Catch the Future<未掴>!

第56回

「好ましいインフレ」を目指す

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 



師走に入りました。今年のエポックとして「インフレ」が挙げられるのではないかと思います。「長らくデフレであったのがやっとインフレになった。これで正常な方向に向いたので利上げや賃上げをしよう」との動きになっていると感じられます。一方で筆者は「本当にそれで良いのだろうか?」という疑問を持っています。現状が「好ましいインフレ」とは考えられないからです。今回はこの点について考えていきます。



インフレには種類がある?

「インフレ」つまり「諸物価の価格が上昇する」には、大きく分けて二つの原動力があります。一つは「購買力は上昇したのに財の供給は増えないので需給バランスを取るために価格が上昇する」という事情によるデマンドプルのインフレ、もう一つは「コストが上昇しているので供給者としては値上げせざるを得ない」という事情によるサプライプッシュのインフレです。


前者と後者と、どちらが好ましいか?両者とも穏当レベルで、前者において全国民が平均的に購買力を高めているなら(所得の多い人も少ない人も、バランスを保ちながら所得が増えているなら)、前者の方が好ましいでしょう。

前者では短期的に供給量は増えない場合には購買力の上昇が価格の上昇でもって消化されてしまいながらも、時間が経つにつれて供給が増えると予想され、実質的な豊かさに繋がると考えられるからです。後者は購買力が不変なので、所得の低い人がより大きな影響を受けます。値上がりの程度が大きいと、生活必需品さえ入手できない困窮状態に陥る可能性があります。

デマンドプルインフレの代表例は購買力の向上ですが「物資の不足」という亜種があります。コストは上昇しないので供給者としては当初、値上げする動機はないが、物資が不足する中で「他人より多く支払うので自分に売って欲しい」という人たちによる争奪戦により価格が上昇していくのです。こちらも、所得の低い人が必要物資を入手できなくなる可能性が発生します。


今、何が起きているのか?コスト高によるインフレと物資不足によるインフレが主であり、購買力の向上によるインフレはほとんど発生していないと考えられます。好ましくないインフレが発生しているのです。



好ましいインフレがあった時代

では、望ましいインフレなどあり得るのか?代表例として高度成長時代のインフレが挙げられるでしょう。この時代には国民全体の所得が増加すると共に、というかそれ以上のペースで魅力的な商品がどんどんと世の中に登場したので人々の購買意欲が最高度に高まりました。

技術革新と足並みを揃えて積極的な設備投資がなされたことで供給は増えましたが、働く人たちの所得が増えて更に購買意欲が高まってインフレが進みました。また商品を海外に輸出、外貨が流入したことに加え、十分な(適度な)貨幣を当局が発行したので、全ての歯車を嚙み合って適度なインフレが生じました。


適度なインフレはなぜ大切なのか?価格の上昇が生産者にとって増産のシグナルになるからです。自社の生産する製品が、あるいは取り扱う商品が、コストプッシュではなく財貨の不足でもなく、需要拡大によりデマンドプルな要因で価格が上昇するなら、生産者・取扱者にとって、拡大へのこの上ない動機付けとなります。


このメカニズムが広範囲に生じるとどれほどのインパクトがあるか。例えば高度成長期にあった「三種の神機(電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビ)」あるいは「3C(カラーテレビ、クーラー、自家用乗用車)」の普及を見ると理解できます。

生産のために様々な産業の参画が必要なこれら製品への需要が爆発的に増加することで、国内にある隅々の産業にまで高い投資意欲が生まれると共に、ほとんど全ての国民に所得増加が行き渡たり、望ましいインフレが継続するスパイラルが形成されたのです。



今から「好ましいインフレ」に切り替えられるか?

「好ましいインフレとそうでないインフレがあること、今が好ましくないインフレの時代であることは分かった。ではどうしたら流れを変えて、好ましいインフレに切り替えられるのか?」

一つに今、政府が進める「賃上げ」があります。生活者の所得を増やすことで「望ましくないインフレ」を乗り越えるのと共に、物資への購買意欲を増強させることが、賃上げの目的だと考えられます。

一方で、企業の儲けが増えない中での賃上げは「分取り合戦」で、企業の企業体力を消耗させてしまう可能性があります。


望ましいのは先に企業活動を高め、増えた利益で賃上げを実現することです。これには賃上げより「急がば回れ」の対応が必要とされると考えられます。




本コラムの印刷版を用意しています

本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。


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なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。

 

プロフィール

落藤伸夫(おちふじ のぶお)

中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA

日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。

独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。

現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。

【落藤伸夫 著書】

日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル

さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。

Webサイト:StrateCutions

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