西武信用金庫 理事長   髙橋 一朗

相互扶助の精神で取引先、職員に寄り添う

東京都を主な地盤とする西武信用金庫(東京都中野区)は、地元に頼られる金融機関として存在感を増している。2022年度の純利益は90億円と過去最高を更新した。地域密着で取引先に寄り添い、専門家など外部との連携で困りごとを解決してきたからだ。髙橋一朗理事長は「時代の変革期は連携で乗り切る。相互扶助の精神こそが取引先の経営改善につながり、我々の事業を持続可能にする」と言い切る。そのために取引先だけでなく、職員にも優しい金融機関を追求する。

――学生を対象とした「知財活用スチューデントアワード」を続けている
大企業が持つ開放特許を活用したアイデアを競うもので、23年度は10回目。いつも接戦で、審査に頭を悩ませる。今回は同年12月に最終選考会を開き、5大学・9チームが熱弁をふるった。大企業の開放特許を活用した学生のアイデアを事業化につなげたいので、そのための必要な技術力を持ち、かつ事業化を希望する中小企業を選定中だ。中小企業は日々の仕事に追われて忙しいが、若い人と話し合うことに価値がある。学生も社会課題の解決の一端を担うことになる。我々にとっては採用につながる。
――業績は好調だ。要因は
全国の中小企業の7割が赤字といわれ、どこも疲弊している。このため、信金など地域金融機関は地元に融資先がなく預貸率は50%程度にとどまる。余ったお金を株式や債券などの運用に回すが、相場は上下するのでリーマン・ショックなどが起きると損失を計上することになる。一方、我々の預貸率は約70%だ。積極的な有価証券運用は行わない。地域に役立つのが信金であり、融資で中小企業の収益アップに貢献する。取引先のためが、我々のためにもなる。預貸率を下げると本来の金融機能が発揮できなくなる。
――「取引先のため」に立てた戦略は
困りごとを聞いて、その課題を解決することに尽きる。しかし当初はうまくいかなかった。我々なりに一生懸命に調べ「技術を磨き、設備投資を行って製品を開発すれば売り上げは伸びる」と提案したが、素人集団のにわか勉強では困りごとに応えられなかった。しかし、そのときに「専門家に任せればいい」と気づいた。大学の先生や中小企業診断士に取引先を紹介し、技術力などを評価できるのであれば融資するし、企業同士をビジネスマッチングでつなぐこともできる。地元の専門家と連携するのが我々の仕事であり、我々はつなぎ役だ。営業担当者は「コーディネーター」という名称に変えた。我々が困りごとのすべてを解決できるわけではないので、連携が大事になる。
――このビジネスモデルが新型コロナウイルス禍で生きた
30年前から収益向上や人手不足解消といった取引先の困りごとを解決することに注力してきた。コロナ禍でも徹底し、国や自治体などが用意した中小企業支援策を活用した。申請手続きに慣れていない取引先も多く、中小企業診断士、我々の三者が一緒になって申請書を作成した。この甲斐あって、特に事業再構築補助金では4年間で支給額が100億円に達した、採択率は40%だ。謝金として専門家に総額約1億円を払ったが、それにより取引先に総額100億円が入った。これにより倒産を回避でき、黒字に転換した取引先もいる。取引先の7割は黒字だ。収益が上がれば融資先として残り、我々の業績にも跳ね返る。
――「情けは人の為ならず」ということか
取引先、そして地元にとってプラスならば我々にもプラスだ。苦しい金融機関は人を減らし、店舗を減らすが、我々は人も店舗も生かす逆張りだ。困りごとを解決するのは職員であり、コロナ禍でも取引先の相談に応じるため店舗を閉めなかった。職員が来店客には窓口で対応し、来られないなら自転車で回って相談に応えた。コロナ禍にもかかわらず奮闘してくれた職員に感謝している。
――どう報いたのか
このお礼として22年度にコロナ手当として30万円、物価高一時金として15万円を支給した。23年4月には中野サンプラザでの中期経営ビジョン発表会で10万円を手渡した。このとき1万円を追加した。少額でもいいので西武信金に出資加入を促すためだ。職員を会員とするためで、名実ともに「会員の会員による会員のための組織」になった。またシングルマザー手当や障害者手当などを新設した。人への投資は怠らない。
――働き方改革に積極的な理由は
若い職員にも会員同士の相互扶助という協同組織金融機関としての役割や機能を発揮してもらうためだ。職員の将来への不安や職場環境の不満を解消し、安心して働ける職場でなければ長く勤められないし、顧客に寄り添った活動もできない。30年前から取り組んできたビジネスマッチングや産学連携は取引先同士の相互扶助なら、「職員にやさしい」という働く環境の整備は経営者と職員、職員同士の相互扶助といえる。こうした信金特有の相互扶助の理念に基づいた中期経営ビジョンを策定、「地域に人に未来にやさしい」をパーパスに定めた。
――相互扶助の理念を追求していくのか
本格的な人口減少と高齢社会の到来に加え、世界の分断による資源高、脱炭素といった課題が山積する現状はまさに変革期といえる。これまでのように自己の都合と経済合理性を優先する“競争”ではなく。他者を思いやり、互いに力を合わせて価値を作り上げる“協創”が求められる。まさに協同組合の理念であり、地域で協力して困難を乗り越える組織こそが生き残る。遠回りかもしれないが、利益を生むし、持続可能性をもたらす。協同組合の原点である相互扶助こそが未来を切り開くはずだ。

髙橋 一朗(たかはし・いちろう)
西武信用金庫 理事長

1983年西武信用金庫入庫。

2002年6月立川南口支店長に就任し、2006年7月事業支援部長に任命される。2008年7月より常勤理事、2018年6月より常務理事を努め、2019年より理事長に就任。

地域発展の担い手である中小企業・小規模事業の皆さまに対して、各種コンサルティング体制のもと環境の変化に合わせた持続可能な成長をサポートしている。

2022年には、女性後継者の会「SEIBU LADY LINK」、2023年には、「西武100年企業の会」やスタートアップ支援として「TOKYO Startup Nexus」を発足し、地域のお客さま同士のつながりを深める新しいサークル活動やプラットフォームの運営にも尽力している。

2024年1月には、よりよい地域づくりを目指すなかで、地域に欠かすことができない福祉や子育て等の分野で活躍されている皆さまや、NPO法人を含めた非営利団体の方々が集う活動基盤として「地域協創プラットフォーム」を発足し、協創による持続可能な社会の実現を目指し様々な活動に取り組んでいる。

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