株式会社労務研究所 代表取締役   可児俊信

人材確保には福利厚生の充実が不可欠

企業にとって今や、避けて通れない喫緊の課題が人材確保だ。選ばれるため給与水準の引き上げにとどまらず、福利厚生にも力を入れる企業は増えている。福利厚生分野の専門出版社である労務研究所の可児俊信代表取締役は「人材の採用と定着には従業員のエンゲージメント(愛社精神)を高める必要があり、その手段として従業員が喜ぶ福利厚生に注目が集まっている」と指摘する。最近のトレンドを聞いた。

――人手不足に悩む企業は増えているのか
我々が1952年から発行する福利厚生専門誌「旬刊福利厚生」(毎月2回発行)を新規に購読する企業は増えている。福利厚生施策の実態調査や事例紹介、トレンドなどを分かりやすく編集した実務誌がここにきて改めて受け入れられているわけだ。それだけ福利厚生の重要性に着目する企業が多いといえる。
――発刊から70年超になるが、福利厚生の傾向は変わっているのか
当社の設立は50年。労働運動が盛んなころで、従業員が家族の生活安定や労働環境の改善を求めて会社と交渉する際、労使ともに世の中の水準が分かると説得力が増すといって、我々が取材などによって収集した情報を求めるようになった、福利厚生は歴史とともに多様化しており、高度成長期から80年代は代表的なものとして独身寮・社宅や保養所、職場給食などを提供した。このころの従業員の多くは世帯主であり、住宅や家族手当など生活支援を求めたからだ。特定企業が進出した企業城下町には社宅・寮のほか、病院や運動場なども建てられた。
――現状は
少子化やライフスタイルの多様化などで世帯主である従業員が減少。福利厚生も20世紀は従業員とその家族の生活を守り、安定させる手段として活用されたが、21世紀に入ると多様な従業員が働きやすく、成果を発揮しやすくする手段として労使ともに必要とするものに変わりつつある。人的資本経営、健康経営、ダイバーシティを実現する人材戦略として経営側が率先垂範することで従業員満足度が高まる。それにより人材採用と定着につなげるのが福利厚生の目的といえる。
――今の従業員が求める福利厚生とは
「20~30代は自己啓発、子育て世代は育児、中高年は健康や介護。余暇に対するニーズもある。ただし、すべてのニーズに企業が応えるのは難しい。そこで有効になるのが、多様なニーズに対応できるカフェテリアプランだ。企業にとっては一定のコストで済み、従業員は与えられたポイントなどの範囲内でニーズに合わせて福利厚生サービスを利用できる。仕事と育児・介護の両立、キャリア形成やライフスタイルに合わせた働き方をアピールできる。
――強固なエンゲージメントにもつながる
福利厚生によって今いる従業員が喜ぶこと、つまり働き甲斐ややりたいことをサポートする。自分を見てくれている、助けてくれているという感覚が大事で、働きやすい、やりがいもあるということになり、エンゲージメントを高められる。2024年春闘では大幅な賃上げを実現した企業が少なくないが、今後も賃上げを継続できるところは限られてくる。賃上げが難しいなら、尖がった福利厚生をアピールすることでエンゲージメントの向上・改善を図る企業も出てくるだろう。
――どんな事例があるのか
従業員50人規模のIT企業は、社長がエンジニア出身なので同じエンジニアである従業員の欲しいものが分かる。これが福利厚生の強化ポイントになる。面談して「最新のシステム・サービスを試したい」といえば、購入を補助する。つまり、やりたいことをサポートすることだ。看護師が辞める問題を抱えていた大阪の病院は、辞める理由を徹底的につぶすことにした。「子育てとの両立が難しい」というのであれば、親に代わって子どもが通う小学校・幼稚園などの送り迎えを行い、病院内に学童保育などの施設を設ける。人事や総務など管理部が連携して課題を解決し定着につなげている。
――少子高齢化が進む中で今後の課題は
基本は従業員のニーズを押さえ、それに応えることだ。企業は人材確保として女性の採用・定着に注力してきた。そのために必要な育児・介護を福利厚生サービスに積極導入、これにより女性の流入は一段落した。人手不足解消に欠かせなくなっているのが高齢者で、高齢者向け福利厚生は今後手厚くなるだろう。長く働いてもらうためには事故を防ぐ必要があり、健康が求められる。本人は「元気」というが、体力測定を実施して客観的に数値で示すことで事故防止につなげる。体操を取り入れて事故が減ったというところもある。次のテーマになるのが外国人の定着だ。ITエリートから技能実習生まで人材はさまざまでニーズも千差万別。イスラム教徒を雇うのであればハラル対応が欠かせない。家族を帯同する場合は地域社会で安心して暮らせることも大切なので、日本語教育など受け入れ体制も整えておく必要がある。

可児俊信(かに としのぶ)
株式会社労務研究所(福利厚生専門誌「旬刊福利厚生発行」) 代表取締役
千葉商科大学会計大学院会計ファイナンス研究科 教授

1996年より福利厚生・企業年金の啓発・普及・調査および企業・官公庁の福利厚生のコンサルティングにかかわる。年間延べ700団体を訪問し、現状把握と事例収集に努め、福利厚生と企業年金の見直し提案を行う。著書、寄稿、講演多数。

【略歴】
1983年 東京大学卒業
1983年 明治生命保険相互会社(現明治安田生命保険)
1988年 エクイタブル生命(米国ニューヨーク州)
1991年 明治生命フィナンシュアランス研究所(現明治安田生活福祉研究所)
2005年 千葉商科大学会計大学院会計ファイナンス研究科教授 現在に至る
2018年 ㈱労務研究所 代表取締役 現在に至る

【著書】
「新しい!日本の福利厚生」労務研究所(2019年)、「実践!福利厚生改革」日本法令(2018年)、「確定拠出年金の活用と企業年金制度の見直し」日本法令(2016年)、「共済会の実践的グランドデザイン」労務研究所(2016年)、「実学としてのパーソナルファイナンス」(共著)中央経済社(2013年)、「福利厚生アウトソーシングの理論と活用」労務研究所(2011年)、「保険進化と保険事業」(共著)慶應義塾大学出版会(2006年)、「あなたのマネープランニング」(共著)ダイヤモンド社(1994年)、「賢い女はこう生きる」(共著)ダイヤモンド社(1993年)、「元気の出る生活設計」(共著)ダイヤモンド社(1991年)

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