現場発「ものづくりイノベーション」最前線

第1回

「日本と世界の空を変える」イノベーションのアイデアを募集

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

世界の航空輸送や航空利用にイノベーションをもたらし、日本の航空産業の競争力強化につながる新技術やアイデアを、業種業界を問わず広く求める――。こうした目的のもとにJAXA航空技術部門が実施している公募制度が「JAXA航空イノベーションチャレンジ」だ。素材を始めとする先端的な航空技術に限らず、航空の利用拡大や航空人材の育成に広く役立つコンテンツやイベント等の提案も可能。公募は2年に一度が実施され、2024年度研究実施テーマは3月15日まで応募を受け付ける。

 

新技術やアイデアの実現可能性検討から社会実装・事業化までを支援

「JAXA航空イノベーションチャレンジ」がスタートしたのは2016年のことだ。JAXA(宇宙航空研究開発機構)航空技術部門では同制度を通じて、航空利用・航空技術に革新をもたらす可能性のある技術シーズやアイデアの公募を2年に1回行い、その実現を支援している。JAXAと契約が可能な日本国内の企業や大学等の機関および法人、または団体が対象となる。

2024年度(JAXA航空イノベーションチャレンジ2024)は、昨年12月25日に新しい技術のシーズやアイデアの募集を開始。今年3月15日の募集締切後、約1カ月で採択テーマが決定する見通しだ。

アイデアや技術が採択された提案者は、提案テーマについて、ゴールデンウィーク頃からフィジビリティスタディ(FS/実現可能性調査)を実施し、市場動向などの調査やプロトタイプの製作とともに、長期構想の具体化に取り組む(FSフェーズ)。

次いで、2025年2月頃に研究フェーズへの移行審査を受け。FS期間が終了する同年3月末までに成果報告書を作成。研究フェーズでは、最長3年間にわたりJAXAと共同研究もしくはJAXAからの委託研究を行い、技術シーズやアイデアの社会実装、事業化等を目指した取り組みを行っていく。

FSフェーズに採択された提案者には最大100万円の資金を提供。研究フェーズ(共同研究・委託研究など)に採択された提案者には、最長3年間にわたり年間最大1000万円が支給される。

 

■JAXA航空イノベーションチャレンジのイメージ図
出典:JAXA航空技術部門イノベーションチャレンジ事務局

 

FSフェーズと研究フェーズにおける支援内容をまとめると、下記のようになる。

●FSフェーズ
・採択件数:最大20件
・提供資金:最大100万円/件
・研究の実施形態:JAXAからの委託研究
・技術調整会を実施:最大2回、JAXAおよび連携先のDBJ(日本政策投資銀行)との面談の機会を提供

●研究フェーズ
・FSフェーズからの移行件数:最大3件
・提供資金:最大1000万円/年(最大3年)
・研究の実施形態:JAXAとの共同研究、もしくはJAXAからの委託研究
・研究実施中のハンズオン支援:各テーマの課題や状況に応じて助言等の支援を実施
・研究フェーズ終了後もフォローアップ(*)を行う
(*)TRL(技術成熟度)向上のためにJAXAと継続して共同研究を実施し、アイデアや技術の社会実装に向けた活動・事業化等に向けた連携パートナーを模索する、などの例がある

 

異分野・異業種からの提案も歓迎

航空産業および航空技術にイノベーションを起こすものであれば、募集テーマにとくに制限はない。航空分野を専門としない異分野・異業種からの視点によるアイデアや技術を、航空に応用する提案も歓迎している。

航空技術の進展に寄与する技術開発テーマだけでなく、航空産業の成長発展や、航空人材の育成に貢献する可能性のある社会応用的なテーマも受け入れているのが大きな特徴だ。実際、中高生を主な対象に、航空機が飛ぶ仕組みを学ぶイベント等を開催し、航空人材の育成に貢献するというテーマの提案もあった。

また、「JAXA航空イノベーションチャレンジ」の事務局を担当している跡部隆(あとべ・たかし)氏(JAXA航空技術部門 航空利用拡大イノベーションハブ 企画連携チーム ハブマネージャ)は、「いつでもどこにでも、オンデマンドで空にディスプレイを表示するといった提案もあり得るのではないか」と話す。

跡部氏によれば、JAXAでは約20年前から世界に先駆けて無人機の研究開発を進めており、2002年に初飛行を成し遂げた。無人機、ドローンというものが世間にようやく認知され始めた頃だったが、「たとえば学校のグラウンドなどに、(ドローンを)10機上げて光らせれば、ディスプレイになるのではないか。そういうサービスも提供できるはずだ」という話が、同部門内で当時からあったという。

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行で1年延期され、2021年に開催された東京オリンピックの開会式で、1824機のドローンが夜空に舞い、「光のショー」を演出したことは記憶に新しい。

「『航空って、そんなことにも利用できるのか』というアイデアがあれば、これからの世の中は、非常にバラエティに富むものになるでしょう。モノの輸送や人の移動、調査や観測といった従来の航空の用途とはまったく異なる利用シーンの提案を、このイノベーションチャレンジに期待しています」と跡部氏はいう。

JAXA航空技術部門事業推進部 主査の岡林輝(おかばやし・あきら)氏も、「異分野・異業種の方々から提案のあったテーマを、なんとか航空につなげ航空産業を盛り上げたい」と話す。

これまでの採択例を見ると、初回の2016年度は材料系のテーマが中心で、2回目の2018年度はドローン関連の応募が増加した。3回目の2020年度には、そこにAI応用技術も加わり、多種多様な応募内容となり、現在に至る。空港設備および管制支援、航空機の電動化に関連する採択例も多い。

2022年度には、FSフェーズで長崎大学の「羽ばたきドローン」も採択されている。

長崎大学による「人間との共生を目指した生物型飛翔ドローンに関するフィジビリティスタディ」。回転翼ではなく生物飛翔(羽ばたき、滑空)型のドローンを開発し、接触に対する安全性や静音性のほか、実際のユースケースなどを調査した(出典:長崎大学工学部工学科構造工学コース 航空宇宙構造工学・空力弾性学研究室)

 

異分野・異業種からの提案が採択された例も多く、たとえば下記のようなものがある。

・自動車用の導電材料軽量化技術の航空機への応用(2018年度)
・自動車の環境対策技術を応用した小型電動航空機用エネルギーマネージメント技術(2020年度)
・金属3Dプリンター(金属積層)による高機能ヒートシンクの開発(2020年度)
・重希土類フリー高磁力・高耐熱サマリウムコバルト磁石の電動航空機向け永久磁石モータへの適用可能性検討(2020年度)
・冬季滑走路に適用する熱量式路面積雪深センサの開発(2022年度)
・次世代空モビリティの騒音を低減する超軽量吸音・遮音材料技術(2022年度)

この中の「超軽量吸音・遮音材料技術」は名古屋大学の提案によるもので、当初は航空分野を意識していなかった研究開発が採択された好例だ。

単位体積あたりの質量が、空気密度(1.23mg/cm^3)より小さい(0.8mg/cm^3)と「空気より軽い」超軽量素材。吸音性・遮音性にも優れ、「空飛ぶクルマ」や大型ドローンの騒音低減などの用途が期待されている。2023年度から研究フェーズに移行し、3年の予定でJAXAとの連携研究が行われている(出典:名古屋大学工学部マテリアル工学科 界面・反応動力学研究室 上野智永グループ)

 

そのほか、COTS品(commercial off-the-shelf:一般消費者向けに販売されている既製品)と呼ばれる一般産業用製品を、航空機用装備品に転用するための基礎研究を行うというアイデアもあった。2020年度に多摩川精機(本社・長野県飯田市)から提案のあった「一般産業用モータ・センサの航空規格適合化の研究」が、FSフェーズに採択され、2021年度に研究フェーズに移行している。

多摩川精機は、ハイブリッド車やEVの主要な部品を含め、数多くの製品を手がけるメーカーだ。自社技術を航空分野にも応用し、航空用アクチュエーターなどさまざまな製品に展開するという戦略を構築し、「JAXA航空イノベーションチャレンジ」への提案が採択された。

「そこで、実際に認証を取って(自社のCOTS品を)航空機に載せるところまでやりましょうということになったのです。(航空分野は)認証のカベが高く、一企業ではなかなか手が出せません。そこをJAXAと一緒にやっていこうということになりました」(前出、跡部氏)

その結果、JAXAの先行研究をベースに、COTS品を用いた航空機用センサ開発の採用が確定したという。

「なぜJAXAが民間企業さんと一緒に、COTS品を航空規格に適合させるための開発、認証取得まで行うのか。それは長い目で見たら、(こうした取り組みの積み上げが)日本の産業界のイノベーションにつながると考えているからです。イノベーションチャレンジは、こういう側面でもお役に立てるのではないかということですね」と跡部氏は強調する。

 

中小企業の「光る技術」に開ける可能性

航空分野に新たに進出しようとする企業にとって、大きなハードルになるのが前述の航空規格や認証、そして実績だ。

航空関連でも、機器やシステム等の需要先として、国や地方自治体が大きな部分を占める。業種業界を問わず、官公庁向けのビジネスでは製品の納入実績が大きくものをいう。

2022年度にFSフェーズに採択された山田技研(本社・福井市)は、「冬季滑走路に適用する熱量式路面積雪深センサの開発」を提案した。

同社は従業員十数名の中小企業ながら、豪雪地帯での苦労をもとに「社会環境問題である道路の雪氷障害を克服する新たな技術」に挑戦。一般道や高速道路における路面の積雪状況の把握、融雪システムの運用・監視などに必要となる各種センサの開発を行ってきた。

同社がFSフェーズ終了の際に提出した成果報告書(JAXA航空イノベーションチャレンジ2022 公式HP「成果報告書」)に、こんな記載がある。

「国や県が管理する空港へ販売する製品である為、弊社だけでは実績も無く製品導入には大きなハードルがある。JAXA様と連携した製品である事は、製品の信頼性が増し導入の際の追い風になると考える」

「JAXA航空イノベーションチャレンジ」で自社の技術が採択されたことが、今後の事業展開にとって大きな追い風になると、同社は捉えているということだ。

一方、JAXA側も中小企業の優れた製造技術やノウハウに期待を寄せている。

たとえば、2018年度にFSフェーズに採択され、2019年度に研究フェーズに移行した羽生田鉄工所(本社・長野市)は「CFRPのトポロジー最適化設計を元とした電気飛行機の最適な構造設計手法及び成形技術の実用化に向けた開発」を、研究フェーズのテーマに掲げた。

「トポロジー(位相幾何学)最適化設計」とは、ある条件のもとで設定した設計空間に、材料をどう配置すれば最適な構造や形状が得られるかを求める設計手法だ。

JAXA航空技術部門ではかねてから、トポロジー最適化を利用した航空機の翼などの設計について、先駆的な研究を行ってきた。

ところが、先駆的なトポロジー最適化設計によって翼などの最適形状が得られても、部品の製造メーカー側で、複雑かつ膨大な設計データ処理を行うことが難しい。しかも、次世代航空機材料として注目が集まっているCFRP(炭素繊維強化プラスチック)は難削材で、加工や成型にノウハウが要る。

「(JAXA側で)設計はできても簡単に作れるものではなく、設計データをお渡しして製造を依頼しようにも、それを実際に作れる業者さんはそういないのです。(中略)しっかりした製造ノウハウを持っている方と一緒に取り組ませていただいたことで、(JAXAの)トポロジー最適化技術が(航空分野で)実現したということになります」(前出、跡部氏)

革新的な技術そのものも大事だが、先端的な研究や最新の設計手法、あるいは設計者の頭の中にあるコンセプトやイメージを現実の形にするノウハウが、いかに重要かということだ。この点で大きなアドバンテージを持つ中小企業が、日本には数多くあるはずだ。

 

ニーズとシーズをつなぎ、日本の技術の底上げに貢献したい

その意味で「JAXA航空イノベーションチャレンジ」が、日本国内で生み出される数多くのシーズと航空分野のニーズをつなぐうえで、大きな役割を担っていくことに期待したい。

「高い技術力やシーズをお持ちでも、『ニーズがどこにあるのかわからない』という中小企業さんは多いのかもしれません。いきなり航空といわれても、ハードルが高そうに見えるでしょう。『自社の技術やノウハウが、航空分野のどこにつながるのだろう』、と。

だからこそ、逆にJAXA航空技術部門が、航空分野のニーズをお示しすることが大事だと思います。JAXAの研究者、技術者と話をしていただくことで、『あっ、(この技術が)ここで使える』というものが生まれてくるはずです」と跡部氏は語る。

右から、「JAXA航空イノベーションチャレンジ」の事務局を担当している跡部隆氏(JAXA航空技術部門 航空利用拡大イノベーションハブ 企画連携チーム ハブマネージャ)、岡林輝氏(同部門 事業推進部 主査)

 

話は遡るが、JAXA航空技術部門は2021年11月に組織改正を行った。その際、同部門では、社会・産業界の課題解決を目的としたソリューション研究を、基盤技術から社会実装まで一貫してシステム志向で進めるという方針を打ち出している。

「人と環境に優しい持続可能な航空利用社会」

これが、JAXA航空技術部門が目指す将来像である。

この将来像のもとで「航空輸送(従来の航空の使われ方)」、「航空利用拡大(新しい使われ方)」、「航空産業」の3分野において、

・Sky Green+(環境負荷のない高速輸送で世界をつなぐ)
・Sky 4 All(日常も災害時も誰にでも航空機の恩恵を)
・Sky DX(循環型のデジタル化した航空産業で世界をリード)
(出典)JAXA航空シンポジウム2023 -見上げるは、空の先-講演資料「第4期中長期計画の概要と成果」

という研究開発領域が定められ、下記の4つの重点課題が設定された。

A)航空機のCO2排出低減技術
B)静粛超音速機
C)多種・多様運航統合/自律化技術
D)航空機ライフサイクルDX技術

「こうした将来像を実現するために、われわれJAXA航空技術部門は、社会・産業界の課題解決のため、基盤技術から社会実装までを意識して研究開発に取り組んでいます。そうした中で、JAXA外で生まれた技術シーズやアイデアをしっかり取り込んでいくための窓口の1つが、『JAXA航空イノベーションチャレンジ』ということになります」と岡林氏。

この「JAXA航空イノベーションチャレンジ」を通じて、「航空の新しい利用シーンを異業種・異分野の方も含めJAXAと一緒に発見し、実現したいという思いです」と跡部氏は語った。

 

ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

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