穏やかなることを学べ

第33回

日本のタクシー、EV政策はベトナムの“周回遅れ”だ ~利用者目線では極端な格差が~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

ベトナムの自動車メーカー「ビンファスト」のタクシー。電気自動車で、配車アプリで駆けつける。

魔法のような迅速さと料金

例えばホテルからタクシーで目的地に移動したい時。アプリで呼ぶと即座にホテル玄関までのタクシー到着時間と行き先までの価格がスマートフォンの画面に出てくる。あとは、着いたら画面に表示された価格を支払うだけ。渋滞の有無も関係なく料金は変わらない。しかもその料金は日本円で150円から200円程度。

東南アジア各国のタクシー配車サービスはじめとした“Uber(ウーバー)の事情”は「欧米を凌いで世界的にも進んでいる」とは聞かされてはいた。とは言っても、頭の中にあるのは大混雑した街並み。だが、ベトナムを訪れ、ホーチミン市で実際にタクシーを利用して正直なところ、心底びっくりした。大げさでなく魔法のような迅速さである。

東京にいたら全く想像できないと思う。自家用車をタクシーとして活用する「Grab」というライドシェアの専用アプリを日本で事前にダウンロードしておけば、現地での表示も全て日本語だ。あらかじめ行き先を入力して決済(現金でもクレジットでも可能)するので、車内でも現地の言葉を話せなくても済む。

タクシーが到着するまでの時間は3、4分で、タクシーの居場所は画面で常に確認できる。日本ではありがちな「いつ来るんだろう」といらいらすることもない。車種も選べるし、タクシーを降りたあと、即座にスマートフォンに運転手を評価する画面も出てくる。驚くことばかりだ。極端な言い方だが「ぼられるんじゃないか」「遠回りされている」といった心配も全く無用である。

市民生活のインフラとして定着

ホーチミン市で現地の人に聞くと、宅配やフードデリバリーもこのアプリでOKとのこと。こうなると、もう、この「Grab」というアプリは、既にこの国では「市民生活のインフラ」として定着してることになる。極端な言い方をすれば、自家用車をタクシーや運搬事業として活用するライドシェアの仕組みがこの街の“交通体系の主役”とも言える。

さっそく、日本に帰ってから調べてみると、そもそも「Grab」はマレーシア、シンガポールの企業が共同開発したアプリということだ。シンガポールやタイ、マレーシアなどでも日常的に、しかも当たり前のように配車アプリとして使われ、類似したものも相次ぎ開発中という。改めてタクシー、宅配など東南アジアのライドシェアは、日本とは比較にならないほど先に進んでいると実感させられた。知らないということは本当に恐ろしい。

激変したタクシー事情

もちろん東南アジアに駐在経験のある人や、何度も現地を訪れた旅行者から見たら「おまえは今頃、何を言ってるんだ」と笑われるかもしれない。しかし、言い訳になってしまうが、東南アジアを訪問したのは現役の記者時代、もう40年近く前のこと。正直、遥か昔の事である。

天然ガスの採掘やエネルギー事情の取材でジャカルタ、クアラルンプールから旧ボルネオ島のサラワク、シンガポール、バンコクと歴訪したが、まだバンコクでも空港からのモノレールすら完成しておらず、どこも渋滞に次ぐ渋滞。道路はどこも小型バイクと車が混在してクラクションが響き、排気ガスの匂いに溢れたカオスのような交通事情だった。

そんな記憶しかない中でベトナムを訪れたわけだから、余計にびっくりしたのかもしれない。確かにまだホーチミンの街には小型バイクが溢れ、喧噪感という意味では、昔のアジアの街とはあまり変わっていない。ただ、運転の粗さなどを差し引いても、この配車アプリによるライドシェアの仕組みはすごいと思う。タクシーを利用するにあたって「いらいらと言葉と料金の心配は全くない」という経験は、ただただ新鮮でしかなかった。

急速に普及した進む国産のEV乗用車や小型EVバイク

しかももうひとつ驚かされたことがある。電気自動車(EV)の普及だ。現代(ヒュンダイ)、起亜(キア)といった韓国車はもはや日本車を圧倒して街中を走っているが、それ以上に目立つのがベトナムの国産EV車である。「Grab」で配車されるタクシーも結構、EV車が多い。小型バイクも国産のEVバイクが至る所で見られる。

このEVを生産しているのがベトナム最大の財閥ビングループ傘下でハイフォンに本社を置く自動車メーカー「VinFast(ビンファスト)」である。ベトナムでは唯一の自動車メーカーで2017年から自動車生産を開始、2021年以降はいわゆるガソリン車の生産を大幅に縮小して、現在では自家用車からバス、小型バイクまで全てのジャンルでEV車を生産しているという。

ホーチミン市では、フロントグリルに“V”のマークがついた車が至る所で見られることで、VinFastというメーカーの存在を初めて知った。だが、すでに2023年には米ナスダックに上場、インドやインドネシア、そして米ノースカロライナ州にも工場があり北米での販売も開始しているという。現在ではドイツやフランスにも販売代理店を設置しているというから、正直、驚くばかりである。

ベトナム全体の新車販売台数は年間60万台程度と推計されているが、このVinFastのEV車がトップシェアとされている。政府のEV車推進政策もあるのだろう。市内には小型バイク用だけでもかなり急速充電設備が設置されている。少なくとも日本のEV政策とは全く異なる状況である。ちなみにこのVinFastのEV乗用車。デザインはイタリアのデザイナー、ピニンファリーナで、ドイツのBMWから技術支援を受けているとのこと。なかなか良いデザインである。

ホーチミン市内に設置された小型バイク用の充電設備。路地のような場所にも設置されている。

日本の先を行くUberとEV車政策

もちろんライドシェアにしてもEVにしても、日本が置かれている状況とは全く違う。日本ではUberなど完全なライドシェアは解禁されていないし、国土交通省の公共交通政策の中で主役はあくまでもタクシー事業者である。運転手不足はあるものの、タクシー会社の雇用維持、自動運転技術の進捗問題など課題は山積みで「Grab」のようなアプリの登場はまだ先の事だ。

同じことはEV政策についても言える。エンジンとモーターを併用するハイブリット車をEVの一部と考えれば普及率は6割を超えているが、純粋のEV車となると乗用車全体の1%強。欧米や中国、東南アジアと比較しても極端に低い。充電施設が少ない上に充電時間も長く、価格も高いといったデメリットがなかなか緩和されない。

しかも日本が主要市場とみていた米国でのEV車の普及ペースが2024年から下落。追い打ちをかけるようなトランプ政権によるEVへの税額控除打ち切りが、日本メーカーのEV戦略に影を落としている。ホンダが今年3月、突如、EV開発中止を発表したのもそのためだ。

ただ、こうした事情を加味しても、消費者の視点に立つとやはりベトナムのタクシーの利便性は、東京はじめ首都圏のタクシー事情を遥かに凌ぐものだし、同様なことはEV車についても言える。「Grab」あるいはホーチミン市内の充電施設は、こと利用者の目線では日本より明らかに先を行っているように思う。

たしかに「共産党による一党支配だから、Uberにしても配車アプリにしても政策の徹底が可能」という見方は出来るかもしれない。ただ、大都市における交通インフラの整備、利用者の利便性は「政治政策」の一言で片づけられるものではないと思う。様々な見解はあると思うが、少なくともタクシーの配車や電気自動車政策で、日本はベトナムの周回遅れであるという現実は真摯に見つめ直す必要があるのではないか。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

穏やかなることを学べ

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。