ヒトの体の状態からモノの品質検査まで、「光」で計る
信州大学 先鋭領域融合研究群 国際ファイバー工学研究所 石澤広明教授
最新の取り組みとして、医療福祉分野等において、血圧や血糖値などのヒトのバイタルサインを「いつでもどこでも」、「簡単にかつ正確に」計測できる未来の衣服型デバイスへの応用を目指し、複数の大学と企業で推進する共同研究プロジェクト:「ウェアラブルバイタルサイン測定システム開発プロジェクト」に参画をしています。
2016年12月9日、長野県上田市サントミューゼにてウェアラブルバイタルサイン測定システム開発プロジェクトの第1回公開講演会が開催されました。
このプロジェクトの原点は、繊維学部設立100周年の記念式典(2010年)にて、当時の濱田学部長(現学長)が発した言葉から始まりました。
「着ているだけで血圧や血糖値が測れる衣服を目指す」...つまり未来の衣服型デバイスです。
一昨年のプロジェクト設立以来、内容を公開するのは初めてのこの日、主要メンバーが一堂に会し、ミッションやビジョンを語りました。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第103号(2017.1.31発行)より
大学と企業による共同研究で社会での早期実用化・事業化を目指す
本研究テーマについては、まず平成21~22年度に信州大学繊維学部の戦略的イノベーション研究推進プロジェクトをスタート。センサシステムの導入(長野計器(株))により脈波を測定する研究開発が進展します。繊維学部100周年記念式典(H22)にても掲げられた「着ているだけで血圧や血糖値を測定する衣服を目指す」という目標設定を常に念頭に置き、H25には長野県テクノ財団SSSC研究会に繊維学部も参画してこのテーマを温めてきました。この期間がいわば助走です。H26に当国際ファイバー工学研究所を設立しFBG(ファイバー・ブラッグ・グレーティングの略)センサ製造技術を構築。文科省の機能強化経費(H27~28)を得て、信大・他大学・企業による共同研究「ウェアラブルバイタルサイン測定システム開発プロジェクト」が動き出したというわけです。
世界的にも似たプロジェクトが進んでいますが、当プロジェクトも既にこれまで4つの特許出願(うち2つは国際出願)という成果を出しています。更にプロジェクトメンバーと協力して研究開発を進め、「いつでもどこでも」「簡単にかつ正確」なバイタルサイン実装製品を少しでも早く社会に届けるという大目標で進んでいく所存です。
信州大学先鋭領域融合研究群 国際ファイバー工学研究所
教授 石澤 広明
株式会社島津製作所、社団法人長野県農村工業研究所等を経て、2014年より現職。研究分野は計測工学や応用光学。
FBGセンサ計測とシミュレーション融合で高次元バイタル情報を
流体科学研究所は「流れを科学し、科学的に解明する」ことが専門。今は健康の時代、ということで、このプロジェクトでは、バイタルサインの検知原理の解明に焦点を当ててやっていくことになりました。大きくは、「血流のモデル」と「流れ負荷のシステム」です。血液や脈波形を計測、FBGセンサによる計測とシミュレーションを融合したセンシング技術で、血圧や血糖値を推定していくメカニズムを解明していき、システム構築に貢献していきます。
“モデル”にはいろいろありますが、生体外疑似組織(バイオモデル)で、血管の弾性体を再現した血管モデルなどを用いた「疑似血管」での疑似測定、さらに「疑似血液」も作っており、高血糖値の弾性測定なども行います。これらは高透明度による可視化を実現しており、医療画像装置との高いマッチングも証明されています。そして生理学や解剖学とのマッチングテーマです。
…例えば、心臓疾患のモデル(平成23年厚生労働省科学研究費)などで得られる血液流量や圧力データで、心電図や血圧などを見ていくと心臓で何が起こっているのか一連でわかるようになる。今後この高感度の計測技術と生体との関連がより見えてくることも期待されています。
東北大学 流体科学研究所
准教授 太田 信 氏
繊維学部ならではの知見を生かしたFBGセンサで繊維製品導入を可能に
私ども国際ファイバー工学研究所ではFBGセンサの製造システムを2016年に構築しました。
FBGセンサは本体部(長野計器(株))に製造システムで作製されたセンサ部(光ファイバー)を付属させたシンプルなものです。センサ部を身体の脈動点に設置し、脈拍によるひずみの変化を近赤外光の波長変位として検出する高精度なひずみセンサです。ただし、光ファイバーは非常に細くて表面がツルツルしているため、このまま衣服等の編地に導入しても滑って抜けやすい。その問題はカバードヤーンと呼ばれる組紐を編む方法を応用、すなわち光ファイバーを絹糸で巻き付け、インレイ編みすることによりしっかり固定させることで解決しました(特許出願中)。
次に、繊維製品に導入したFBGセンサで脈波を測定したところ、その信号から解析方法を変えるだけで複数のバイタルサイン(脈拍数、呼吸数、ストレス、血圧、脈波診断、血糖値ほか)を特定出来ることが実証されました。今回は手首だけの測定ですが、脈をみるところは体にいくつかありますのでそれぞれに合わせた繊維製品への加工が可能と考えています。
信州大学 先鋭領域融合研究群 国際ファイバー工学研究所
助教 児山 祥平
FBGセンサの小型化、低コスト、高精度化に取り組む
弊社がFBGセンサに取り組み始めたのは約10年前、古くなったインフラの健全度測定が目的でした。そんな中、石澤先生よりFBGセンサを「人に貼り付けたい」とお話をいただき「!?」、以来そちらに沿うお手伝いをさせていただいています。弊社が開発研究中のFBGセンサは光センサの中でトップクラスの精度と自負しています。すなわち、編み込んだり動いたり曲がったりしても=光ファイバー内で光強度が変化しても影響がない。測定に用いる弱い近赤外線は弱いだけでなく波長の光が人に無害。電気センサに比べて感電の心配がない。電気ノイズの影響がない。ただ問題は光のスペクトル計測のための分光器・干渉計が高コストで大がかりなこと。ウェアラブルという観点からすると小型化、低コスト化が望まれます。
また、服に編み込んだり動いたりして光ファイバーの中の光が損失しても測定できなければならない。更に振動衝撃に強くなければいけない。現在、大きさは親指の第一関節くらい、光損失に対する耐性は遮光フィルターを採用して取り組み中です。精度・コストについても検証を重ねています。
長野計器株式会社 FBG事業部
藤田 圭一 氏
実用化に欠かせないFBGセンサの精度実験を検証中
装着型デバイス実用化に向けてのポイントは
1.状態(安静時/日常生活行動時)によってのセンシング、バイタルサイン測定の可能性。
2.センサと器具との接触の程度が要密着か否か。
何となく触っていればいいということであれば用途は桁違いに広がっていくはずです。カバードヤーン応用以前はセンサつまり光ファイバーを皮膚上にテープ等で固定。台に手首を固定していても微妙な揺れがノイズとなって脈波計測に影響し、バイタルサインの測定精度が落ちる、あるいは辿り着けないという問題がありました。しかし、カバリングしたFBGセンサでは微妙な揺れを吸収し、やや速い動きになってもかなりの精度で計測可能が検証されました。今は装着圧をいくつか設定して皮膚との密着具合の違いで脈波信号の検出に影響を及ぼすのか、あるいはどの程度の動作まで呼吸や血圧や血糖値というバイタルサインを推定できるのか、実験を進めている段階です。
安静時の計測(医療現場・在宅)は既に実用段階に至っていますので、この先、軽運動時の脈波から一つでも二つでもバイタルサインに辿り着ければ実用展開の幅が広がると期待しています。
信州大学 学術研究院繊維学系 先進繊維感性工学科
教授 細谷 聡
ウェアラブル商品の実用化に向けた取り組み
ウェアラブル商品は既に多くの企業で開発、販売が進んでおり、レジャー・スポーツウェアで、リストバンド型ウォッチ型が先行しています。商品開発が進む中、ウェアラブルデバイスは2020年には世界で3億2千万台、日本でも1千万台を超える大きな市場が期待されています。弊社は元々テキスタイル開発を得意としており、テキスタイル型デバイスの開発を進めています。
既に日本の伝統技術である西陣織を用いた心電図計測布(体に巻き付けるだけで誰でも数十秒以内で心電図測定が可能)や、圧電ファブリック等を開発し、商品化しています。実用化を目的としたテキスタイル型デバイスに求められるのは、洗濯、衝撃、熱等への耐久性、装着の手間、価格、デザイン等ですが、何より着用快適性が重要です。それを弊社が培ってきた知見を生かして開発し、測定精度においては本プロジェクトに参加させていただき、バイタルサインの究極製品を商品化していくような道筋を作っていきたいと考えています。
帝人フロンティア株式会社 技術開発部
竹下 皇二 氏
医療・介護の地域包括システムに役立つFBG装着デバイス
ウェアラブルバイタルサインシステムについて医療ではどういったものが要求されているのか。厚生労働省指針では2025年をめどに医療・介護の地域包括システムを構築するとなっています。そのために現在、病院、介護施設、在宅での多職種が連携して血圧や脈拍数等バイタルサイン情報を共有するシステムが始まりつつあります。しかし例えば入院した場合、数時間おきに血圧等計測があり、夜中もなかなか眠れません。退院したら自分で測って記録しておく必要があります。それがFBGデバイスということになれば「一つのセンサで」「24時間連続で」「複数生体情報のモニタリング(最もリスクが高い仮面高血圧も検知可能)」が可能になります。更に装着となれば、例えば血糖値測定における感染症リスクを避けられる(現在はお腹に針をさして計測する。ばい菌が入って感染症を起こしかねないところを針を刺さないで済む)。妊婦においても胎児見守り(胎動の連続モニタ)が出来れば非常に有用ではないか。ストレス、動脈硬化、活動量(エネルギー消費量)、睡眠の質、睡眠呼吸障害のチェック・モニタリングにも使える等々の用途があると考えています。
信州大学医学部
教授 藤本 圭作
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