地図の著作権侵害事件
はじめに
地図にも著作物性が認められる可能性があるということをご存知でしょうか。地図は地球表面の状態を一定の割合で縮めて文字や記号で平面上に表示するものですから、著作物とはなり得ないようにも思えますが、地形や建造物の配列や表記方法等に創作性が認められれば、著作物として保護されます。地図の著作権についてはこれまで複数の裁判例が存在するところ、新たに地図の著作権が問題となった裁判例が知的財産高等裁判所から出されたのでご紹介します。
事件の概要
地図の作成方法や表現方法等を研究開発する個人発明家である原告は、原告地図を作成していました。その後、被告とA社は被告地図Aを作成し、インターネット上で地図閲覧サービスを提供しました。また、B社は被告地図Bを作成・販売し、被告及びA社は被告地図Bを提供しました。原告は、被告らによる被告地図Aの作成及びインターネット上での配信、並びに、被告らによる被告地図Bの作成、販売及び提供が、原告地図にかかる原告の著作権及び著作者人格権が侵害されたとして、被告に対して損害賠償を求めたという事案です。
第一審である東京地方裁判所は、原告地図と被告地図A及び被告地図Bとの間に同一性は認められないとして、原告の請求を棄却しました(東京地裁令和3年(ワ)第17636号裁判所Web)。この第一審の判断に原告が控訴をしたのが、今回紹介する控訴審判決になります(知財高裁令和5年(ネ)第10059号裁判所Web)。
原告の控訴審における主張
抜粋となりますが、原告は、原告地図と被告地図A及び被告地図Bとの類似性の根拠として、以下のような主張を控訴審においてしました。
・住宅地図において、「道路・河川」、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の個別建物形」等を記載することを選択し、一般住宅及び建物に関する「居住人氏名」や「建物名称」等を記載しないことを選択している。
・「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」は、原則として、その場所を示す点(「・」)の右側に続けて、必ずしも建物のポリゴンの内部に収まらずに、紙面・画面の水平方向に沿って横書きで折り返すことなく、ほぼ同じ大きさのフォントで記載している。
・「建物番地」は、原則として、建物のポリゴンのほぼ中央に、紙面・画面の水平方向に沿って横書きで折り返すことなく、必ずしも建物のポリゴンの内側に収まらずに、アラビア数字で、ほぼ同じ大きさのフォントで記載している。
控訴審判決の内容
控訴審は、原告の上記主張に対して、以下のような点を指摘した上、原告地図と被告地図A及び被告地図Bの類似性を否定し、原告の控訴を棄却しました。
・被告地図A及び被告地図Bは、原告地図と同じく、「道路・河川」、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の個別建物形」等を記載することを選択し、一般住宅及び建物に関する「居住人氏名」、「地類界」(宅地の境等)、「等高線」を記載していないものの、実際の適用として、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」等の選択は必ずしも一致していない。また、被告地図A及び被告地図Bでは、原告地図には記載されていない交差点名の記載がある等の点で相違する。
・被告地図A及び被告地図Bは、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」の表現について、少なくともその一部において、その場所を示す記号として「・」を用いていること、その右側に横書きで名称を記載していることは、原告地図と共通すると認められるが、被告地図A及び被告地図Bでは、場所を示す記号として、「・」でなく、いわゆる地図記号(学校を表す「文」に〇の記号等)を用いる施設があったり、公共性の高い建物、商業店舗といった種類に応じて文字の大きさ・太さ及び背景となる建物ポリゴンの色を変えるなど、原告地図におけるような一律的な記載ルールとは異なる個別性の高い表現形式が採用されている。
・被告地図A及び被告地図Bは、「建物番地」について、これを記載する場合、原告地図と同じく、原則として、建物のポリゴンのほぼ中央に、画面の水平方向に沿って横書きで折り返すことなく、必ずしも建物のポリゴンの内側に収まらずに、アラビア数字で一定の大きさのフォントで記載していると認められるが、被告地図A及び被告地図Bは、公共施設等や一般住宅の名称が付されている建物には「建物番地」を記載していない点で原告地図と異なる上、それ以外の一般住宅についても「建物番地」を記載していないものが多数あるなどの相違がある。
ポイント
本控訴審判決は、従前の地図の著作物性に関する裁判例の枠組みを踏襲しつつ、原告地図と被告地図A及び被告地図Bの違いを詳細に比較・検討しており、地図の同一性を具体的に検討する際の参考になろうかと思います。
また、本控訴審判決は、地図の同一性の有無(複製又は翻案の有無)を検討する手法としての2段階テストと濾過テストの採否について、「創作性のある表現部分について同一性があるといえるかどうかの判断がされれば足りるのであって、その判断に至る過程で、最初に両著作物の共通部分の抽出を行うか、創作性の認められる表現上の特徴にまず着目するかという検討手順に関しては、合理的・効率的な判断に資するための合目的的な観点から、事案に応じて適切に使い分ければ足りる。」と判示しています。この点の判示は、地図の著作権侵害のみならず、他の著作権侵害の判断においても、影響を与えるものといえます。
終わりに
今回の裁判例は、地図の著作物性に関する一般論について、富山住宅地図事件(富山地判昭和53年9月22日判時375号144頁)、ふぃーるどわーく多摩事件(東京地判平成13年1月23日判時1756号139頁)等の裁判例と概ね同様の枠組みとなっています。弁理士の著作権情報室では、「地図と著作権」として、地図の著作物性に関する記事を公表しているので、そちらもあわせてご参照いただければと思います。
令和6年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 山田 博貴
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