そのアートはアイデア?著作物? ~金魚電話ボックス事件~
原審 奈良地判 令1・7・11平30(ワ)466
0.はじめに
東京オリンピック開催に合わせて各種アートイベントが開催され、東京の街中に様々なインスタレーション作品が展示されていたことは記憶に新しいことと思います。インスタレーションとは、室内外の展示場所・空間を含めて作品とする表現手法を言います。
本件は、インスタレーションであって、レディ・メイド(既製品から機能性を剥奪し「オブジェ」として作品化する手法)の要素を含むアート作品に関するものです。
1.事件の概要
原告は、「メッセージ」(原告作品)という作品を制作し、発表した現代美術家です。
被告は、「金魚電話ボックス」(被告作品)を制作し、Y市内の喫茶店に設置しました。この「金魚電話ボックス」は、もともとK芸大の学生達がアートイベント(おおさかカンヴァス2011)に出品した「テレ金」とタイトルのついた作品を承継し、この作品の部材を使って制作したものでした。
左:原告作品「メッセージ」
右:被告作品「金魚電話ボックス」
(出典)松永洋介 ならまち通信社HP(https://narapress.jp/message/)より
2.原告作品は著作物なのか
著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)と定められています。「表現」したものが著作物であって、「アイデア」自体は著作物ではありません。
この事件では、まず、原告作品は、電話ボックスを水槽に見立てた、単なる「アイデア」にすぎないのか、「アイデアに基づく表現」であって「著作物」として保護されるのかという点が争われました。
この点、大阪高等裁判所は、「電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと、公衆電話機の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生している」という表現について評価し、原告作品には著作物性がある、と認定しました。
3.被告は原告作品を「複製」したか
次に、被告作品が原告作品を「複製」したかどうかが争われました。複製とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(同法2条1項15号)であって、判例では、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製すること」と定義されています。
つまり、1)被告が原告作品に基づいて被告作品を制作したこと、2)被告作品が原告作品に類似していること、の両方を満たせば、被告作品は原告作品を「複製」したもの、といえます。
1)被告は原告作品に基づいて被告作品を制作したか
被告は、学生が制作した「テレ金」を譲り受けてそれを再現しただけであって、原告作品に基づいていない、と主張しましたが、「テレ金」は、金魚の数が約1000匹、気泡は床面からも大量に発生されているものでした。
また、被告は、「テレ金」について原告が学生達に抗議をしていたことも知っており、被告作品については、原告から直接抗議を受けていました。よって、被告は原告作品のことを十分認識していたといえます。
そして、「電話ボックス様の造作水槽に水を入れ、金魚を泳がせ、受話器を水中に浮かせた状態で固定してその受話部から気泡を発生させる」という作業を行ったのは被告でした。
大阪高等裁判所はこれらの点を検討した上で、被告は原告作品に基づいて被告作品を制作した、と認定しました。
2)被告作品が原告作品に類似しているか
大阪高等裁判所は、原告作品と被告作品における共通点と相違点を評価し、被告作品は原告作品に類似している、と判断しました。具体的には次の通りです。
以下が共通点であり、原告作品のうち表現上の創作性のある部分と重なると評価されています。①単独では、創作性が表れているとはいえないと判断されているため、②を加えることで創作性があるとの判断がされていると考えます。
①電話ボックス様の水槽に水が入れられ、赤色の金魚50匹から150匹程度泳いでいる点、
②公衆電話機の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生している点
以下が相違点であり、ありふれた表現の部分にすぎないと評価されています。
①公衆電話機の機種
②公衆電話機の色
③電話ボックスの屋根の色
④公衆電話機の下にある棚の形状
⑤電話ボックスの中の水の量
⑥当初、被告作品には、アクリルガラスのうちの1面に縦長の蝶番を模した部材があった。
3)大阪高等裁判所の判断
以上により、被告作品は原告作品を「複製」したものであり、原告の著作権を侵害する、と認定されました。
4.まとめ
・上記のように、「アイデア」自体は著作物とはなり得ず、「アイデアに基づく表現」が著作物となり得ます。例えば、コンセプト(アイデア)を承継した作品であっても、実際に制作(表現)した者が作品の制作者(著作者)となる場合があります。
・デッドコピーだけが複製ではありません。相違点があっても「複製」となる場合があります。
<月刊パテントの記事>
菅野 好章「電話ボックス様の造作水槽に金魚を泳がせた作品について著作権侵害等が争われた事案」月刊パテント74巻11号(2021年)
令和3年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 山崎 理恵
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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