建築の著作物とは? ~グルニエ・ダイン事件~
原審・平成14年(ワ)第1989号 大阪地方裁判所
はじめに
著作権法は、著作権法により保護される著作物に「建築の著作物」があると定めています。そして、著作権法は、一定の例外を除いて、著作権者に無断で著作物を複製する行為を著作権侵害行為として禁止しています。したがって、著作権法により保護されている建築の著作物を、著作権者に無断で建築によって複製する行為は、著作権侵害行為として禁止されています。それでは、どのような建築が著作権法により保護される建築であるかについて、判断の基準を示した裁判例を紹介します。
事件の概要
日本全国に展開する大手住宅メーカである原告は、高級注文住宅として「グルニエ・ダインJX」シリーズを開発し、モデルハウスを全国の住宅展示場に建築して宣伝広告及び販売を開始しました。原告建築物は、高級注文住宅ではあるものの、同種の設計によるシリーズ商品として企画して販売する一般住宅であり、原告の工場において建材を大量生産することによって建築される一般住宅のモデルハウスです。原告建築物は、屋根の形状、深い軒、インナーバルコニー、テラスなどの外観におけるデザイン上の特徴を有しており、グッドデザイン賞を授賞しました。
一方、被告も住宅メーカであり、原告の建築物と似た外観の被告建築物であるモデルハウスを建築し、このモデルハウスを撮影した写真を掲載したパンフレット、チラシ等を作成して営業活動を行いました。
この事件は、原告が、被告建築物は原告建築物と酷似し、原告建築物は著作権法によって保護される建築の著作物であるところ、被告建築物は原告建築物を複製又は翻案したものであるとして、被告建築物の建築の差止等を請求した事件です。一審である大阪地方裁判所は原告の請求を棄却したため、原告は、一審の判断を不服として大阪高等裁判所に控訴しました。
大阪高等裁判所の判断
まず、大阪高等裁判所は、一般住宅においても、住み心地や使い勝手といった実用性や機能性のみならず、外観や見栄えの良さといった美的要素を加味して設計、建築するのが通常であるが、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性に著作権法による保護を与えることは、量産する建売分譲住宅等の建築が著作権侵害となるおそれがあり、社会一般の住宅建築の実情に合わないと述べました。その上で、一般住宅が著作権法上の『建築の著作物』として保護されるには、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合であるという基準を示しました。
そして、本件については、原告建築物は原告内のデザイナーが関与して創作したことにより、実用性や機能性のみならず美的要素において、それなりの創作性を有する建築物であるが、設計及び建築の過程において美的要素に関する試行錯誤が行われるのは通常であり、原告建築物は、建築会社がシリーズとして企画し、モデルハウスによって顧客を吸引し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅を建築するものであるから、通常なされる程度の美的創作が施されているにすぎず、著作権法上保護される建築の著作物にあたらないとし判断して、原告の請求を棄却しました。
注意点
著作権法は、著作物の該当性について、「思想又は感情」を「創作的に表現」したものであって、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」ものと定めており、著作物の芸術性や美術性の程度について要件を設けていません。したがって、幼児がチラシの裏に描いた落書程度の絵であっても、幼児が「思想又は感情」を「創作的に表現」したものであれば、その絵は、芸術性や美術性を問われることなく、美術の著作物として著作権法により保護されます。
一方、一般住宅の建築物については、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えていなければ、著作権法上保護される建築の著作物にあたりません。したがって、一般住宅の建築の著作物の該当性に関する判断は、上記要件に加えて「造形芸術としての美術性」を検討する必要があります。
この事件において、原告建築物がグッドデザイン賞を受賞したのにも関わらず、著作権法上保護される建築の著作物にあたらないと判断されたことを考慮すると、建築物の著作物性における「造形芸術としての美術性」の検討は、非常に難しい検討になるでしょう。
令和元年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 廣江 政典
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