第132回
人手不足は「シニア戦力化」で乗り切る~最大240万円が手に入る令和8年度の新制度を徹底解説
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
はじめに:「うちには関係ない話」では済まされない時代がやってきた
「人手が足りない」「若手が採れない」――経営者の皆さまから最近もっとも多く伺うご相談です。求人を出しても応募がない、ようやく採用してもすぐに辞めてしまう。こうした状況は、もはや一部の業界の問題ではなく、業種を問わず日本中の中小企業を覆う深刻な課題となっています。
その一方で、社内を見回してみると、60代を迎えても元気に働いている方、長年の経験で会社を支えてくれているベテラン社員がいらっしゃるのではないでしょうか。実は、こうしたシニア社員にもう少し長く活躍していただくことが、人手不足問題の現実的な解決策として大きな注目を集めています。
国もこの流れを後押しするため、企業に対して70歳までの就業機会の確保を「努力義務」として求めています。さらに令和7年3月末をもって、これまで認められていた経過措置(継続雇用の対象者を労使協定で限定できる仕組み)も終了しました。つまり、希望者全員を65歳まで雇用する仕組みは、もはや特別な対応ではなく「あって当たり前のもの」となったわけです。
そして次なるステップとして、66歳、70歳、さらにはそれ以上まで働ける仕組みづくりに取り組む企業に、国が手厚く資金面で支援する制度があります。それが今回ご紹介する「65歳超雇用推進助成金」、なかでも「65歳超継続雇用促進コース」です。令和8年4月8日、この助成金が大きく生まれ変わりました。最大で240万円という、これまでにない高額な支給が受けられる制度になっています。
1.助成金の中身を、難しい用語を使わずにご説明します
この助成金は、独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」、通称JEED(ジード)が窓口となって運営しています。厚生労働省の所管ですが、申請先はハローワークではなくJEEDですので、ここはひとつ覚えておいていただくと便利です。
支援の対象となるのは、シニア社員の活躍の場を広げるために、会社が自主的に取り組んだ4つの制度づくりです。1つ目は65歳以上への定年引上げ、2つ目は定年そのものの廃止、3つ目は66歳以上まで働ける継続雇用制度の導入、そして4つ目はグループ会社など他社と連携して継続雇用する仕組みの導入です。このいずれかを就業規則に盛り込み、実際に運用していけば、助成金の対象となります。
このうち、もっとも高額な支援が用意されているのが「定年の廃止」です。年齢で一律に区切らず、本人の意欲と能力がある限り働き続けられる仕組みを評価しているわけです。とはいえ、いきなり定年廃止は難しいという中小企業がほとんどでしょう。まずは65歳定年や66歳までの継続雇用から始めて、数年後にさらにステップアップするという段階的な進め方も、令和8年度の改正で認められるようになりました。
2.中小企業を後押しする「令和8年4月の4つの大改正」
では、何がどう変わったのか。ここがこのコラムの一番大切な部分です。改正のポイントは大きく4つあります。
1つ目は、これまで「1事業主につき1回まで」と制限されていた支給ルールが撤廃されたことです。たとえば、まず65歳に定年を引き上げて助成金を受け取り、数年後にさらに70歳まで引き上げて再度申請する、という段階的な活用が可能になりました。最初から大きく踏み込めない中小企業にとっては、非常に使いやすい仕組みに変わったといえます。
2つ目は、支給額そのものの引き上げです。最大支給額がこれまでの160万円から240万円へと大幅に増額されました。後ほど詳しくお伝えしますが、この恩恵を受けやすい中小企業にとって、まさに追い風となる改正です。
3つ目は、継続雇用制度について、希望者全員を対象とする仕組みに加えて、「対象者基準あり型」も新たに支給対象になったことです。これは中小企業にとって、おそらく今回もっとも実務的な意味の大きい改正です。これまでは「希望する人は全員66歳まで雇わなければならない」というのが助成金の条件でしたが、令和8年度からは、客観的な基準を就業規則に定めれば、その基準に合う方だけを継続雇用する仕組みでも申請できるようになりました。詳しくはのちほど触れます。
4つ目は、社労士などの専門家に制度づくりを委託することが、これまで支給要件のひとつになっていましたが、これが廃止されたことです。自社で就業規則を整備しても申請できるようになり、ハードルが一段下がりました。もちろん、複雑な制度ですから専門家のサポートを得るに越したことはありませんが、選択の幅が広がったことは間違いありません。
3.4つの取り組みと、それぞれいくらもらえるのかを丁寧に解説します
ここからは、4つの取り組み区分ごとに、いくらの助成金が受けられるのかを順を追ってお伝えします。なお、支給額は「申請日の前日において1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者の数」によって変わってきます。被保険者数の区分は「1人から3人」「4人から6人」「7人から9人」「10人以上」の4段階です。
まず1つ目、65歳以上への定年引上げの場合です。引き上げる年齢と、被保険者の数によって金額が決まります。65歳に引き上げる場合は15万円から30万円、66歳から69歳に引き上げる場合は25万円から135万円、70歳以上に引き上げる場合は45万円から140万円という幅で支給されます。同じ「66歳以上への引上げ」であっても、引上げ幅が5歳未満なのか5歳以上なのかで金額が変わる仕組みになっています。
2つ目、定年の廃止についてです。これが今回もっとも高額な支援が用意されている取り組みで、被保険者数1人から3人の事業所で60万円、4人から6人で120万円、7人から9人で180万円、そして10人以上の事業所では240万円が一括で支給されます。年齢で区切らないという思い切った制度設計を国が高く評価していることが、この金額の高さからもよく分かります。
3つ目、継続雇用制度の導入です。ここで「希望者全員型」と「対象者基準あり型」とで金額に差が出ます。たとえば被保険者数が1人から3人の事業所で、66歳から69歳まで継続雇用する制度を導入した場合、希望者全員を対象にすれば22万円、対象者基準を設ければ20万円となります。70歳以上まで継続雇用する制度なら、それぞれ40万円と36万円です。被保険者数が増えるほど支給額も上がっていく仕組みになっています。希望者全員型のほうが助成額が大きいのは、より手厚い保障を行う企業を国が評価しているからです。
4つ目、他社連携による継続雇用制度の導入です。これは、自社で雇い続けることが難しい場合に、グループ企業や関連会社と連携して、本人の働き先を確保する仕組みです。被保険者数1人から3人の事業所で、66歳から69歳までの他社連携継続雇用なら、希望者全員型で20万円、対象者基準あり型で16万円。70歳以上まで延ばすなら、それぞれ32万円と30万円となります。これまで他社継続雇用は、かかった費用の半額を補助する「定率助成」という仕組みでしたが、令和8年度からは「定額助成」となり、申請しやすく分かりやすい設計に変わりました。
4.「対象者基準あり型」の登場が、中小企業にとっての朗報です
ここまで読み進めていただいた中で、おそらく多くの経営者の方が一番気になったのが、新しく仲間入りした「対象者基準あり型」ではないでしょうか。
これまで継続雇用制度の助成金は、「希望者全員を66歳まで雇用すること」が大前提でした。しかし現実には、健康面に不安のある方、業務遂行が難しくなってきた方、過去にトラブルを起こした方など、必ずしも全員を継続雇用するのが適切とはいえないケースもあります。中小企業ほど、ひとり当たりの仕事の責任範囲が広く、誰でもよいから人数を確保すればよい、というわけにはいきません。
そこで令和8年度から、就業規則に客観的で合理的な基準を盛り込み、その基準に合致する方を対象に継続雇用する仕組みでも、助成金の対象とする取扱いが新設されました。希望者全員型より支給額はわずかに低くなりますが、無理のない範囲で制度を運用したい中小企業にとっては、現実的な選択肢が増えたといえます。
ただし、ここで気をつけたいのが基準の作り方です。「年齢が若いこと」「健康であること」「上司が認めた者」といった、年齢そのものを基準にしたり、漠然としていて主観で判断できてしまうような基準は認められません。これらは差別的な扱いにつながる恐れがあるからです。
実際に使える基準としては、たとえば「過去1年間の人事評価が一定水準以上であること」「産業医の面談で継続して勤務可能と判断されていること」「過去に懲戒処分を受けていないこと」といった、誰が見ても客観的に判断できる項目を組み合わせます。基準は複数を「すべて満たす」形にすると、より公平性が担保できます。また、就業規則を改定する際には、従業員の代表から意見を聴き、その記録を残しておくことも大切です。基準に合わなかった方への配慮として、別の働き方の選択肢を併せて示しておくと、審査の印象もよくなります。
5.支給を受けるために満たすべき4つの条件
助成金を実際に受け取るためには、4つの基本的な条件をクリアする必要があります。難しい話ではないので、自社が当てはまっているかどうか、ひとつずつ確認していきましょう。
第一に、対象となる制度を就業規則できちんと定め、実際に運用していること。第二に、高年齢者雇用安定法に違反していないこと。これは、行政から「高齢者雇用に関して改善するように」という勧告を受けていない、という意味です。第三に、1年以上継続して雇用している60歳以上の雇用保険被保険者が、社内に1人以上いること。第四に、「高年齢者雇用等推進者」を選任し、雇用管理措置を1つ以上実施していることです。
このうち、最後の「雇用管理措置」については、7つの項目から1つ以上を選んで実施することになります。具体的には、職業能力を高めるための教育訓練の実施、作業施設や仕事の進め方の改善、健康管理や安全衛生面への配慮、これまでよりも幅広い仕事を担ってもらう職域の拡大、知識や経験を活かせるような配置や処遇の見直し、賃金体系の見直し、そして勤務時間制度を柔軟にすることです。たとえば「シニア社員には半日勤務や週3日勤務を選べるようにする」「定期的に健康診断を行い、必要に応じて産業医面談を実施する」といった取り組みでも、立派な雇用管理措置に該当します。
6.「すでに66歳以上の社員がいる」場合はどう考えればよいか
実務でよくある質問にお答えしておきます。「就業規則上は65歳が定年なのに、実態としては66歳、67歳の社員が現に働いている。この状態で申請できるのか」というケースです。
結論から申し上げると、申請は可能です。就業規則を改定して66歳以上の継続雇用制度を正式に整備し、その改定日を「制度実施日」として手続きを進めます。これまでの実態は「個別の例外的な取り扱い」、改定後は「正式な制度」として明確に分けて説明することで、矛盾なく申請ができます。むしろ、すでに60歳以上の方が複数在籍している会社のほうが、対象被保険者数が多くなる分、支給額も大きくなるため有利になります。改定前と改定後の就業規則をきちんと添付すれば、審査でも適切に評価されます。
7.申請の流れと、知っておきたい注意点
実際の申請手続きはシンプルです。まず就業規則の改定などにより対象となる制度を実際に施行し、そのうえで支給申請書を作成して、JEEDの都道府県支部に提出します。申請期間は、制度実施日の翌月から数えて4か月以内の各月、その月の1日から15日までと定められています。たとえば6月1日に制度を施行した場合、7月、8月、9月、10月の各月1日から15日までが申請期間となります。期間を過ぎてしまうと申請できませんので、ここはくれぐれもご注意ください。
申請後、JEEDの支部と本部で順次審査が行われ、平均してだいたい90日程度で支給または不支給の決定が下ります。申請書類や添付資料は、支給決定日の翌日から5年間の保存が義務づけられていますので、捨てずにファイリングしておきましょう。
注意点としてもうひとつ。この助成金は予算の範囲内で運用されており、各月や四半期の予算上限に達する見込みとなった場合、申請受付が一時停止されることがあります。「制度を整えてから申請しよう」と悠長に構えていると、肝心の予算が尽きてしまう恐れもあるため、施行後は速やかに申請手続きに入ることをおすすめします。また、不正受給と判断された場合は全額返還に加えて事業主名が公表されますので、書類の正確さには細心の注意を払ってください。
おわりに:まずは「現状の確認」から始めてみませんか
ここまでお読みいただいた経営者の方の中には、「うちでも使えるかもしれない」と感じられた方が多いのではないでしょうか。実際、すでに60歳以上の社員を雇用しており、就業規則の整備さえ進めれば、十分に申請可能なケースが少なくありません。
最初の一歩としておすすめしたいのは、自社の現状を整理することです。1年以上継続雇用している60歳以上の雇用保険被保険者が何人いるのか。現在の就業規則の定年は何歳に設定されているのか。労働基準監督署に届け出た最新の就業規則はどれか。この3点を確認するだけで、自社がどの取り組みパターンに当てはまるのか、いくらの助成金が見込めるのかが、おおよそ見えてきます。
そのうえで、就業規則の改定案を作成し、労働者代表からの意見聴取を経て労働基準監督署に届け出る。あわせて高年齢者雇用等推進者を社内で選任し、雇用管理措置を1つ実施する。ここまでできれば、あとは制度を施行し、4か月以内にJEEDへ申請するだけです。
人手不足は、待っていても解決しません。しかし、目の前で長年会社を支えてきてくださっているシニア社員に、もう少し長く、いきいきと働いていただける仕組みを整えるだけで、人手不足の悩みは大きく軽減されます。しかも、その制度づくりに対して、国が最大240万円もの資金で後押ししてくれる。こんなチャンスを逃す手はありません。
令和8年度に大きく生まれ変わったこの助成金を、ぜひ自社の経営戦略のなかに組み込んでいただきたいと思います。詳細や最新情報は、JEEDのホームページや厚生労働省のウェブサイトでも確認できますので、興味を持たれた方はぜひご覧になってみてください。シニアの力を最大限に活かす経営、その第一歩を、令和8年度のうちに踏み出してみてはいかがでしょうか。
プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
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- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
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