最も大きいため、これをどうにか改善し、歯科技工界の働き方改革を進めていきたいと考えています。現在当社は株式上場を目指しており、上場に向けて残業時間の短縮や人材確保、従業員満足度や定着率の向上などに注力しています。給与水準についても業界でトップレベルにあると自負しています。
――職場の雰囲気は?
当社は職場がとても明るいと思います。最近でも面接にいらした方や当社を訪れた有名企業の経営者が「今まで見た歯科技工所の中で雰囲気が一番明るい」「スタッフ同士の仲が良さそうだ」と話して下さっています。女性が多いという点でも、男性が多い歯科技工業界の中で、良い企業イメージを与えることができていると思います。
当社の目指すところは、私が指示を出さなくても、各部署で業務が完結できるようなシステムの構築です。
スポーツマウスガード(SMOP55)を新機軸に大きく飛躍
――新商品のスポーツマウスガードをどう展開していきますか?
プロスポーツチームや社会人チーム、
オリンピック選手などにも
スポーツマウスガードを提供。
ジャパンラグビートップリーグ所属の
「サントリーサンゴリアス」の選手も
同社のスポーツマウスガードを
使用している
当社としては今、特許出願中の技術でこれまで味わったことのないフィット感を提供する、ということを謳い文句に、商品の提供とプロモーションを進めています。たとえば昨年は多数のプロ野球の球団に向けて、監督を始め、ある球団では71名の選手とスタッフにスポーツマウスガード(SMOP55)を提供しました。コロナ禍の影響で時期はまだ決まっていませんが、今年も某プロ野球球団にマウスガードを提供する予定です。
また、ボブスレー競技のオリンピック選手にもスポーツマウスガード(SMOP55)を提供していますが、その選手は当社のマウスガード(SMOP55)を装着して出場したことで自己ベストの記録を出せたそうです。今、その選手にヒヤリングを行いながら、さまざまな形状のマウスガードを提供しています。
個人差はありますが、マウスガードをつけることでパフォーマンスが向上する選手は多く、マウスガードが半ば必須になっている競技もあります。そこで、まず、できるだけ多くのスポーツ選手たちに製品を使っていただきながら、SNSでの情報発信をお願いしているところです。
多くの人には、マウスガードは分厚いというイメージがあると思いますが、たとえば前歯が覆われていないタイプを作るとか、マウスガードを薄くすることで違和感を軽減させる改良も進めています。
最近では健康維持のためにスポーツジムなどに通う人も増えていますが、歯を思い切り食いしばって筋トレやストレッチをして、歯に良いことはありません。実際、スポーツ選手の歯はトレーニングや試合を重ねる中で、削れて丸くなっていることがかなりあるのです。そういう部分もマウスガードで補っていければと思います。
学校の体育の授業でマウスガードを使っていただくことも考えられますし、ほかにも勉強中の眠気防止や集中力を高めるためにマウスガードが使われているケースもあります。車を運転する際にも、居眠りで事故を起こす方もいるので、眠気防止はもちろん、衝突などの衝撃による脳の振動の軽減といった効果も期待できます。
様々な分野に合わせたマウスガードを提供することにより、目指すは1人1つ以上マウスガードを持つ!というところです。
――スポーツマウスガードの販売方法は?
新商品のスポーツマウスガード
(SMOP55)。
特許出願中の技術で、
今まで経験したことのない
フィット感を味わえるのが大きな特徴。
形状の異なる13種類の
製品ラインナップを用意し、
幅広いニーズに答える
クリニックに来院してご依頼いただけるようになっています。現在、友伸會には「東京プラス歯科矯正歯科」を中心とするクリニックが全国に26院あり、2021年内に、新たに複数院オープンする予定です。
私は、スポーツマウスガードは非常に面白いビジネスだと思っていますが、ここが絶対に強いというメーカーはまだありません。ですから当社としては「スポーツマウスガードといえばホワイトライン」というポジションを確立し、シェアをどんどん広げていきたいですね。今、さまざまな企業がマウスガードを提供していますが、当社はそれらを超えてシェアを獲得したいと思います。
私も小学生の頃から社会人までバスケットに打ち込み、一時期はボクシングも練習していたので、スポーツには非常に思い入れがあります。スポーツが本当に好きなので、スポーツマウスガードをぜひとも成功させたいですね。
まだ誰も着手していない「最先端のその先」に挑戦し続ける
――他の事業は今後どう展開していきますか?
当社では、ジルコニア補綴を行っている友伸會以外の歯科クリニックからの、補綴物の製作も受託しています。一方、アライナー矯正を手がけるクリニックの中には、ジルコニア補綴のマーケティングノウハウがないところも少なくありません。
そこで、そうした友伸會以外のクリニックと提携し、当社が全国を対象にマーケティングを行い、患者様に一番近いクリニックを紹介する計画です。そうすることで、当社も補綴物の製作で売上を伸ばすことができ、お互いにWin-Winのビジネスが構築できると思います。
歯科技工所としての成長ももちろんですが、良い機材や材料を積極的に開発し、日本国内や海外に売り出していけるメーカー的な存在にもなっていきたいですね。
――夢は何ですか?
設立1年10カ月でここまで来ることができましたが、ホワイトラインをより明るくクリアで働きやすい会社にしていきたいと考えています。
従来の歯科技工所のように、長時間労働でなくてもデジタル技術革新をもって生産性を向上させ、クオリティーに差が出ないスキームを構築していければ、歯科技工士の給与や労働条件・待遇をより良いものに改善していくことが出来ると思います。
その結果として、皆が歯科技工士という仕事にやりがいを感じ、誇りを持つことが出来るような魅力ある会社を作っていくことが、私の1つの夢です。
歯科技工業界にCAD/CAM(キャド/キャム)が普及し始めた頃は、それが最先端だと言われていましたが、2、3年もするとCAD/CAMは持っていて当たり前という状況になりました。その意味で、当社は最先端のその先にある、まだ誰も着手していない、多くの人々が求めていることにチャレンジしていきたいですね。
当社には本当に夢があると思います。