株式会社横引シャッター 代表取締役   市川 慎次郎

コロナ後の未来を切り拓く、30年先を見据えた長期ビジョン 【前編】

シャッターを上下に開閉するのではなく横に引く「横引きシャッター」の専門メーカー、横引シャッター(東京都足立区)が、将来の事業承継を見据えた「30年ビジョン」を定めた。まず直近10年間で、後継者にバトンを渡せる土台を作り、次の10年間で経営を承継する。コロナ禍で失われたワクワク感を取り戻し、仕事を楽しみながらコロナ後の市場を切り拓いていく。新たなステージを歩み始めた同社が進める組織改革や、同社が守り続ける先代の教えについて市川慎次郎社長に話を聞いた。

コロナ禍で忘れていた「ワクワク感」を取り戻す

――まず、御社の新しいステージに向けた取り組みについてお話をお聞かせ下さい
「では、具体的にこれをやろう」、「あれをやろう」と話をしていた矢先に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まったのです。
社員の家族分のマスク、次亜塩素酸やアルコール消毒液を用意するよう指示したのが同年1月30日。行動制限のもとで業務が止まり、私が恐れたのは、いったい何が会社の経営に重大な影響を及ぼすのか、予測がつかないことでした。新型コロナウイルス感染症が蔓延すると訪日外国人がいなくなり、旅行会社では海外旅行はほぼゼロになり、国内旅行も激減しました。次いで航空会社やホテルが苦しくなり、土産物屋さんでも客足が絶えました。そして今度は外食産業が営業自粛に追い込まれます。
そうした余波がどこから当社に飛んでくるのだろうと、毎日シミュレーションを繰り返しても何も浮かばない。その結果、ストレスで帯状疱疹にまでなって、私が思ったのは「このまま守りを続けていても仕方がない。攻めに入ろう」ということでした。今自分たちがやれることとして、自社でアクリルパーティションの製造を始め、自治体などに合計2408台を無償で寄贈し、今に至っています(無償寄贈は終了)。
――市川社長は、「コロナが蔓延してはや2年。生き残ることに必死で、会社経営をすることにワクワク感を忘れてしまっていたことが一番の反省点」だと、貴グループが毎月発行している「中央通信」に書かれています
このワクワク感は本当に、私も当社の社員も含めて、日本中の多くの人たちが忘れてしまった心、気持ちだと思います。今後はアフターコロナなのかWithコロナのどんな世の中になるのかわかりませんが、このワクワク感がなければ、これから日本に明るい未来なんて描けないと思います。だから「ワクワクしようよ。仕事を楽しもうよ」と、私は社員たちに繰り返し伝えています。
というのも、2022年の下半期になり、コロナ禍に苦しめられたここ数年のことを振り返ってみると、やはり生きるために必死だったのですね。「行動に制限がある中でやれることはやっていこう、攻めも守りもやっていこう」とさまざまなことを手がけましたが、それはけっして、楽しんでやっていたのではありませんでした。
私は普段、社員たちに「仕事は楽しくないといけない。そして、相手に『ありがとう』といってもらえないといけない」と話しています。社長自身が仕事を楽しいと思っていないのに、社員には「楽しいと思いなさい」と教えていたことを、私は深く反省しました。
――市川社長ご自身は今、自分が楽しんで仕事をしている姿をどう見せていますか?
まずは率先垂範で、社長が楽しんで仕事をしている姿を見せ続けています。そして今自分たちが行っている努力は、どんな明るい未来をつかむためのものなのかということを伝え続け、社員たちに明るい未来をイメージしてもらっています。
たとえば今、「僕はこんなことをやっているんだ。こんな計画を立てているんだ。それは、こんなことを目指しているからで、それが実現したら将来、会社はこのようになる」。あるいは「今、社内にこんな問題があるけれど、とても一手だけでは解決できない。だから二手、三手と対策を打たないと駄目なんだ。その最初の一手が、今みんなにやってもらっているこれなんだ」と、具体的に伝えています。

10年先を見据えた組織改編に着手

――10年先の未来を見据えて組織改編を進めています。まず市川社長は、10年後の横引シャッターさんはどんな会社でありたいと考えていますか?
そうですね、次の世代にバトンタッチをするための土台ができあがっている状態になっていることを目指しています。これから10年をかけて土台を作り、10年後から徐々にバトンタッチができるようにしていきたいと思っています。そのために今行っているのが、「見える化」の徹底と「社長戦力外通告」の継続です。
まずは、これまで感覚を磨き、経験を積み上げた一部の人しかできなかったことを「見える化」し、ある程度の能力を持つ人たちにも、それができるようにしていくことです。たとえばシステム化を進め、今まで私がさまざまな資料を見て、良い悪いと判断していたことを、誰もが客観的に見られるようにしていきます。ある程度の能力を身につけた人がそれを見て、判断ができるようにしておけば、将来の事業承継にも役立つと思います。
――社長がいなくても、いるときと同じように全社員で会社を動かす。社長には日常業務から離れて先を見据えた行動やトップセールスに専念させる。そのために「社長に戦力外通告をいい渡せ!」と、市川社長は宣言していましたね
そうですね。そもそも、社長の代わりをしてくれているのが社員です。その社員たちが「社長の分身」のようになっていくことで、会社によき風土が根付き、社長がいるいないにかかわらず、通常業務も回っていくのだと思います。
そのために、2021年4月から「社長メッセージ」を発信し続けています。年間でワード約450ページの文章を書き、私が考えていることや思っていることから、見聞きしたこと、本を読んで勉強したことまで、とにかく何でもいいから社長の頭の中を文字化しているのです。
――毎日正午頃、全社員が参加しているLINEグループにもメッセージが配信されるのですね
LINEグループにも書いています。こういう会社にしたい、ああいう会社にしたい、というメッセージを発進し続けているのです。私が事務所にいるときは時折、社員の手を止めてでも雑談をします。
以前は「今はみんな忙しそうだから、あとにしよう」と遠慮していました。でもそこで後回しにしていると、私自身が伝えることを忘れてしまうのです。その間に、私の考えはどんどん先に進んでいってしまいます。先に伝えておくべきことが伝わらないまま、次々に新しいメッセージが伝わってくるので、社員たちがスピードについてくることができず、困惑してしまうということがありました。
――メッセージというものは、始終伝え続けなければいけないのですね
そうなんです。今、目の前で社員たちが取り組む仕事も重要ですが、社長の頭の中を伝えることも大事です。もちろん、要点だけにまとめて伝え、短時間で終わらせなければいけません。それをこまかく繰り返し、毎日やっていくことで、「いつも社長はそういうことをいっている」とか「社長はいつもそういうことを考えている」ということを周知させているのです。
会社では「お客さまの顔をみて仕事をしなさい」と社員に教え、実際にそうやって働いてもらっています。でも実は、うちのような会社だと、社員が一番見ているのは社長の顔なのです。だから社員にとって、社長は何を考えていて、次にどんなことをやろうと思っているのか、どんなことを喜び、嫌がるのか、といった情報は非常に大事だと思います。
社長が何を喜び、何を嫌がるのか。それを私は「2つの点」と呼び、中途社員にも新卒社員にも入社後半年以内に必ず教えます。この「2つの点」がわかると、2点を線で結ぶことができます。その線の範囲内で、自分は何をしたらいいのかを忖度し、行動に移してもらうようにしているのです。でも、忖度するにも物差し、基準がなければ判断を誤るので、判断基準がぶれないように「社長メッセージ」を発信しているわけです。
「中小企業は一枚岩になれ」とよくいいますが、一枚岩になるにも基準が要ります。その基準点となるものは、社長の考え方にほかなりません。社員たちが、社長の考え方をしっかり理解できていないのに、一枚岩になれといっても、それは無理な話です。

身の丈に合い、継続可能な社会貢献を行っていく

――「身の丈に合った社会貢献」を重視しているということですが
私たちが企業として存在している以上、自社の利益追求のためだけに仕事をするのではなく、社会貢献も重要だと考えています。でも、その社会貢献が単発に終わっては意味がありません。社会貢献をするために背伸びをしすぎると、負担が大きくなり、継続できなくなります。だから身の丈に合った、継続性のある社会貢献を重視しています。
たとえば、地元の足立区では防災資機材が不足しているということなので、防災資機材を毎年継続寄贈していくことにしています。足立区社会福祉協議会様への寄贈については、当社から提示させていただいた予算枠の中で、社会福祉協議会様が必要とされるものをご指定いただき、寄贈するという形を取っています。私たちが原資を作り、その中で、必要とされるものを寄贈することによって喜んでいただく。こうした活動を毎年繰り返していきます。
――ワタミの渡邉美樹社長兼会長が代表理事を務める公益財団法人School Aid Japan(SAJ)を通じて、カンボジアでの学校建設の支援も行う予定です
カンボジアでの学校建設支援は、もともとは2020年(中央シャッター創業50周年)に始める予定だった、身の丈に合った社会貢献の一環で、コロナ禍でストップしていた案件です。美樹さんとはご縁があり、「カンボジアは、今日生きていたからといって明日生きれる保障がない国なんだ」と聞いていました。
美樹さんは、カンボジアに学校を造りたいと話したとき、「そんなことをしても、砂漠に水をまくようなものですよ」と多くの人にいわれたそうです。でも最終的に美樹さんは、「砂漠に水をまく行動でもいいじゃないか、俺はやる」といって事業を始めたという話に、私はとても感銘を受けました。
当社はカンボジアにご縁はありませんし、社会貢献も、社長がやりたいという思いだけで行うのはどうかと考えた時期もありました。でも、最終的にこの事業への参画を決めたのは、「名を刻む」ことに大きな価値を感じたからです。建設された学校には、支援者の名前を残すことができるということなので、会社や創業者の名前から始め、将来的に社員1人ひとりの名前を刻みたい。そうすることで、社員たちが「自分たちの働きを通して名を残す」ということを本当に実現させたいと私は考えました。
障がい者施設とのコラボも大きなテーマで、今は施設で作られたパンを購入し、社員の福利厚生に役立てています。菓子パンも120円、150円、170円、180円とさまざまですが、私たちはそれらをすべて1個200円で購入しています。菓子パンを隔週120個ずつ、加えて給料日には半斤の食パンを40個。合わせて毎月280個を購入し続けています。
継続性を保ち続けるには、ボランティア精神だけでなく、会社にとって明確なメリットがなければいけません。私たちにとってそのメリットとは、人財教育です。
「今みんなが食べているパンは、障がい者の皆さんが作ったものなんだ。障害を持っているからといって、健常者より劣るなんていうことはない。実際にこうやって、自分たちにはとても作れない、こんなにおいしいパンを作ってくれているんだ」
そういって社員教育を行うと、みんなの目の色が変わります。
そして今度は、パンを自宅に持ち帰った社員たちが、朝食で子どもたちにそれを食べさせ、「これは、障がい者の人たちが作ったパンなんだよ」と話をする。それが子どもたちへの教育にもなるわけです。
――障がい者施設に、仕事を発注することも考えているそうですね
今回のコロナ禍をきっかけに、工場の生産工程の中から、いくつかの部分をピックアップし在宅で作業ができる体制を整えました。今後、在宅勤務が可能になった部分の作業を障がい者施設に発注し、コラボレーションを行うことを考えています。
私たちが率先して成功事例を作り、それを魅力と感じて下さった他の企業さんにも火がつき、障がい者の方々とさまざまな交流が広がっていくことが理想です。

企業ブランディングの対外的効果と社内的効果

――テレビ各局、新聞雑誌、Webなどさまざまなメディアで市川社長自ら積極的に情報発信を続けています。これらを通じて、対外的にどんなブランディングを確立し、社内的にどんなプラス効果を得ることを意図していますか?
対外的には、お客さまはもちろん世間、社会の中で多くの人の記憶に残っている会社。「シャッターといえば横引シャッター」と思っていただけるような会社を目指しています。当社がそういう存在になることで、先代社長(1970年に中央シャッターを創業した市川文胤〈ふみたね〉氏)が私たちに教え続けてくれたことは間違いではなかった、ということを証明したい(先代の証明)という思いがあります。
社内的には、「これだけ多くのメディアに取材の機会をいただける会社は、なかなかない」という誇り。それとともに、自分たちは、多くの人たちにいつも見られている存在だという自覚を社員たちに持ってもらいたいということですね。社員たちが家族に自慢できるような会社でありたい、という思いも持っています。
ブランディングという意味では、当社は動画が比較的弱かったので、動画でのプロモーションにここ数年力を入れています。TikTokやInstagram、Twitterなどを活用しながらショート動画などを展開し、ブランディングにつないでいきたいですね。
単に流行に乗るというわけではありませんが、しっかり時流を捉えていくことも大事です。その意味では、SDGsにもしっかり取り組んでいかなければなりません。
当社でも「国籍や年齢等の条件にとらわれず、能率・効率で昇給」、「同一労働同一賃金」、「産廃物の発生を減らす、自社独自の再利用」、「沖縄珊瑚植え付け活動」などさまざまな活動を進めています。でもこれらは、SDGs推進のために新たに始めた取り組みというより、自社が以前から実践してきたことをSDGsの枠組みに当てはめたら、これだけ集まったということなのです。継続性という意味でも、自社の従来の活動の中に根付いているSDGsにしっかり取り組む、という姿勢を大切にしていきたいと思います。

横引きシャッターのWebサイト

インタビュー【後編】に続く(2023年6月21日公開)

 

「取材・構成 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹」
市川 慎次郎(いちかわ・しんじろう)
株式会社横引シャッター 代表取締役
国士舘中学校・高等学校を卒業後、中国の清華大学へ留学し、北京語言文化大学の漢語学部、経済貿易学科卒業。 2000年横引シャッター入社。
入社後は父の運転手兼秘書として、直接創業者精神を叩き込まれる。 総務部部長・経理部副部長を兼務した後、父の急逝を受けて2012年12月より代表取締役に就任。
現在に至る。

Webサイト: https://www.yokobiki-shutter.co.jp/

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