「女性用ベスト編み物著作物性事件」
(原審:東京地裁平成23年12月26日判決 平成22年(ワ)第39994号
1 事案の概要
下図1及び下図2は、判例時報2159号131頁及び132頁から抜粋した原告編み物及び原告編み図を示す。控訴人(第一審原告)Xは、原告編み物と原告編み図の制作者である。被控訴人(第一審被告)Yは、被告編み物及び被告編み図を被控訴人会社に納入し、被控訴人会社は、被告編み物を下請業者に製作させて展示し、販売し、被告編み物を写真撮影して雑誌等に掲載して使用しかつ被告編み図を複製して顧客や販売店等に頒布した。被告編み物及び編み図は、原告編み物又は原告編み図を複製、翻案したものであり、被告編み物及び被告編み図の展示は、展示権を侵害するものと、控訴人は、主張し、被告編み物、被告編み図及び写真の展示、販売、販売の申出の差止め、侵害品の廃棄を求めると共に、著作権及び著作者人格権侵害の共同不法行為責任に基づき、損害賠償金合計660万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。原審は、原告編み物及び原告編み図に著作物性を否認して、原告の請求をいずれも棄却したため、控訴人は、原審判決を不服として、控訴した。
出典:判例時報2159号131頁及び132頁
2 主争点
ア 原告編み物の著作物性の有無
イ 原告編み図の著作物性の有無
3 判旨
知財高裁は、下記の理由により、控訴人の控訴を棄却した。
形の最小単位は直角三角形であり、この三角形二つの各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、この四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される原判決最末尾別紙図面記載の構成は、表現ではなく、そのような構成を有する衣服を作成する抽象的な構想又はアイデアにとどまるものと解されるから、上記構成を根拠として原告編み物に著作物性を認めることはできず、原告編み図についても著作物性を認めることはできないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりである。
4 解説
4-1:控訴棄却理由
原則として、著作権侵害訴訟の原告は、法の保護に値する著作物性を備える原告作品を認識して、その著作物性(創作性)を主張し、立証しなければならない。本件では、原審、控訴審とも、控訴人(原告)作品の著作物性が否認された。原告作品に著作物性が認められるためには、原告作品に現れる表現がありふれたものでないこと、個性的表現がふくまれていること又は何等かの工夫が凝らされた表現であること及び原告作品の表現の幅が狭いとはいえないこと等が裁判所において認定される必要がある。
4-2:あみもの【編物】と編み物の歴史
編物は、毛糸やその他の糸で衣服・シャツ・靴下・手袋などを編んでつくること。また、その物。手編みと機械編みとがあり、毛糸・レース糸・絹糸・刺繍糸・リリヤンなどを用いる(広辞苑)。編み物の歴史は、大変古く、編み物の起源は、明確でないが、古代エジプトでは既に靴下が編まれており、そこから商人たちを通してヨーロッパに広まったと考えられている。西ヨーロッパの国々では、編み物は、芸術の頂点に達するような美術的ビーズ編み、かぎ針編み(カーペット)、レース編み等に発展した。編み物には、籠、敷物等の生活用具や衣類を含む種々の作品があり、編み図や編方も千差万別であり、美術品に相応しい絵画等を表現する編み物も多く、優れた創作性のある美術的な編み物は、著作権法により美術の著作物として保護されるべきである。
4-3:編み物と織物
編み物は、ループによって組織を形成し、そのループに次の糸を引掛けて連続してループを作り面を形成する織地である。糸で作られるループが連結しているが、糸のよりが弱いものが多い。これに対し、織物は、基本的に縦糸と横糸が直角に交差して組織を形成し、隣の糸と密着して平面的に連なって面を形成する織地である。縦糸と横糸が交錯して糸のより強いものが多い。
5 原告編み物の著作物性
5-1:原告編み物
図1に示される原告編み物は、手編みによって作成された女性用のベストである。原告編み物1(図1の右半分)は、水色を基調とする部分及び茶色がかった黄色を基調とする部分から成り、原告編み物2(図1の左半分)は、薄い水色、濃い青色及び紫色を基調とする各部分から成る。
5-2:原告編み物の著作物性についての原告の原審での主張(原審7頁19行目~8頁22行目)
(1) 原告編み物は美術の著作物であり、いずれも、「形の最小単位は直角三角形であり、この二つの三角形の各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、さらに四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される構成(図2記載のA、B及びCの各線からなる構成。以下「本件構成」という。)を有するものであるところ、この点に原告編み物の創作性が存在する。すなわち、原告は、①直角三角形の各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成した形を基本パーツ(モチーフ)として作成し、②上記基本パーツ五つを円環的にとじ合わせて五角形を作成し、さらに、上記五角形を二つとじ合わせることにより、原告編み物を作成したものである。本件構成は、原告編み物と原告編み図に共通のものである。原告編み図では本件構成がそのまま図面上に表現されているが、編み物としては、立体的に組み立てられた中に表現されている。すなわち、編み物の場合、本件構成は編み物の編み目の変化ないし継ぎ目部分のラインとなり、本件構成として見る者の目に明確に映るようになっている。具体的には、上記①のとおり、三角形の各最大辺を合わせることにより、両側の三角形の編み目の流れが異なるものとなり、かつ、境界部分の糸の配置が異なり、糸の量も増えるため、別紙図面記載Aの線が浮き上がって見えることになる。また、上記②のとおり、各基本パーツをパッチワークのように円環的にとじ合わせることにより、別紙図面記載Bの線がとじ目として生じることになり、かつ、別紙図面記載Cの線が外縁として生じることになる。このような編み目の流れや境界部分の編み方の変化によって、本件構成が明確に見る者の目に映ることになり、本件構成が原告編み物の際だった特徴を示すことになる。本件構成は、通常のベスト等に見られる形とは全く異なるものであり、唯一無二と言ってよいほど独創的なものであって、創作性、芸術性に優れるものとして創作性を有する。このことは、原告の代表作である「図形パズル」シリーズ(原告編み物は、同シリーズの主要作品として発表されたものである。)が創作性、独創性、芸術性に優れるものとして特に高い評価を受けていることからも明らかである。
(2) したがって、原告編み物は、本件構成において著作物性を有する。
5-3:原告編み図の著作物性
5-3-1:原告編み図
図2に示される原告編み図1は、2枚から成る編み図であり、1枚目の左側には、「三角パズルベスト~ミモザ」、「デザインP」とのタイトル表示の下に、①材料、②用具、③ゲージ、④出来上がり寸法、⑤編み方についてそれぞれ欄が設けられ、毛糸の品番、使用する用具の種類、目数、段数、寸法等が文字及び数字により記載されている。また、「編み方」欄には、「身頃は、キュービックとエジプトスーパーを引きそろえて編みます。」、「三角モチーフを必要枚数編み、つなぎ合わせます。」、「ふち回りは、それぞれのモチーフのエジプトスーパーのみで、全体を回ります。」、「ボタン穴は、ふち編みの2段目であけます。」と記載されている(原審25頁の12~21行目)。
原告編み図2は、2枚から成る編み図であり、タイトルが「三角パズルベスト~レンゲソウ」とされていること、毛糸の品番、色の指定、目数、寸法等が異なることのほかは、原告編み物1とほぼ同様の表示がされている(原審26頁9~12行目)。
5-3-2:原告編み図の著作物性についての原告の原審での主張
原告編み図は、美術の著作物又は図面の著作物であり、原告編み物と同様に、出来上がった編み物の形又は模様として「形の最小単位は直角三角形であり、この二つの三角形の各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、さらに四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」という本件構成を有する点に創作性が存在する。したがって、原告編み図は上記構成において著作物性を有する。(原審9頁21~26行目)
5-4:原審での最終判断
原審では、下記判断がなされた。
「原告編み物は、これらの(*原告が主張する)具体的構成によって、上記の思想又は感情を表現しようとしたものであって、これらの具体的構成を捨象した、「線」から成る本件構成は、表現それ自体ではなく、そのような構成を有する衣服を作成するという抽象的な構想又はアイデアにとどまるものというべきものと解され、創作性の根拠となるものではないというべきである。」(原審24頁8~13行目 注:*括弧内は筆者が加入した。)
「原告編み図を美術の著作物としてみた場合、上記展開図は、直角三角形二つの最大辺同士を合わせて形成される不等辺四角形五つを、直角三角形の鋭角を中心点に合わせて並べて正五角形に近い形(正五角形の一辺に切り込みの入った形状)とし、これを横に二つ並べた図形を直線によって描いたものにすぎず、これにその他の説明のための文字、記号等を含めて考えてみても、その具体的表現において、「美術の範囲に属するもの」というべき創作性を認め得るものではない。」(原審27頁9~15行目)
5-5:控訴審での最終判断
控訴審では、下記の最終判断がなされた。
「形の最小単位は直角三角形であり、この三角形二つの各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し、この四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される原判決最末尾別紙図面記載の構成は、表現ではなく、そのような構成を有する衣服を作成する抽象的な構想又はアイデアにとどまるものと解されるから、上記構成を根拠として原告編み物に著作物性を認めることはできず,原告編み図についても著作物性を認めることはできないと判断する。」(控訴審5頁最後の1行~6頁5行目まで)
6 考察
美術品と同等の美的な絵画等を表現する編み物も多く、優れた創作性のある美術的編み物は、著作権法により美術の著作物として保護されるべきであるが、前記の通り、本件判決では、原告編み物と原告編み図とに創作性が認められない。その詳細な理由は、下記の通りであると考察する。
1. 標準的に採用されている同種の女性用ベスト編み物と編み図と比較して、原告編み物と原告編み図は、既存の素材及び形状の組合せと既存の色彩の選択に過ぎず、創作的な表現上の特徴を見出せず、本質的にありふれた表現に留まるものと認められる。
2. 原告編み物と原告編み図から表現上の工夫、個性的表現を認定できない上、思想又は感情を創作的に表現する幅は極めて狭く,表現の選択肢は限られたものといえよう。
3. 原告編み物と原告編み図では、創作された表現の選択の幅は皆無に等しく、創作性のない作品と断定する原審及び控訴審の判断に違和感は、感じられない。
4. 仮に、原告編み物と原告編み図に著作権を付与すると、他者が行う表現創作活動に不自由を招来し、衣服の創作、製造及び販売の不当な制限を生ずることは明白である。
5. 原審及び控訴審において、表現自体の具体的かつ個性的な特徴ではなく、衣服の抽象的な構想又はアイデアを主張する原告の請求は、却下された。
6. 著作物性の認められない原告作品に基づいて著作権及び著作者人格権を行使することはできない。
(以上)
令和4年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 清水 敬一
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