第57回
「好ましいインフレ」を目指す取組
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
前回、インフレには好ましいインフレと好ましくないインフレがあること、今は好ましくないインフレが主流であることについて考えました。今回は、好ましいインフレを起こす方法について考えます。
インフレの2つの種類
インフレにはデマンドプルのインフレ(購買力は上昇したのに財の供給は増えないので需給バランスを取るために価格が上昇する)と、サプライプッシュのインフレ(コストが上昇しているので供給者としては値上げせざるを得ない)の二種類があります。
一定の要件を満たす中で、全国民が平均的に購買力を高めているなら前者の方が好ましいインフレです。インフレが生産者にとって供給を増やす青信号になり、国民全体の富を増やすと考えられるからです。典型例は、高度成長期です。
一方で後者は購買力が不変なので、所得の低い人が生活必需品さえ入手できない困窮状態に陥る可能性があります。デマンドプルインフレの亜種である「物資の不足によるインフレ」も同様に、所得の低い人への打撃が大きく現れます。今「デフレを脱却した」と言われる中、このようなインフレが起きていると考えられます。
好ましくないインフレから好ましいインフレに流れを変える目的で、政府は賃上げを推進しているのでしょう。生活者の可処分所得を増やして好ましくないインフレを乗り越えた上で、物資への購買意欲を増強させて好ましいインフレを誘発するのです。
合理的な策と考えられますが、このやり方の場合、もし企業の儲けが増えない中で実施されると「企業利益の分取り合戦」で社外流出が増え、企業の体力を消耗させてしまう可能性があります。企業本体が好ましくないインフレを乗り越えることを難しくし、プラスアルファの需要を生み出すことも困難にします。例えば生産力増強に向けた投資財源確保ができなくなり、景気の波や疫病等からもたらされる不況等に備える資金が失われてしまう可能性があります。
好ましいインフレを実現する好ましい方法
「好ましいインフレを実現しようとしても、好ましくない方法があるのか?では、どんな方法が好ましいのか?」急がば回れでますが、先に企業活動を高め、増えた利益で賃上げを実現することが望ましい方法です。
「それができないから、仕方なく賃上げを行なっているのではないか。無い袖は振れないという現象だよ。」おっしゃる通りと思いますが、ここで言いたいのは「好ましいインフレを起こすために失速リスクの高い方法を採用しているなら、失速リスクの低い本質的な方法も並行して推進した方が良い」ということです。
現在の賃上げは、一部の中小企業にとっては実現が難しいとの声が既に出ています。そのうち儲けが薄い企業が対応しきれなくなることが予想されます。企業全体の現在の儲けの水準(2022年度の赤字法人比率は64.8%:「国税庁統計法人税表(2024年公表)」)からすると、過半数の企業が失速してしまうかもしれません。
この現象が表面化する前に企業活動を高めて、増えた利益で賃上げのみならず、積極投資の原資を生み出し、リスクに対応できる内部留保も蓄積できるようにするのです。
海外に売れるイノベーションが鍵となる
では、どうしたら良いのか?実はその策について、以前にご説明しています。外貨獲得が好ましいインフレの原動力です。それをイノベーションで起こします。
<未掴を掴む原動力を歴史的に探る(外貨獲得)>
https://www.innovations-i.com/column/ctf/50.html
<高付加価値化へのイノベーション>
https://www.innovations-i.com/column/ctf/35.html
「外貨獲得もイノベーションも、回り道すぎはしないか。それでは企業の息切れに間に合わなくなってしまう。」意外と、短縮できる道はあると思います。日本企業がアイデアを出し、持つ技術を発揮して製品やサービスに昇華すれば世界中から需要を集められる可能性があります。農林漁業から、スポーツや民芸などまで視野を広げると、そのタネは無数にあるでしょう。
またイノベーションといっても、今や「広大な敷地に近代的な建物が並び、博士号保持者をはじめとした人材が莫大な予算をかけて開発する」形だけではありません。今ある技術等を応用すれば月面走行車のタイヤを町工場が開発できる世の中になっています。他をはるかに凌駕する設備や人材、資金力を持つ企業や機関だけでなく、街中の企業でも世の中を動かすイノベーションが可能な時代なのです。
そこに目を向けて推進していくことが、好ましいインフレの原動力になります。今から着手して、十分間に合うのではないかと考えられます。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第65回 企業が描きたい大戦略
- 第64回 大戦略を描いていくことの大切さ
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
- 第62回 ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
- 第61回 社会システム変化の軸となる主体性
- 第60回 社会システム視座の必要性
- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
- 第58回 突きつけられる課題と、その対応方法
- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
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- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
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- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
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- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
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- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
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- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
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- 第6回 中小企業5.0
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- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
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