著作者人格権の不思議
著作者人格権の一身専属性
「著作者人格権」は、著作者の一身に専属するもの(その人本人にのみ帰属するもので第三者に譲渡できないもの。一身に専属ですから、相続の対象にもなりません。)とされていることが、よく知られるようになってきました。
すなわち、著作者人格権は、他人に譲り渡すことは認められていません(下記の記事も参考になります)。
参考記事:『著作権の譲渡契約書に著作者人格権の不行使特約(不行使条項)があったときの対応』
確かに、「人格権」とありますので、他人と売買できるようなものではなく、「他人に譲り渡すことができない」ことは当然であり、そのような扱いで問題はないようにも感じられます。
しかしながら、この著作者人格権の一身専属性ついて、面白い論点があります。
職務著作の著作者人格権
著作物の著作者は、通常は個人(法律上は、自然人と呼ばれます)となります。しかしながら、著作権の財産的側面や利用の促進を重要視する多くの国では「職務著作」制度が導入されています。日本の著作権法でも「職務著作」が導入されており、個人が作ったものであっても、従業員の業務としての創作など、所定の条件を満たす場合には会社(法律上は、法人と呼ばれます。)が著作者となります(法人著作とも呼ばれます)。
したがって、「職務著作」に該当すると、例外的場合を除き、その著作物につき法人が著作者となります(下記の記事も参考になります。)。言い換えれば、実際に創作した個人(従業員等)であっても「著作者」にはならないのです。
参考記事:『職務著作と職務発明の比較』
あれ、それでは実際に創作した人間に著作者人格権もないということに?
はい、条文上はそうなっています。職務著作では、実際に創作した「人間」ではなく、「会社」が著作者人格権を持つということになります。
しかし、そうなると、少し不思議な気持ちになります。というのも、著作者人格権は創作者の「人格権」を保護し「第三者に譲渡できない」とまでしていたのに、これではまるで創作した「人間」から「会社」に権利が移ってしまった(譲渡された)ようにも感じてしまいます(ただし、理論上は法人が著作者なので譲渡は生じていません)。しかも、実際に創作した人に「人格権」が残っていないことも気になります。
この扱いについて、違和感を覚える人がいるかもしれません。専門家の間でも、著作者人格権とは何か?どう取り扱われるべきか?といった議論が生じることとなり、様々な学説等が存在します。
あまり難しい話や詳細な学説の説明は避けて、具体的なケースを挙げて考えてみましょう。
(1)商品としてのプログラム製作を業務として依頼された従業員20名が共同で、プログラムを作成した。
(2)会社の業務として、会社の入口に掲げる絵を描くことを依頼された従業員が一人で、絵を制作した(その後会社名義で公表)。
皆様はこれらの例について、どのように思われるでしょう?
(1)については、各従業員に著作者人格権を認めてしまうと権利処理や契約があまりに複雑になり、利用の観点で問題も大きく、条文通りの適用で良いと考える人がいるかもしれません。
(2)については、絵を描いた従業員には、著作者人格権の一部、特に名誉や声望に関わる権利は従業員にも認められるべきと考える人もいるかもしれません。
さらに、いずれの例でも、たとえ商品の開発や利用に困難が生じたとしても、著作者人格権は実際に創作した人に全て認められるべきだと考える人、逆に、条文通り著作者人格権は全て法人に属するべきと考える人もいるかもしれません。
いずれかが正しく、他は悪ということではなく、「保護」と「利用」のバランスを図ろうという著作権法の特徴が、ここでも論点として生じており、様々な説があるということになります。これを機会に、著作者人格権の性質について、じっくりと考えてみるのも面白いかもしれません。
令和6年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 高橋 雅和
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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