第65回
企業が描きたい大戦略
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

日本経済について「失われた〇〇年」との言葉が使われるようになって20年以上が経過しました。「バブルは崩壊したが、そのうちに元の成長基調に戻るさ」との期待に反して10年続いたことで「失われた10年」と言われるようになり、意図に反して更に続いたことで危機感をもって「失われた20年」との言葉に引き継がれ、今はあきらめも込めて「失われた30年」と表現されていると感じます。今回は企業について、考えていきます。
企業が経験した失われた10年、20年、30年
日本がなぜ、失われた10年、20年、30年に悩まされ続けているのか?構成要素である企業が、失われた10年、20年、30年を経験しているからだと考えられます。一部の企業は退出し、新たな企業に置き換わってはいますが、全体を上げ潮に引き上げる力は発揮されていません。また企業数の減少は、即ち「企業を失った10年、20年、30年」でもあったことを意味しています。
企業それも特に中小企業に関して言うと「事業環境の変化が激しすぎて対応するだけで大変だった。波に乗って躍進するのが困難な30年だった」と言えるでしょう。例えば街の電気屋について、バブル前は電気製品の種類もバリエーションも少なく、メーカー毎の違いもあまりありませんでした。例えば家電品でいえばM社もT社もH社もテレビ、ラジオ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機と揃えている種類数は似たようなもので、バリエーションも大きさが主な違いだったので、大きな量販店(その頃はあまり存在していませんでしたが)に行かなくても、街の電気屋に行けば必要なものを注文できたのです。
しかし今は海外製品や新しいブランド品が数多く参入、ホットプレートやロボット掃除機など(これらは今や当たり前の商品ですが30年前には存在しない、あるいはほとんど知られていない商品でした)、家電品の種類数も増えています。同種製品でも付加的機能やアタッチメント、あるいはデザインの違い等によりバリエーションが飛躍的に増えて、街の電気屋では対応できなくなりました。量販店は大量購買・大量販売による廉価販売も可能なので、価格面でも太刀打ちができません。このような事業環境の変化を乗り切れる街の電気屋が少なくなかったことを、誰も責めることはできないでしょう。
企業にこそ大戦略が必要な時代になった
企業が失われた10年、20年、30年を脱却するためにはどうすれば良いか。「先ほどの例なら『街の電気屋でも執り得る戦略はいくつもある。実際に、地域住民に大切にされる街の電気屋もある。それを真似たら良い』と言いたいのだろうが、成功した例にはそれぞれ個別要因があり、他の電気屋にはそれを真似できない理由がある。そう簡単に打開策は見つからない」という声が聞こえそうです。実際、そうだと思います。
しかし、では「何もできない。上手い戦略が思いつかない」で良いのでしょうか?バブル崩壊前までに十分に積んだおかげで、今でも経営者が引退するまで事業継続するに不足のない蓄えがある企業、家族や従業員の将来について責任を負う必要がない企業なら、それで良いのかもしれません。一方で「このままでは経営者が安心できる老後を送れない。従業員の将来にも責任がある。できれば子や孫の世代にも将来に明るい展望を持ってもらいたいが、現状継続ではそれもままならない」という状況ならば、今後を考える必要があります。
ここでポイントになるのが大戦略です。街の電気屋としての戦略は描けないかもしれませんが、企業としての大戦略は描けます。零細企業であれば、企業というより経営者として大戦略を描こうとした方が、実感を込めて取り組むことができるかもしれません。
企業での大戦略の立て方は、国家の場合に似ています。まず「この会社の従業員や経営者・家族が、今後どのような生活を送りたいか。どんなメリットを得たいか、そのために何が必要か」を見定め、次に「自社のポジションを見極め、そこを確保する方策」を考えます。
大戦略において自社ポジションを考える場合、既存事業の戦略を考える時以上に範囲軸・時間軸を広げ、制約を外して描くのがポイントです。「それでは方向性が定まらない。」自社資源を有効利用できる方向性を探しましょう。
自社を愛顧してくれる顧客が他に何を欲しているかを考えるのが第一歩です。生産設備や店舗を他の何に転用できるかも検討しましょう。取引先等との関係性や従業員が蓄積してきたノウハウ、会社・店舗等の立地など、自社にある資産は全て、これまで資産とは考えていなかったものまで棚卸すると、大戦略を描くための「部品」が揃い、これらを活かせるポジションが見えてきます。
本コラムの印刷版を用意しています
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なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第65回 企業が描きたい大戦略
- 第64回 大戦略を描いていくことの大切さ
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
- 第62回 ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
- 第61回 社会システム変化の軸となる主体性
- 第60回 社会システム視座の必要性
- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
- 第58回 突きつけられる課題と、その対応方法
- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
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- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
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- 第37回 日本で「失われた〇年」が続く理由
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- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
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- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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- 第9回 新しい世界を掴む年にしましょう
- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
- 第7回 なぜ、中小企業も5.0なのか?
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- 第2回 目の前にある5次元社会
- 第1回 Future は来るものではない、掴むものだ。取り逃がすな!