インタビュー情報

コロナ後の世界どう変わる?

産学連携情報

新潟大学名誉教授 篠田邦彦先生   

コロナ後の世界どう変わる?
コロナウイルスの流行がおさまりませんが、私達の日常は続いていきます。平気に過ごしているようでも、どこか心の隅に不安がつきまといます。
家族・友人・地域・学校・仕事・生活・娯楽・・コロナ後の世界は確実に変わります。
そこで、様々なご専門分野の大学教授に今後の見通しやメッセージを頂きます。

今回は、新潟大学名誉教授で体育学・公衆衛生学がご専門の篠田邦彦先生にアンケート形式に伺いました。

① コロナ後、私達はどう変わると思いますか?

11月18日現在、11月に入ってからの感染者の増大が見られ、あるいは第3波の襲来ではないかとの見方もあります。緊急事態宣言は解除されたとはいえ、新型コロナウイルスがヒトにたいしてどのようにふるまうのか、我々はどのように立ち向かえばよいのか、適切な対応策がはっきり打ち出されているわけではありません。このような手探り状態の中では、「新しい生活様式」に示された自分の身を守ると同時に、他者への感染リスクを最小限にとどめる手立てを守りながら日常生活、社会的活動を進めることが求められると考えます。
新型コロナウイルス感染症を短い期間で完全に制圧することは困難だと思います。ウイルスの性質を解明し、感染したときの適切な対処法や予防のワクチンができるまでには数年かかるのではないかと推測する研究者もいると聞いています。また、これらの問題が解決されたとしても、感染をゼロにすることは難しいと思われます。このようなことから、これからしばらくは「新しい生活様式」に沿った生活が続くと思います。4月16日に全国に向けて発出された緊急事態宣言は5月25日をもって全国で解除されました。しかし、多くの大学では集団感染を避けるために授業開始を延期し、その後開始される際には「三密」を避けるためのリモート授業というこれまでにない形式が用いられるようになりました。今後しばらくは、リモート形式(ライブ、オンデマンド)がとられることになると思われます。したがって、リモート形式で行う授業の質を上げるための技術、インフラ整備が重要となると考えられます。
しかし、その中で問題なのは、実験や実習の授業をどのように行うかということです。このことは、特に次のご質問に関連します。

② ご専門分野との関わりに変化はありますか?どのような変化ですか?

 生涯体育・スポーツという観点からは次のような変化がうかがえます。
 自粛生活が続いたことで、自宅内で過ごすことが多くなり、インターネットなどから様々な情報を得たり、オンラインで会議をしたりすることができるような技術が身についたという方も多いようです。しかし、その分、不活動状態が長く続いており、その結果「自粛太り」に陥ったという人も多いようで、その解消法をうたう様々な情報も流れ始めています。
 そうした中で、減量を試みるときの第一選択は、「自粛太りを解消する食材やレシピ」になる傾向が強いと思われます。また、夜更かしが続く傾向があり、これを改善することが重要ということが次に注目されます。その次にようやく「運動不足」を認めて重い腰を上げ、ウオーキングやジョギングを始めることになるようです。
 われわれが市の健康福祉課と行っている健康増進の事業に参加された方にも変化が表れています。一つは男性参加者が従来に比べて増えたこと。そして、その男性を含む新規参加者は、これまでご自分で勉強されたり工夫されたりして運動習慣がある方なのですが、「きちんと習ったことがないので、自分でやってきたことが正しいかどうか確かめたい」という動機で参加を決意した方が多いのです。そのような方々から、ご自分で本を読んだりインターネットで調べたりして得た知識で分かっているつもりだったが、自分の動きが正しいものかを見てもらう機会がなかったので、直接指導を受けて自分の動きを評価してもらえたのがよかったという感想をいただきました。そのときに、動き方の弱点や改善方法も指導してもらえたので、様々なもやもやが消えたという感想もありました。
 やはり、直接対面して個々に話し合いができることは重要であるということを実感した次第です。しかし、まだ予断を許さない状況は続くと考えられますので、自宅で指導者なしでできるように知識と技術を指導しておくことや、資料を提供したり、質問を受けて回答できる仕組みを作っておくことも大切だと考えます。

 保健体育の分野では、座学で勉強するもののほかに、自分の体を使って覚えていく様々な実技の実習、それらは個人の技能と対人技能、他者と協力して課題を達成しようとする集団技能があり、その際には同一空間内、で様々な形で他者と接触することが求められる場面が多くあります。教員養成にあっては様々な運動教材を指導する指導法実習があり、遠隔・仮想対面では獲得が困難なことが多くあると考えられます。
 また、新型コロナ感染症に対応した運動・スポーツの実施方法ガイドラインに沿って実技の実習を行おうとすると、当然、様々な制約がかかってきます。そうすると、以前には問題なく行えたことができなくなるという現象が起きます。例えば、二人組で手をつなぐ、ということすら避けた方が無難だし、ボールなどの道具を共有することもはばかられます。教育活動を実践していく際には相当工夫が必要になります。学んでほしいことは以前と変わらず同じなので、指導者側の力量が試されることになります。

 戦後、「体育」はスポーツ教材を中心に据えてきました。そして、スポーツを行うことで健康・体力を作ることに励んできました。しかし、学校で行う正課のスポーツは時間的な制約もあり、「競技の方法を教える」ことにとどまり、スポーツを行うものの心意気である「スポーツマンシップ」を養うことには至れませんでした。課外活動、いわゆる「部活」は正課体育と車の両輪のように人格形成に貢献するものという触れ込みでしたが、全てがそのように機能しているとはいいがたいのが現状です。このことは、一生付き合う自分の体の扱い方、手入れの仕方を身につけられていないことを意味します。「健やかさを保ち、体を育む」のが「保健体育」であり、その傍ら、文化として築かれてきた「スポーツ」を生涯の友とすることが、リベラルアーツの一つを身に着けるということです。近代ドイツの体育・スポーツ研究者カール・ディーム(1882-1962)はスポーツ十戒のなかに次のような言葉を掲げています。「スポーツに全力で打ち込め。ただし、スポーツを生活の伴奏メロディたらしめよ、ゆめ生活のすべてとするなかれ。」(カール・ディーム著福岡孝行訳.スポーツの本質と基礎,法政大学出版局,1966.より引用)

 古代ギリシアでは調和的人間の形成を理想とし、体育は音楽とともに重要視されていました。哲学者プラトンは、「生きることではなく、善く生きることをこそ、何よりもたいせつにしなければならない」(『クリトン』488)と述べています。また、『国家』の中では「一生涯をもっぱら体育に過して、音楽・文芸には触れようともしないものの精神状態は粗暴で頑固になる。しかし、正しく育まれれば勇気となる。一方、もっぱら音楽・文芸に過して、体育には触れようともしないものは柔弱で温順になる。これが正しく育まれれば穏やかで端正な性格となる。これらが調和すべきであり、調和している人の魂は節度があり、また勇気がある。しかし、調和がない人の魂は臆病であり、また粗暴である」と述べています。

 昭和60年をピークに子どもたちの体力は低下し続け、現在の子どもたちの体力は親が子どもであった時の体力水準をはるかに下回っています。また、運動習慣のある者とない者に二極化しているという指摘がなされて久しいのですが、この二極は均等なふたこぶではなく、少数の実践者と非常に多くの非実践者に分かれています。このような状況に陥った理由の一つは、学校体育がスポーツ仕方を教えただけで、その出来栄えを評価し、スポーツをすれば健康になると教えてきたことが挙げられます。一般に、疾病を抱えた人はスポーツを行うのは控えた方がよろしい。健康を取り戻してからスポーツを行うべきです。健康を取り戻すにはそれなりの手順と方法があります。今回のパンデミックによる自粛生活が子どもだけでなく大人も運動不足に陥らせることになりました。その人々が自身の健康状態を維持増進する術を知らず、自粛状態が続けば、国民の多くが生活習慣病のリスクに曝されることになります。

 この度の新型コロナ感染症パンデミックによって、図らずも自身の生活の在り方、健康を保つということの意味や方法、体力の価値について見直す機会となったのではないかと思います。
 単に筋力をつける、ダイエットをするなどの手段ではなく、先人たちの考えた身体活動、運動、体育、スポーツに学び反省する機会が与えられたのかもしれません。

③ コロナ禍を少しでも快適に過ごすアドバイスをお願いします。

 生物であり、昼行性動物であるヒトは日の出とともに活動を始め、日の入りとともに活動をやめて休息する生活リズムが生体の健康維持にとって最重要課題です。現代社会は夜型にシフトした生活パターンになりやすいので、本来あるべき生活リズムをできるだけ守れるように生活の仕方を工夫することが大切です。我々はその生活リズムを形成しやすい目安として「3つの8」:8時間睡眠、腹八分目、夜8時以降ものを食べない、の実践を推奨しています。それと同時に、4色の運動(赤:持久系、心肺機能を高める運動で動き続ける力を養う、白:筋力・パワー系、体を支える、とっさの動き、大きな力を出す、青:関節可動域、柔軟性、本来持っている動き方ができ、動きやすく、心地よいからだ、緑:神経-筋協応能、思い通りに動く)をできるだけ満遍なく、不得意なものをより重点的に実践することを勧めています。
 簡単な健康行動日誌(われわれは「元気が出る日誌」と呼んでいます)をつけることで、自身の生活を振り返り、健康維持増進の個人的な特性を見出すことができます。
 記録するのは、日付、前日の就寝時刻、今朝の起床時刻(これで睡眠時間がわかります)。安静時心拍数、体重、体脂肪率、(できれば除脂肪体重)、3つの8が守れたか(それぞれ 〇、△、✕で評価)、4色の運動の実践(それぞれ〇、△、✕で評価)、その日の一言感想。

④ コロナ後の新たな産学連携の可能性は?

人びとの健康への関心が高まっているだけでなく、「健康」の捉え方に変化が生まれていると考えられます。漠然と「痩せたい」とか、「細マッチョになりたい」などの流行を追う健康志向から、自身の体の現状、特性に合わせ(弱点を補う)、自分の身は自分で守れる知識と技術を身に着けるという方向にシフトしていくと考えられます。
 したがって、フィットネス産業などでは、グループエクササイズの形式よりもパーソナルトレーナーによる指導形式をより多く求められると考えられます。そこで、そのような人材養成とその人材がクライアントに提供する知識と技術が最新で確かなエビデンスに基づいたものであることが必要になります。大学や研究機関はここで求められる知識と技術を創出することと人材を養成する役割を受け持つことになります。因みに、指導者の能力を保証するものに資格( Certification )があります。信頼できる資格は、資格取得のためにエビデンスに基づくゴールデンスタンダードに沿った試験をクリアすることが求められており、資格取得後は定期的に更新が求められ、認定期間中に定められた単位数を修めるための研修を受けることが義務付けられています。
                           ■企画 一般社団法人 産学連携推進協会


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