英米法系の国から来た弁護士やビジネスマンは、「日本の契約書はショッキングなほど薄い。こんなに条文が少なくて契約として大丈夫なのか」と言う。反対に、われわれが欧米の企業から提案された契約書をレビューすると記載する必要のない条文や重複する表現が多いように見える。
例えば、契約書に「甲は乙に対して、ある商品を1万円で売り、乙はこれを買い受ける。」という契約書を交わしたとする。
英米法などの不文法の法体系では、契約に関して法律が補充する範囲が狭いため、このように当事者、目的物および代金の額しか書いていない契約書ではどのように契約内容を実現すればよいかが特定できない恐れがある。
これに対して、日本では契約書は簡潔なものが多く、業界によっては作成されていないこともある。
それは、「武士の約束は通常、証文なしに決められ、実行された。」(武士道・新渡戸稲造)という文化的背景と、明治以降体系的な法律制度を整備する道を選んだため、民法や商法において民事上の取引に関するルールが細かく定められているためだと思われる。
前掲のような契約書でも、甲は契約成立時に商品があった場所で商品を引き渡し、乙は甲の現在の住所で代金を支払うこと(民483条)、代金を受け取った甲は領収書を発行しなければならないこと(民486条)、遅延利息の利率(民404条)、それぞれの債務は請求を受けたときから遅滞に陥ること(民412条3項)契約費用の負担割合は折半であること(民558条)、目的物に瑕疵(かし)がある場合の取り扱い(民570条)、債務の弁済は第三者もすることができること(民473条)などの民法や商法のルールが契約内容を補充する。
このため、民法や商法のルールを排除するために別のルールを契約書に記載するのであれば契約書にそれを記載する意味があるが、民法や商法と同じルールを記載することは既に前提となっている法律関係を確認する意味しかない。
海外の企業と契約書を締結することは翻訳や弁護士によるレビューなどの工数や費用がかさみやすい。それは海外企業が提示する契約書の分量が多いことがその一因である。
日本企業を一方の当事者として日本国内で実施される取引であれば、日本法を準拠法とし、日本の裁判所を合意管轄裁判所とするのが合理的である。契約書の内容も日本国内で通例用いられている程度の項目を網羅しているものであれば、法的な問題が生じる可能性は低い。
欧米の企業からページ数の多いファーストドラフト(契約書の案)を提示されたら、日本では契約の重要な要素と通例的な取引と異なるユニークなルールを中心に合意すれば足りることを説明して簡潔な契約書を結ぶように心がけると、肝心な部分を十分検討することができ、かつ不要なコストを節約することができる。
【プロフィル】古田利雄
ふるた・としお 弁護士法人クレア法律事務所代表弁護士。1991年弁護士登録。ベンチャー起業支援をテーマに活動を続けている。東証1部のトランザクションなど上場企業の社外役員も兼務。東京都出身。
「フジサンケイビジネスアイ」