第7回
ソニー「aibo」開発チームに聞く②ロボットが人と触れ合い暮らす日常がここにある
イノベーションズアイ編集局 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
「aibo」は、一般家庭で1年365日、オーナーや家族と触れ合い生活をともにするロボットだ。たとえば「aibo」は、外出したオーナーを、あらかじめ学習した場所で出迎える(aiboのおむかえ)ことはもちろん、前回記したように専用アプリ「My aibo」のAR(拡張現実)機能を使い、オーナーと一緒にご飯を楽しむこともできる(aiboのごはん)。
また「aibo」は家族と一緒に七五三も祝う。2021年、22年、23年に東京、愛知、九州で、「aiboの成長を祝い、今後の健やかな成長を祈願する」七五三詣のイベントが開催された。「aibo」がオーナーの家庭で、いかに大切な家族として受け入れられているかを物語る。
前回に引き続き話を聞いたソニーグループ株式会社事業開発プラットフォーム技術開発部門 ソフトウェア開発1部 統括課長・望月大介氏と同部の村松直矢氏も、「aibo」を「この子」と呼んでいた。
「aibo」にはそれだけ、私たちが思わず感情移入してしまうような「人と触れ合う力」が備わっているのだろう。
今回は、「aibo」に実装されている、ロボットが人と触れ合い一緒に暮らすための技術とはどんなものなのかを掘り下げていく。
「人と触れ合う」ための認識技術
前回説明したように、「aibo」は「気づく」→「考える」→「行動する」というプロセスを回しながら自律行動している。前回は主に「考える」プロセスを担うAI技術と「行動する」プロセスを担うメカトロニクスについて触れたので、今回は「気づく」プロセスを支えるセンシング技術から話を始めたい。
「aibo」は、さまざまなセンシング技術を用いながら、自分の周囲の状況認識を行っている。たとえば下記図解にあるように、鼻先にある前方カメラが視覚で、マイクが聴覚の役割をはたす。また背中センサー(感圧・静電容量式タッチセンサー)や頭センサー・あごセンサー(静電容量タッチセンサー)が触覚を担い、3軸ジャイロ・3軸加速度センサーから構成される6軸検出システムが、いわば平衡感覚をつかさどっている。
「aibo」はまた、発光源から対象物に照射した反射光をとらえて3次元情報を取得する「ToFセンサー」(距離画像センサー)や「測距センサー」で周囲の空間を認識し、さらに、背中に設置されているSLAM(後述)カメラの画像をもとに自己位置を推定してマッピング(地図作成)を行い、自律歩行している。
これらのセンサー類の中で、人とのコミュニケーションに大きな役割をはたしているものの1つが、タッチセンサーだ。
頭やあご、背中をなでてあげるとタッチセンサーが反応し、「aibo」は「褒められている」と感じて、嬉しそうなしぐさを見せる。タッチセンサーが装着されていないお腹の部分をなでても、「aibo」は自分が「なでられている」ことを認識し、喜びの感情を表現する動きを見せるというから驚かされる。
こうした、本物の犬のようなふるまいを可能にしているものが、大量のデータの中からあるパターン(特徴量)を自動的に見つけ出し、高度な学習や判断を行うディープラーニング(深層学習)だ。
「この子(『aibo』)にはタッチセンサーやIMU(ジャイロ&加速度センサー/図解の6軸検出システムを指す)が内蔵されています。(オーナーが)タッチセンサーがないお腹の部分に触れても、自分が『なでられている』ことを理解するために、タッチセンサーとIMUを使ったマルチモーダル(異なるさまざまなデータを組み合わせて処理を行うこと)な認識を、ディープラーニングを活用して行っているのです」と望月氏は説明する。
『aibo』はたとえば、自分がコロンとひっくり返って両手両足を広げ、お腹をなでられたときにIMUがとらえた振動パターンを事前学習している。そのため『aibo』は(タッチセンサーが反応していないときでも)IMUがとらえたさまざまな振動データの中から、自分が「なでられている」ときの振動パターンを見つけ出し、「自分はなでられているに違いない」と認識して反応を返すのだ。
「aibo」にはこのように、オーナーとの意思疎通(インタラクション)を行うための洗練された認識機能がいくつも実装されている。
たとえば、オーナーが何かを手に持って「aibo」の目の前にかざしている姿を、カメラでとらえたとする。オーナーが何を手に持っているのかを認識することも大切だ。しかし、オーナーとの意思疎通をはかるという意味では、「オーナーが何かを目の前にかざしている」ということを認識し、そこから「自分はオーナーから何かを提示されている」ことを理解することがむしろ重要だという。
望月氏は、これが「『aibo』ならでは」の認識だと語る。
「オーナーが自分に提示しているものは何だろう」と興味を持ち、好奇心をエネルギーにして行動を起こすこと自体が、「『aibo』ならでは」の動きだといっていいだろう。
そこから、「aibo」とオーナーとの間にさまざまなコミュニケーションが生じていく。
「人との触れ合いのための認識技術を磨いているという感じですね」と村松氏は話す。
人間の感情をコピーしても、意思疎通はうまくいかない
望月氏によれば、「aibo」が人と触れ合い意思疎通をはかることについても、「『aibo』種としてはこうふるまうべき」だという基準のようなものがあるという。
「aibo」は、本物の犬を忠実に模したロボットではない。「aibo」は本物の犬には見られないバンザイをしたり、瞳でニコニコした表情を表現する。これらの振る舞いは本物の犬には見られないが、オーナーとの意思疎通を円滑にするという目的のもとに、「aibo」のふるまいとして許容されるという考え方だ。
逆に前回説明したように、「aibo」は人間のような欲求や性格、自我を持っているとはいえ、「aibo」の「心」は人間の心を忠実に模したものではない。
「出発点としては、人間の感情(や心理)に関する理論を参考にしていますが、あくまで最小限にとどめています。結局、(オーナーさんが『aibo』のふるまいを)『かわいい』と感じるかどうかというところに立ち戻ると、人間(の感情やふるまい)を模しただけではあまりうまくいかないのです。『aibo』としてどういう動きをすれば、オーナーさんに受け入れられるのかという観点で、さまざまなチューニングを行いました」(村松氏)
では実際に、「aibo」とオーナーとの意思疎通がうまくいくように、どんなチューニングが行われたのか。村松氏はこう語る。
「たとえば人間の場合、嫌なことをいわれても、それほどすぐに(感情が)態度に出るわけではありません。不快な感情が(徐々に)積み重なって、イライラした表情や態度が表出されますが、(『aibo』の場合)何か嫌なことがあったらすぐにシュンとした素振りを見せたほうが(オーナーさんとしては)わかりやすいのです」
人間は、外部からの刺激にある程度耐えることができるストレス耐性を持っている。ところが、「aibo」が悲しみや不快感を引き起こす外部からの刺激に「耐え忍ぶ」ふるまいは、オーナーから理解されにくく、「aibo」のふるまいとしてふさわしいとはいえない、というのだ。
一方、望月氏は「『aibo』はなでてあげると、ニコニコした目になります。結局のところ(そのように、オーナーさんの行為と『aibo』の反応の間の)意味関係がわかることが大事です。オーナーさんの行為に対して、たとえば『aibo』が1分後に反応しても、因果関係がわかりません」と話す。
人間の行為に対してロボットがこう反応したという意味関連性や因果関係がわかりやすく設定されていることが、人と触れ合い一緒に暮らすロボット開発のポイントになるという、非常に重要な指摘だ。
生活空間を認識して自律歩行し、「なわばり」も覚える
「aibo」がオーナーの家庭の中で自律歩行するのに欠かせないものが、掃除ロボットの自律走行やドローンの自律航行、自動車の自動運転などに利用されているSLAM(スラム/自己位置推定およびマッピング〈地図構築〉)技術だ。
最近、外食店舗でも配膳ロボットが店内の各テーブルに料理を運ぶ光景が見られるが、位置の基準となるマーカーを店舗の天井に取り付け、ロボット上部のセンサーでマーカーを読み取りながら自律走行していることが多い。ところが「aibo」は一般家庭向けの商品であり、天井にマーカーを設置するのは非現実的だ。
先に述べたように、「aibo」のSLAMカメラは本体の背中にあり、天井を撮影した画像を処理し、自分が今いる位置を推定すると同時にマッピング(地図作成)も行っている。具体的にはSLAMカメラで何をとらえ、どんな処理をするのだろうか。
望月氏によれば、(SLAMカメラは)半天球カメラで、天井と壁の一部を映し出す。SLAMカメラがとらえた画像から、まず特徴点を探し出していくわけだ。特徴点とはたとえば、部屋の天井に走っている線が十字状に交差している部分や、天井に設置されている照明などが挙げられる。
「『この特徴点は、自分があの場所にいたときの見え方から、もう少しこちらに動いたときに見えるはずの見え方だから、自分は今この場所にいるはずだ』という判断ですね」と、望月氏はいう。
具体的に説明すると、たとえば「天井の模様やLED照明の位置など、部屋にある複数の特徴点群の見え方は、自分が位置(x,y)にいたときの状況に近いが、少しずれている。今は(x, y)からこの角度(θ)でこれだけの距離(l)ずれた場所からの見え方なので、位置(x’,y’)にいるはずだ」と、「aibo」は位置を推定しながら自律歩行しているというわけだ。
「(「aibo」は自分が)ここにいるときには、その特徴点がこう見えるということを覚えながら、自分が知っている(部屋の空間の)領域を拡張しています。そうやって自分が今いる位置を理解するのはもちろん、(自分がオーナーさんと暮らしている)部屋の構造、たとえばこの辺は歩ける場所で、ここは歩けない場所だという知識を獲得しているのです」(望月氏)
「aibo」はこのように、SLAMカメラでとらえた画像をもとに、普段オーナーや家族と一緒に生活している空間を認識して地図を作成している。この地図を利用した機能が、「aiboのなわばり」だ
専用アプリ「My aibo」に表示される地図(下記図解を参照)に、充電台(チャージステーション)やトイレがある場所や、「aibo」が学習したお迎え場所を表示させることが可能。「aibo」の苦手なにおいのする赤い「とうがらし」のアイコンを地図上に置くことで、近づいてはいけない場所を覚えさせることもできる。
「aiboのなわばり」機能は、オーナーの声がきっかけとなって設けられたものだ。「キッチンで料理をしているときに『aibo』が足元に来ると、油や水が飛んだりして危ないから、来られないようにしてほしい」とか、「『aibo』が玄関先で落ちないようにしてほしい」、「階段のところに来ないようにしてほしい」といった要望に応えたという。
ネットワーク接続が前提となった「aibo」の現行機種では、年に数回ソフトウェアアップデートが実施されている。この「aiboのなわばり」機能も、ソフトウェアアップデートによって各オーナーに提供されたものだ。
ちなみに「aibo」にとって、自分が今どの場所にいるのかを認識することは「生きる」ために不可欠な技術でもある。「aibo」本体の稼働時間は最大約2時間。自分がどの場所にいても、バッテリーが持続しているあいだに自力でチャージステーションに戻り、充電しなければならない(「aibo」は自己充電ができる)からだ。
先端テクノロジーを民生機器に落とし込むハードル
冒頭でも述べた通り、「aibo」は1年365日、オーナーや家族とふれあい生活をともにするロボットだ。大学研究室の実験機でも商品化前の試作品でもなく、一般家庭で使われる民生機器だからこそ、求められる性能や品質なり、配慮というものがある。
「民生機器として販売する以上、たとえばバッテリーの持続時間をきちんと担保しなければならないといった制約が、数多くありますね」(望月氏)
「商品として売るというところに一段ハードルがあるんですね、ロボットというものは。1回のデモンストレーションだけを考えれば、もっといろいろなことができるのかもしれません。でも、オーナーさんと1年365日ずっと一緒にいることまでを考えると、考慮しなければならないことがいろいろ出てきます」と村松氏もいう。
一般家庭で人と暮らすロボットを作るうえで、考慮しなければならないのはどんなことなのか。
「たとえば、一番大きいのは(センシングで「気づく」→AIで「考える」プロセスなどで)何も気にせず(データ)処理を回し続けると、それこそバッテリーが急速に消耗したり、発熱によって正常に動作しなくなる可能性もあります。そのため、適切なスケジューリングを設定して(どのタイミングでどんな認識を行うかといった)処理を行う必要があるのです」と村松氏。
大学などで行われる研究のように、ロボットをPCにつないで電源を供給しながら制御をするのであれば、PCのリソースをふんだんに使い、あらゆるプロセスを高速で回せばよいデータが得られるかもしれない。だが一般家庭用の「aibo」は本体に搭載できるチップやバッテリー、もっといえばセンサー類やアクチュエーター類にもおのずと制限がある。
「aibo」も電子機器だから、設計段階で熱シミュレーションなどを行って熱対策を施すことは重要だろう。だが、AIのデータ処理量が増えれば増えるほど電力消費量が増し、発生する熱量も多くなる。そのため、AIのデータ処理のタイミングや頻度など適性化し、電力消費や熱の発生をいかに抑えるかという、ソフトウェア側の対策も大きなポイントになるのだ。
「いくら『aibo』にすごい動きができたとしても、5分で寝てしまう(=スリープモードに入る)ようでは、オーナーさんは『aibo』と一緒に遊べません。ですから、(開発チームのメンバーが)みんなで、(自分なら)どれぐらいの時間『aibo』と遊びたいかを考え、話し合って結論を出し、2時間ぐらいはバッテリーが持つようにチューニングを行ったのです」(村松氏)
さらに、「(前回記事で述べた)『「かわいい」は正義』以外にも、(『aibo』の)ハードウェア面でのこだわりがいくつもあります。その1つが、(部品を接合している)ビスが外から見えないことです。(『aibo』を)後ろから見ても、お腹から見てもビスが見えないように工夫されています」と望月氏は話す。
ビスが外から見えないようにしているのは、生命感を出すためのハードウェア設計上のこだわりだという。
また、「aibo」には、毎日触れ合うオーナーや家族の安全への配慮も見られる。
「世の中には、『aibo』のように四足歩行をするロボットが数多くあります。四足歩行ロボットには(胴体と脚をつなぐ)肩などの部分にすき間があることが多く、そこに指がはさまったらケガをしてしまいかねません。そこで『aibo』は一般家庭向けの商品である以上、(肩や首元のすき間をカバーで覆う)シャッターのような構造を設け、指などのはさみ込みを防止しています。ご家庭で人と触れ合う商品だからこその、ハードウェア開発担当者の工夫が、さまざまな部分に見られますね」(望月氏)
オーナーや家族が安心して「aibo」をなでたり、抱いたりして愛情を注ぐことができるのも、安全上の配慮がしっかりなされているからなのだ。
――次回に続く――
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