帯広畜産大学 南保泰雄教授にインタビューしました!
帯広畜産大学 グローバルアグロメディシン研究センター 教授 南保 泰雄
―まずは、今年スタートした“総合ウマ科学教育プログラム”について伺いたいのですが、どういった経緯で作られたのでしょうかー
『昨今、馬に関係する勉強を大学でしたいという声が多々ありました。世界には馬学を学べる大学はあるのですが、日本にはそこまでの施設もないですし。勿論、これまでも当大学で学ぶことはできましたが、より馬産業を目指すためのプログラムとなっています。主に競走馬についてなのですが、馬学の基本から、競走馬を対象とした実践的な生産・育成・管理についてや競走馬の調教師、厩舎関係などの育成を念頭においたりなどなど学んでいきます。』
―JRAや地方競馬など競馬関係が強くなりそうですねー
『それだけでなく、乗馬施設などについても学びますが、私自身が、もともとJRAに勤めていたもので、競馬産業については、どちらに何をお願いしてよいかを理解しているつもりです。』
―そうなのですね。どんなお仕事をされていたのですか―
『21年間、競走馬総合研究所や日高育成牧場で馬の生殖ホルモンに関する研究をしていました。繁殖や生産率を高めるといった方法です。血液中の微量ホルモンを特殊な方法で測定して、その変化によって、これは正常な状態とか、今、交配すると良いとか、そのような研究をしていました。後半の12年間は、日高育成牧場で生産・育成技術の探求をしていました。実は、JRAではもともと馬の生産はしていなかったのですが、現在は毎年10頭までというルールの中で、お腹の中から競走馬になるまで、自分たちで研究をしながら育てていき、その後、ブリーズアップセールという育成した馬を売るセールがあるのですが、そこに上場されて、その馬は中央競馬で走ります。そこで得られた研究は、生産育成や競走馬の関係者に還元するといったシステムです。』
―競馬界含めて、馬産業に勤めるというのは厳しいのでしょうかー
『そうですね。やりたいからといって、誰でもできる仕事ではありません。今年は、10人位が馬関係に就職が決まっていますが、狭き門ではありますが、人材としては不足しているといわれています。』
―そうすると、今回の新しいプログラムは力をつけるには良い機会となりますねー
『はい、このプログラムでも、最初、間口は広く取りますが、最終的に馬産業インターンシップまでには、1,20人、、もっと絞るかもしれないですね。選抜には、成績だけでなく、経験値や小論文・面接などで決めていく予定です。インターンシップ先としては、様々な馬産業関連団体や企業と連携を進めていまして、社台グループや農協、地方競馬全国協会などご協力いただきたいと思っています。』
―大手で経験を積めるのは、とても勉強になりますね。このプログラムに興味のある生徒たちは多そうですが、なにかアドバイスはありますか―
『そうですね、現在、当大学には、馬術部・うまぶ・Clip-Ciopというサークルがありまして、合計100人程度がこのどれかに所属しています。となると、全学部生の約1割は馬に関心があるわけで、将来は馬関係の仕事に就きたいという子も多いです。馬が好きというのがきっかけでも大いによいです。でも、朝が早かったり、毎日同じ作業があったり、そして、馬は怖いですしね。そういったことを理解しながら、自分の向き不向きを選んでいってほしいです。』
―馬は、怖いのですか―
『はい、馬は怖いです。この産業に行く人たちに一番言いたいのは、“馬は恐ろしい動物だからね”ということです。ちょっと間違えたら恐ろしいことになります。馬は臆病な動物で、少しの音や刺激で逃げる動物ですから、“馬は怖い”ということを忘れないでほしいですね。
実は、私自身、大学5年生の時に、大変なことがありまして。5年生になって技術も上がってきて慣れてきていたんでしょうね。ちょっと天狗になっている時期があったんです。そのとき、馬の妊娠の検査をしていて、ほとんど記憶がないのですが、気づいたら病院のベッドだったんです。気を失って痛いとも感じませんでした。』
―え?蹴られたということですかー
『直接、蹴られたわけではなく、ゲートが飛んできて当たったようでした。鍵が壊れていたとかで。顔にもけがをしましたし、骨折も数か所していました。』
―確かに怖いですね。そんなことがあってよくお仕事を続けられましたね。克服はどのようにしたのですかー
『今でも怖いですよ。怖いと思っていないといけないです。でも、怖い怖いでは、診察や検査、乗馬やホースセラピーなどできませんから、怖がられないように、こちらの気持ちをオープンにしていきます。また、オーナーさんにその馬の情報を事前に聞くことも大切です。危険じゃないと知っていても、繁殖の検査をする時はどうかなとか、もしこうなった時はこう逃げようとか。それで実際に蹴られそうになっても、大変だ!と騒がずに、「いいよ、いいよっ」て対応して。そんな時は馬もパニックになりますから。ちょっと暴れているときには、「いつもやってることじゃない」と、落ち着かせます。まあ、治療は、馬にとっては嫌なことをするわけですからね。』
―なるほど。話しかけながらというか、馬の気持ちを考えながら接するわけですね。先生は、もともと、獣医さんになりたかったのですか―
『そうですね。小学校の時から飼っていた犬が高校1年生の時に亡くなって、「こいつを助けることはできなかったのかな」って。そこから獣医を目指しました。最初は、モチベーションが高かったのですが、持続できなくなって、どうしたらいいんだろうかと、その頃はスキーの部活に没頭していて、色々迷うところがありました。繁殖学研究室に入ったのですが、希望していた犬猫は学べなくて、牛・馬かと(笑)そんな世界もあるのだなと思いました。犬の実習にも行きましたけど、なんだか向いていないのがわかりまして。その後、JRAの試験を受けたといった流れです。』
―長年、馬と触れ合ってこられたわけですが、馬の魅力ってどこなんでしょう―
『やっぱり、目ではないですか。大きくて、まつ毛もしっかりとあって、可愛いですよね。陸上哺乳動物の中で眼球が一番大きいのは、きりんか馬、といわれています。象やサイ、バクより大きいそうですよ。』
―ぱっちりとした黒目は愛らしいですものね。さて、今後ですが、なにか目標などやりたいことはありますか―
『3つあります。
まず、1つは、今取り組んでいる馬の体外受精です。世界では行われていますが、日本ではまだ成功していません。日本の在来馬や障がい者乗用馬を体外受精技術により生産することを目的としています。併せて、日本在来馬から採取された受精卵を10時間以上常温維持したのちに凍結保存し、希少な馬の生産効率の向上を目指しています。この事業の確立に頑張っているところです。
2つめは、“総合ウマ科学教育プログラム”を学生だけではなく社会にも広げていきたいということです。
世の中にも、馬について学びたいという人が結構いるんです。リカレント教育といいますが、学び直しをしたいという声にも答えていきたいと思っています。
そして3つめはやはり“総合ウマ科学教育プログラム”を受ける生徒たちの支援です。馬産業で働きたいという生徒が現場で即戦力となり得るよう進めていきたいです。知識や実習だけでなく、例えば獣医であれば、牧場に依頼されて診療する際はオーナーの意向を理解する、相談しながら診療していくとか。一方、牧場に専属で獣医として雇われている場合は、馬の病気を治すのは勿論ですが、その前に病気にならないように、いかに予防し健康に育てていくのかが大切になります。そこに力をいれた方が、病気の率は下がりますし、生産性は高まります。こうした、私がこれまで、得てきたことを伝えていけたらと思います。』
―最後に、帯広畜産大学を目指しているみなさんへ、メッセージいただけますか―
『最初は憧れでもいいと思います。ウマ娘が好きでもいいです(笑)きっかけは何でもよいです。でも、やってみて、なんだか向いていないなと思うこともありますよね。私もそうでした。それなら、違う方で頑張ればよい。“人間万事塞翁が馬”というように、嫌だと思ったことが、良い方向に向かうこともあれば、逆もある。いろんな経験をして、そこで出会ったことでまた変わることもありますし、更にもっとやりたいとも思うこともあるだろうし。そういった機会の一つとして、帯広畜産大学を目指してほしいなと思います。
帯広畜産大学 グローバルアグロメディシン研究センター 南保泰雄 教授
https://www.obihiro.ac.jp/facility/gamrc/staff/yasuo-nambo
※編集後記
強い馬のポイントがあればと、、こっそり、南保先生に競馬をするかお聞きしたところ、、『競馬はハズレますからねえ。わかってたらそっちにいきます』とのこと(笑)早くて強い馬というのは、遺伝だけではなく様々な要素があるそうで、、、長年、馬と関わり、JRAにお勤め経験があっても、予想するのは難しいのですねー。