明倫国際法律事務所 東京事務所代表 弁護士   柏田 剛介

企業に寄り添い伴走し、問題解決のための最適解を探し出す

「『法律』の力を使って事業に新しい価値を創造し、成長をブーストアップさせる」ことが、明倫国際法律事務所のモットーだ。顧客先の企業価値の向上への貢献という法務の新たな役割を果たすべく、依頼者とともに悩み考え、問題解決まで伴走を続けている。東京事務所代表の柏田氏に、企業法務における最新動向や中小・ベンチャー、スタートアップが法務面で注意すべき点などについて聞いた

契約書、サービス利用規約、知財保護――法的対策は万全か

――最近は中小・ベンチャー企業やスタートアップでも、法務に対する関心が高まっているようです
全体的な傾向として、企業法務の重要性が理解されるようになってきています。それにともない、契約書についても弁護士のレビューを受けて慎重に対応するとか、社内規定や就業規則などについてもコンプライアンス(法令遵守)の観点からしっかり整えていこうというトレンドがみられます。顧問弁護士をつけて、リーガル面についてしっかり対応していきたいというニーズも引き続き増えていますね。
スタートアップで最もニーズが多いのは契約書関連の法務かもしれません。単純にモノを売買する契約ならまだしも、たとえば自社が提供する新サービスに関する契約にはとくに注意が必要です。最近ではWeb上で提供するサービスも多いので、利用規約についても弁護士のチェックを受けて、リスクを正確に評価していただきたいと思います。
――Webサービスの利用規約については、どんなところに注意したらいいのでしょうか
たとえば問題のある利用者の退会処置を行う場合、しっかりした法的根拠が必要になりますし、自社の責任範囲を明確にしておくことも重要です。セキュリティ対策はきちんと講じていたのに、悪質なハッカーの不正アクセスによるシステム障害で、サービス利用者が被害を受けた場合、どこまで責任を負うのか。その辺をしっかり決めておかないと、損害賠償責任が際限なく拡大しかねません。
――自社の被害が予想外に広がるリスクがありますね
そうですね。Webサービスでは、ユーザーがどんな使い方をしているのかがよくわからないことも少なくありません。たとえば通信系のサービスでインターネットに接続できなくなった場合、Wi-Fiの無線通信を利用して鍵の開け閉めを行うスマートロックの利用者が、損害を受けるかもしれません。
通販で購入した商品が宅配ボックスに届いたのに、スマートロックを解錠することができず、取り出せないこともあり得ます。スマートロックのアプリを提供している会社に悪質なハッキングがあり、サービスが停止してしまった場合も同様です。
――契約関係や規定関係のほかに、相談が多いのはどんなことですか?
たとえば知的財産の保護については、スタートアップでもよく問題になります。発明品の特許取得はもちろん商標取得の相談も多いですね。きちんと商標を取っておかないと、あとで模倣被害に遭ったり、後発の業者に商標を取られて商品やサービスを展開することができなくなることもあります。
そこで当事務所の「知的財産権出願手続サービス」(特許、実用新案、意匠、商標、著作権登録、育成者権登録など)では、専属の弁理士と弁護士がチームを組み、単なる登録、出願手続だけでなく、「より強い権利」の取得や、経営目標達成に向けた効果的な知的財産戦略の提案を含めた対応を行っています。

福岡と東京に事務所を置く明倫国際法律事務所のWebサイト。海外では上海、香港、シンガポール、ベトナム(ハノイ、ホーチミン)に拠点を置く。海外進出ブリーフィング、知的財産権出願手続、コンプライアンス体制構築支援、スタートアップ支援、個人情報保護法/GDPR準拠支援など、ニーズが多い法務サービスをパッケージで提供

厳しさを増す海外の個人情報保護規制

――海外進出支援のニーズはどうなっていますか?
コロナ禍で一時期ストップしていましたが、持ち直してきています。東京事務所でも最近、新規の海外進出支援案件をサポートしたばかりです。当事務所が現地の弁護士やスタッフと連携し、国内大手企業のベトナム進出をサポートした事例もあります。
――現地の弁護士と連携しているのですね
はい。当事務所の日本人弁護士も現地におりますので。
――海外進出の際によくある法務面での相談事は、どんなことですか?
やはり現地の規制法についてです。まずは、必ず現地法人を設立しなければならないのか。それとも、日本の株式会社として進出できるのか。代理店をみつけたほうがいいのか。それから、そもそも対象国内で自社の商品を販売したり、サービスを流通させることに問題はないのかということです。自社が展開するビジネスが現地法上の規制にかからないかどうかを調査したいということで、依頼を受けることが多いですね。
あとは最近増えているのが、現地の個人情報保護規制に関するアドバイスです。
――各国が個人情報保護の動きを強めていますね
たとえば中国でもベトナムでも、新たに個人情報保護制度が整備されており(*)、調査依頼や対応の相談がよくあります。

(*)中国:「中国個人情報保護法」が2021年11月1日より施行/ベトナム:ベトナム国内で取得した個人情報データを同国内で保存することを義務づける「サイバーセキュリティ法」の「データローカライゼーション義務」が2022年10月1日から施行されている

現地で取得した個人情報が現地法の適用対象になり、たとえば中国では、同国内で取得した個人情報を、原則として国外に持ち出すことはできません。まだルールが100%適用されてはいませんが、今後間違いなく法律が厳格に運用されるようになるでしょう。
――中国では法律が目まぐるしく変わったり、法の適用や運用が曖昧なところがあるので、注意が必要ですね
そうですね。当事務所にも中国に詳しい弁護士がいますが、やはり専門家のアドバイスが欠かせないと思います。

ハラスメント対策の「両輪」

――柏田さんは人事・労務管理分野が専門ですね。この分野で最近相談が多いのはどんなことですか?
以前は残業代の未払いや解雇の問題が典型的な労働問題でしたが、最近はコンプライアンス全般にわたる相談が多いですね。パワハラ、セクハラへの対応依頼もありますし、そういう問題が起きないような体制を構築したいという相談もあります。
――これは実話なのですが、私の友人が最近パワハラ被害を受けて会社を退職しました
パワハラは被害を受けられた方にとって大きな労働問題であると同時に、パワハラの加害者である従業員への対応は、経営者側にとっても非常に頭の痛い問題です。指導してもなかなか改善せず、昔のように加害者を呼び出して厳しく叱責することも、辞めさせることも簡単にはできません。こういう「問題従業員」への対応の相談が最近多くなっています。
――問題従業員といっても簡単に解雇はできないのですね
おっしゃるとおりです。被害者を退職に追い込むほど酷いパワハラが行われたということでしたら、問題従業員に対する指導の記録がきちんと残っていて、それでもパワハラが続くようであれば、解雇できる可能性は十分にあります。
ただし問題従業員を解雇した場合、裁判になるケースが多いので、裁判に勝てる解雇をしなければなりません。そのために時間をかけて証拠を確保しておくのはもちろん、解雇以前の本人に対する対応や指導についても、それが判例に則り法的な瑕疵がないようにするための助言を行っています。
――パワハラ対策のうえで大切なことは何ですか?
当事務所でもセミナーを開催したり、社内規定の整備や相談窓口の設置のサポートを行っており、一連のパッケージサービスも用意しています(「コンプライアンス体制構築支援パッケージ」、「社外通報窓口受託・運営サービス」などを提供)。
パワハラが発生したときに速やかな対応を行うという意味では、被害者が周囲に相談しやすい環境や雰囲気作りが大事です。身近なところに相談窓口があり、相談員の役割を担う人がいて、困ったことがあったら声をかけてくれるような環境を作る。また人事部内に専用相談窓口を設置し周知を図ることも大切です。
その一方で、会社の風土として「パワハラは許さない」という意識を浸透させるための努力は継続して行っていく必要があります。ただし、それでもパワハラは時折発生してしまうものです。パワハラを起こさないための体制をどう構築するかということと、パワハラが発生したときにどう対応するのかを、両輪として考えておく必要があります。
――ハラスメントを防ぐための体制構築をどうサポートしていますか?
私が今、組織体制作りのうえでまず手がけているのは、問題従業員対応のチームを社内に作っていただき、定期的にミーティングを行うことです。だいたい3週間ごとにミーティングを開催し、その間にやるべきことを決めておき、実施していただくわけです。
問題従業員対応でいえば、まず本人をいつ呼び出してどんな話をするのかを、詳細にわたり具体的に決めます。その間に誰からヒヤリングを行うのかというように、問題従業員対応に必要なメニューを一緒に考え、実行していただきます。
その中で問題や相談事が必ず出てくるので、次のミーティングのときに話を聞きながら一緒に解決の方法や手順を考え、また実行。一度助言を行ってから、「あとは御社で対応をお願いします」と突き放すのではありません。継続的にミーティングを重ねていくことで問題点を共有し、必要な助言を適宜行っていくということですね。
――社内にチームを作って対応するところがポイントですね
多くの場合、問題従業員への対応は、総務・人事部門の担当者と、現場で本人の指導を行う場長とが別々に動いています。場長が問題従業員からパワハラで訴えられることもあるので、現場での指導には不安がつきまといます。場長にしてみれば「本社も一丸になって取り組んでくれている」という強力なバックアップがあってこそ、自信を持って指導を行えるというものでしょう。
指導の結果、改善がみられることが最もウェルカムなのですが、深刻なケースでは最終的に解雇や退職勧奨に至ります。そうなると、総務・人事部門の一般従業員ではどう対応したらいいのか判断がつきません。その意味でも、専門家である弁護士が企業にしっかり伴走し、助言や指示を行いながら問題解決を進めていくことが大事だと思います。
いわゆるモンスタークレーマーに対しても、弁護士が速やかに関与し対応していくのがよいと考えています。
――ひどいケースになると、顧客対応の範疇を超えますね
そうですね。だから、弁護士ができるだけ早めに、ここまでは企業がこう対応し、そこから先は弁護士に問題の解決を委ねるという線を明確にし、助言を行う必要があります。
最近では、民間企業に限らず地方公共団体や国の公的機関でも、モンスタークレーマーへの対応が問題になっています。現場の職員が心労を煩うケースも多く、早期に私たちが関与し対応させていただくことも増えてきました。

法制度の動向によっても経営環境は大きく変わる

――企業を取り巻く競争環境や市場環境はもちろん、法制度もどんどん変化しています。今、中小企業やベンチャー企業は法務面でどんなことに気をつけたらいいですか?
たとえば人事・労務関係では、安倍政権時代に進められた「働き方改革」の中で、2020年4月からすべての企業に適用された「同一労働同一賃金」への対応が挙げられます。物流業界の「2024年問題」も大きなリスクをはらんでいます。
2019年4月から大企業に施行され、中小企業にも2020年4月から適用されている時間外労働の上限規制は原則として月45時間、年360時間となりました。臨時的な特別な事情があって労使が合意している場合、時間外労働と休日労働を合わせて月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内におさえなければ罰則が科される恐れがあります。
物流業界では、この時間外労働の上限規制の適用が猶予されていましたが、2024年4月から適用が始まるので、残業時間をさらに短縮しなければならなくなります。
――つまり、法律の改正によって経営環境が激変するわけですね
そうですね。あとは、先に述べた個人情報関連の法規制もどんどん厳しくなっています。海外でも個人情報保護関連の新しい法律が次々に定められており、グローバルにビジネスを展開している企業は対応が必要です。
――先に、中国とベトナムの例を教えていただきました
ほかにもEUには「GDPR(一般データ保護規則/General Data Protection Regulation)があり、米カリフォルニア州には「CPRA(カリフォルニア州プライバシー権利法/California Privacy Rights Act)という法律ができています。
これらは日本の個人情報保護法とは異なる法規制になっています。GDPRにもCRPAにも域外適用があり、EU域内およびカリフォルニア州を拠点としていない企業にも規制が適用されるのです。
――日本企業が注意しなければいけないのはどんなことですか?
たとえばCPRAの場合、まずプライバシーポリシー(プライバシーに関する方針)を詳細に作り込まなければならず、不備があれば制裁金を科されます。また、個人に対する情報開示についても細かいルールが設定されており、フリーダイヤルの個人情報問い合せ窓口を必ず設けなければなりません。
EUのGDPRでは、一定の域外企業は現地代理人(EU代理人およびUK代理人)を置き、法に定められた個人情報取扱活動の記録を共有し、個人や監督機関からの問い合せに速やかに対応しなければなりません。違反した企業には全世界売上高の4%もしくは2000万ユーロ(1ユーロ=147円として、29億4000万円)のいずれかのうち、大きな金額の制裁金が科されます。
とくにEUは個人情報保護に関する規制がとくに厳しく、個人情報保護が社会に浸透しています。大企業ではDPO(データ保護監督者/Data Protection Officer)を、年間1000万円程度の報酬で雇用し設置するのが普通です。
――自社のWebサービスの利用者がEU域内に居住している場合、日本の中小企業やベンチャー企業も域外適用になり、違反があれば制裁金が科されるのでしょうか?
理論上は適用されることになっていて、違反があれば制裁金が科される可能性は十分にあります。大企業ではNTTデータが摘発された例が1件明らかになっていますが、今のところ日本の中小企業の摘発例はありません。
では、日本の中小企業は心配する必要がまったくないかというと、そうではないのです。中でも情報漏洩とプライバシーポリシーには細心の注意が必要です。EU域内のユーザーの個人情報が漏洩してしまった場合、規制当局に報告義務があり、またプライバシーポリシーは目につきやすいからです。そこで当事務所では、情報漏洩とプライバシーポリシーはとくに重要だと依頼者にアドバイスしています。
中小企業であっても、取引先から契約条件としてGDPR準拠の対応を求められるケースもあります。そこで当事務所では、新たな取り組みの1つとして、GDPR対応の導入支援からEU代理人の手配・運用支援までをカバーするパッケージサービスも用意しています。
中小企業向け「GDPR準拠支援サービスパッケージ」
経営陣をバックアップし、企業価値の向上に貢献する法務人材を育成 また当事務所では、「企業法務人材育成プログラム」の提供を始めました。
企業法務人材育成プログラム
講師を務めるのは、これまで5000社以上に対して、一般的な企業法務だけでなく、経営分野(知的財産、IPO、M&A、海外ビジネス、不祥事対応、使用者側労務など)における専門サービスを提供してきた当事務所の経験豊富な弁護士。実際に発生している事例を扱い、その日から業務にフィードバックできる、実践に役立つプログラムです。
開講コースは法務入門のほかに、応用コースとして知財活用、国際ビジネス、労務・人事管理、契約書中級、顧客・取引先対応、会社組織管理、M&Aがあります。
簡易なセミナーとは異なり、コースごとに1回2時間半から3時間程度で、単に講義を聴くだけではなく、こちらからご提供する課題を検討していただいたり、場合によっては発言もしていただくインタラクティブな講義を実施します。内容は、専門的なものですが、実践的な問題を取り扱うため、あまり知識や経験のない方でも面白くご参加いただけると思います。たとえば私が担当する労務・人事管理は7月頃に始まり、4カ月にわたって講義を実施します。
講座はWebで行われ、各コースの参加者は約10名です。
――どんな法務人材を育成していくのですか?
そもそも企業の法務部門の役割は何か、ということですね。契約書をチェックしたり会社に法令遵守を徹底させるだけではなく、より積極的に企業価値の向上に貢献できる法務人材の育成を目指しています。
つまり、事業のミッションを遂行していくうえで、会社がどう行動すれば数々の法的な問題をクリアできるのか、という観点で法務部門は経営に関与していけるのではないか。そこに法務部門の存在意義があるのではないかと考え、人材育成に取り組んでいます。
最近、大企業の間で法務部門の役割を見直し、法務部門の機能を経営に積極的に活かそうとする動きが始まっています。当事務所では昨年頃から、こうした取り組みを進めてきました。
たとえば私が専門とする人事・労務管理は、もともと「守り」の側面が強い分野です。ところが先に触れたパワハラの件でも、問題従業員への対応がきちんとできなければ他の従業員が苦しい思いをします。だから、法務部門が人事・労務管理分野の法律を活用し、問題解決のために積極的に対応していく。そのためには何が必要か、具体的には「服務規程の中にこういう条項を入れておくことが有効です」というように、法務部問がより積極的に問題解決に向けた役割を果たしていくという観点で講義を行っています。

明倫国際法律事務所の信条

――「明倫」とは『孟子』にある「皆、人倫(じんりん)を明らかにする所以(ゆえん)なり」という一節が語源で、「人倫」とは「人として守り行うべき道理(『学研漢和大字典』)」という意味です。その「明倫」という言葉を事務所の名前にしているということには、何か理由がありそうですね
あります。当事務所代表の田中雅敏弁護士が山口県の出身で、同県の萩市にはかつて長州藩の藩校だった明倫館がありました。そういう縁もあり、田中代表が当法律事務所を設立するにあたって、『孟子』から「明倫」という言葉を取って名前をつけたということです。
ともすれば、われわれ弁護士の仕事は、依頼者に法律制度の解説を行い、評論家的なアドバイスをして終わってしまうことも少なくありません。そうした中で、当事務所が大切にしているのはクライアント・ファースト、依頼者第一という姿勢です。
依頼者とともに悩み、考えながら、依頼者にとって最適な解を模索し、「これで進んでいきましょう」という形で一歩踏み込んだ助言を行うことを理想にしています。
――柏田さん自身が大切にしていることは何ですか?
弁護士にとって一番嬉しいのは、依頼者から感謝されること。感謝の言葉を直接いただくことはもちろんですが、自分自身が「依頼者にとって大きな意味を持つ、いい仕事をすることができた」という実感を持てることが、一番のやりがいです。今後もこうした姿勢で仕事を続けていくために、日々スキルを高めていくことを心がけています。
――スキルもいろいろありますね。法律の知識はもちろんヒューマンスキルの部分も含めて
そうですね。座学で得られる法律的な知識も重要ですが、経験はやはり大きいですね。
たとえば、労務関係の裁判で勝訴する可能性が10%あったとします。経営者の方は理想の実現を目指して日々仕事を頑張っておられるので、「勝てる可能性は10%でも頑張りたい、世に問うていきたい」と理想を追求する傾向が少なからずみられます。
その意志は尊重しながらも、弁護士として、裁判を起こして敗訴したときにどうなるかということを見通し、デメリットについてもきちんと説明し、納得していただくことが大事です。たとえば敗訴したことがメディアで報じられた場合、自社に対するレピュテーション(評判、評価)にどんな影響があるか。
とくに労使関係に問題のある企業だという印象を持たれると、人材採用に支障が生じるかもしれません。実際に私も、そうした苦しい場面でたびたび相談を受け、苦労を分かち合いながら対応に奔走する経験もしてきました。
そういう中で、裁判で戦うべきか、別の形で早期に解決を図るべきかを含め、今こういう意思決定をした場合、5年後、10年後にどんな結果が生じるのか。そういう先の見通しを立てながら、最初の一手をどう打つべきかということを、説得力のある形で助言することを心がけています。
先を見通しながら、本当の意味で依頼者の利益になる解決方法を一緒に考えて決め、経営判断に貢献する。そこまで踏み込み、説得力のある助言を行うことが、依頼者の方の納得感につながるのではないかと思います。

人間だからこそ下せる「難しい判断」がある

――自然な文章で人と会話ができる対話型AIの「Chat GPT」が話題です。柏田さんは「弁護士業務の一部は、今後ICTによってコモディティ化していくと思います」と、イノベーションズアイが運営するWeサイト「Entrepreneur」の「起業家に影響を与えたこの一冊」インタビューで答えています
私も(AI技術の進歩には)関心を持っていて、最新の「Chat GPT4」も有償で契約しています。結論として、個人的にはAIがどんどん進化し、弁護士と同じように依頼者の質問に答えてくれるようになったほうが、より法律的に正しい判断が世に浸透するので望ましいと考えています。
「Chat GPT」は、法律分野の専門的な学習を進めていけば、今後数年以内に普通の弁護士とほぼ変わらない答えを出せるようになるかもしれません。そうなった場合、弁護士の数は少なくなるかもしれませんが、弁護士が完全に駆逐されるとは思いません。
(企業法務を専門とする弁護士の本当の仕事は)依頼者である企業に入り込み、経営者や担当者と一緒に最適な問題解決の方法を考え、判断していくこと。あるいは人を説得することです。依頼者のことを本当に考えたうえで、最適な解決方法は何か、どんな判断をするべきかということを助言するのは、人間でなければ難しく、そこに弁護士の存在意義があるのだと思います。
今でも、契約書のチェックを始めとする法務関連業務の支援をAIが行うリーガルテックサービスがいくつかあります。でもやはり、AIは言葉の意味そのものを理解しているわけではないということがよくわかります。その辺も、今後大はきく変わっていくでしょう。それにつれて弁護士業務もどんどんAIに駆逐されていくはずです。
それでも、仮にAIが弁護士と能力的には同等になったとしても、いろいろな意味で判断が難しく、人が一緒に考えて結論を出さなければならないことはあると、私は思います。
――難しい判断というのは、どんなことですか?
たとえば、可能性としてどんな結論になり得るかということはわかっていても、企業経営として本当にその方向に進んでいくべきなのか、ということですね。
また、説得も弁護士として非常に重要な仕事です。問題解決に向けて交渉相手と話し合いを進める中で、「この辺が落としどころになりそうだ」と考えられるラインが明らかになったとします。ところが、その落としどころが弁護士からみて100点満点であっても、依頼者にしてみれば、これまでに自分が受けた仕打ちや被害といった事情を考えると、とても納得できないということが多々あるのです。
このように、法的に妥当な結論と依頼者の気持ちが一致しない場合、相手をどう説得するかが弁護士としての腕の見せ所でもあります。
――法律的には最適解でも、経営者としてそれを選択することが正しいのかどうかという判断こそ、人間に行ってもらいたいと思いますね
そうですね。依頼者と一緒に悩み、考え、判断していくことは、どんな時代でも変わらない弁護士の仕事です。

 

「取材・構成 ジャーナリスト 加賀谷貢樹」

弁護士 柏田 剛介(かしわだ・ごうすけ)

【学歴】

東京大学法学部 卒業
2008年12月弁護士登録
2008年12月鴻和法律事務所 入所
2010年1月明倫国際法律事務所(旧 明倫法律事務所) 入所
2012年11月経営革新等支援機関としての認定取得
2017年1月明倫国際法律事務所東京事務所へ移籍

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