第63回
技術か経営かではなく、技術も経営も
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

前回、2024年末から始まっていたニッサンとホンダの経営統合協議が破談になった理由について考え、「経営統合による両社の繁栄実現」という究極目的に向けての方向性がすれ違ってしまったので破談に至ったと推察しました。今回は、これをもう少し深掘りしてみます。
ニッサンは技術を重視、ホンダは経営も重視か?
ニッサンとホンダの破談理由について「ホンダが経営統合という枠組みで想定されるよりも多大なリーダーシップを取ることにこだわり、その暴挙にニッサンが耐えられなかった」という報道を、多く目にします。
実際、ニッサン側の受け取り方(破談を申し入れた理由)は、その通りだと推察されます。ホンダは昨年末の協議冒頭からリーダーシップを握って統合枠組みを描く姿勢を顕わにし、それに対してニッサン側が「どちらが上で、どちらが下ではない」とクギを指したりしていたからです。
一方で、そもそもニッサンとホンダが経営統合協議を始めた理由を考えると、両社は「技術・現場交流ができる」点で利害は共通していたでしょう。互いに技術力・現場力をレスペクトして交渉に臨んだと考えられます。それにもかかわらず破談に至ったとは、「技術・現場交流以外のところで、両社がどのように関わり合いを持つか」についてすれ違いが生じたものと考えられます。
ニッサンは、ホンダの技術力や現場力を多少見せてもらえたら自社は再生できる、すると経営統合の「見える姿」であるホールディング・カンパニーの価値が上がるので、それが統合成果だと考えたのではないでしょうか。一方でホンダは、その程度(ニッサンが短期的に持ち直せる「足し算」の価値増大)を統合の成果とは考えたくなかったと思われます。「それくらいの価値向上なら自社単独でも実現できる。ガバナンスが効くので自社単独の方が容易に実現できるだろうし」と考えたのではないでしょうか。
ホンダは「2社が統合するなら経営そのものを統合して、ニッサンにも掛け算、ホンダにも掛け算の成果が得られる構図を描きたい」と考えたと推察されます。そしてその実行について自社の推進には自信を持っていたが、ニッサンの推進には疑いを拭い切れなかった、このことが、ホンダがリーダーシップにこだわった理由ではないかと考えられます。
経営に主眼を置いた統合に慣れる必要がある?
このコラムでは、ニッサンが正しいのか、あるいはホンダが正しいのかという価値判断は避けようと思います。この協議について「ニッサンが妥協してホンダの考えに基づいた経営統合がなされていたら、両社共同体は企業価値を増し、日本の自動車産業も安泰であったはず」あるいは逆に「ホンダが妥協してニッサンの考えに基づいた経営統合がなされていたら(以下同様)」について検討しても詮無いことだと思われるからです。
一方で「これまで日本では経営統合(M&Aも含みます。以下も同様です)を考える時に、経営を重視する考え方はあまりなされなかった。しかし世界的には経営上の効果を狙った経営統合が多くなされている。日本もこの考え方に慣れた方が良いのではないか」と考えています。
これまで経営統合は「技術や顧客・市場等が補完関係にあるので、一緒になれば両者の現場も経営もwin-winになれる」という思惑のもとに行われてきたという印象があります。この構図で考えると敵対的買収が行われる理由が理解できません。
敵対的買収は、経営上の効果を狙った経営統合の典型例と言えるでしょう。「あの会社は現場力が秀でているが、経営に工夫の余地がある。改善すれば業績が大きく高まるはずなのに経営陣は全く気付いていないようだ。とても勿体ないので、我々が経営に乗り出そう」との思惑に基づいて、相手方の合意なく、あるいは相手方に反目しながら仕掛けられる経営統合です。
以前に流通企業の買収について考えましたが、それも「あの会社の経営陣は、これまでの経緯等に染まっているためか現場力を活かせない経営をしている。既存パラダイムに囚われない我が社が経営すれば業績は跳ね上がる」と考えたからこそ目論まれた買収だと考えられます。
世界では、企業やファンドなどが「経営を入れ替えたら飛躍できる企業」を目を皿にして探しており、そうすることで個社のパフォーマンスを上げ、国全体としての活力を向上させています。
「技術・現場力があれば会社の存在意義は確立する」時代は終わりつつあると感じます。技術・現場力を活かす「経営」も必要です。それを他国企業に押し付けられて実現するのではなく、日本企業により実現できるようになってもらいたいと考えます。そのため先ず「経営強化」に、今以上関心を向ける必要があると感じています。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
【筆者へのご相談等はこちらから】
https://stratecutions.jp/index.php/contacts/
なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
中小企業診断士事務所 StrateCutions 代表
合同会社StrateCutions HRD 代表社員
落藤 伸夫
早稲田大学政治経済学部卒(1985 年)
Bond-BBT MBA 課程修了(2008 年)
中小企業診断士登録(1999 年)
1985 年 中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
2014 年 日本政策金融公庫退職
2015 年 中小企業診断士事務所StrateCutions 開設
2018 年 合同会社StrateCutions HRD 設立
Webサイト:StrateCutions
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
- 第62回 ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
- 第61回 社会システム変化の軸となる主体性
- 第60回 社会システム視座の必要性
- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
- 第58回 突きつけられる課題と、その対応方法
- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
- 第38回 イノベーションで何を目指すのか?
- 第37回 日本で「失われた〇年」が続く理由
- 第36回 イノベーションは思考法で実現する?!
- 第35回 高付加価値化へのイノベーション
- 第34回 2024年スタートに高付加価値化を誓う
- 第33回 生成AIで新価値を創造できる人になる
- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
- 第10回 Futureを掴む人になる!
- 第9回 新しい世界を掴む年にしましょう
- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
- 第7回 なぜ、中小企業も5.0なのか?
- 第6回 中小企業5.0
- 第5回 第5世代を担う「ティール組織」
- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
- 第3回 5次元社会が未掴であること
- 第2回 目の前にある5次元社会
- 第1回 Future は来るものではない、掴むものだ。取り逃がすな!