第18回
横階層がイノベーションを実現する訳
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
前回、イノベーションを実現できる産業構造について考えてみました。産業構造は今まで第1次、第2次、第3次産業といった分類や大企業と中小企業の下請構造などで把握されてきたことが多いのではないかと思います。しかし、これからイノベーションを加速度的に推進できるのは、相互提案の横階層の構造になると考えられます。今回はこの構造について、深堀していきます。
産業構造が「横階層」になる意味
相互提案の横階層構造とは、どんな構造なのか?消費者と直結しているユーザー企業からの「顧客の要望に応える、あるいは顧客要望を上回る商品・サービスを提供したい。現在手に入る機械・装置・システム等では、その商品・サービスは提供できないので、できる機械・装置・システム等を実現してもらえないか」という問いかけに対しベンダー側の企業が「実現して差し上げよう。こちらの提案は ・・・」と応じ、更に「いや、そうではなくこのようにできないか・・・」などの対話が成立する構造です。このように対等の立場で対話を重ねる中で、ユーザー企業の要望に応える、あるいは時には要望を超えるソリューションが提供されるようになるのです。
「それは望ましい関係だが、特に『横階層』と捉える必要があるのか?」この、相互に提案し合う関係を横階層と捉えるのには意味があります。第1に「対等な関係である」、第2に「継続的な関係である」、第3に「しかし解消もあり得る関係でもある(お互いに『選ぶ・選ばれる』という緊張感がある)」という特徴のある関係なのです。第1と第3が今までの下請構造との差別化要因です。ユーザー企業の要望を「応える・応えないを決める」選択の余地がベンダー側企業にある、ベンダー側企業からの提案を「受け入れる・受け入れないを決める」選択の余地がユーザー企業にある、今までにない関係です。
但し、これら2つだけなら単なる「取引」で、「横階層」と表現する必要はありません。ここで「継続的な関係である」との第2の意味合いがポイントになります。「金のなる木」としてのイノベーションが花開くほど高度なユーザー企業からの要望に応えるためベンダー側企業は、企画・開発・実現に長大な期間と莫大な資金・努力を投入、ハード・ソフト両面で目覚ましい進歩を遂げる必要があるでしょう。一時の取引では成り立ちません。製品実現後も機能維持・向上のため継続的関係が必要となります。これらを前提とするので「横階層」と呼ぶのです。
熟したイノベーションを成立させる協力関係
「横階層という概念は理解したが、当たり前に過ぎる考え方だ。そんなことが日本でイノベーションが活発化するソリューションになるのだろうか?」では先ず、横階層の逆を考えてみましょう。「横階層の逆は縦階層だろう。この場合は下請構造を指しているのだろうか。その差に、それほどにまで大きな意味があるのだろうか?」
下請構造とは、大企業が最終製品を実現するために必要とする部品やユニット等を全て自前で製造等すると莫大なコストがかかったり、自社の本質とはあまり関係ない部分の知見・ノウハウ等が必要となるため、専門の外注先を決めておくなどの産業構造を指しています。下請構造で調達されるのは部品やユニット等の製品だけに限らず、設備メンテナンスなどのサービスも含まれます。
この関係ではコストや品質、時には機能・性能について非常に高度な要求が出されることが知られており、時にイノベーションと言えるほどのソリューションでもって応えられる場合もあったと考えられます。しかしそれは「要求に答えた」のであり、相互提案ではありません。それ故に特に下請が中小企業の場合にはソリューションが特許として結実したり、他会社に横展開して事業機会の拡大、ひいては売上・利益の向上には繋がらないため、イノベーションの原資は得られません。また、ユーザー企業にとって、下請企業は身内の一部です。「他に最善のソリューションがあってもそちらは選べない」という自前主義の枠に囚われるデメリットも発生していました。
横階層の場合、ユーザー企業の要望に応える中で得られた知見・ノウハウはベンダー側企業の資産(知財等)で横展開が可能です。これらを活用して既存取引を大きく超えるビジネス機会を開拓、売上・利益を格段に拡大して技術革新の原資が得られるのです。特にクラウド等の分野でプラットフォームを提供する企業には大小様々の企業から莫大な要望が寄せられ、その提案に応える製品・サービスを実現することが自社価値の向上や収益力強化に繋がります。一方でユーザー側企業にも、長期視点ではベンダー側企業を選べる自由度が得られます。
以上のように双方が「身内」枠に囚われず自由度と「他に取って代わられるかもしれない」という緊張感を抱きつつ、対話による提案を打ち合いながら継続的にお互いを高めていく、これが「横構造」の醍醐味です。以上のような次第で、日本でイノベーションを推進するには自前主義を排し横階層の産業構造が必要と考えます。
<本コラムの印刷版を用意しています>
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
<印刷版のダウンロードはこちらから>
なお、冒頭の写真は写真ACから HiroSund さんご提供によるものです。HiroSund さん、どうもありがとうございました。
プロフィール
中小企業診断士事務所 StrateCutions 代表
合同会社StrateCutions HRD 代表社員
落藤 伸夫
早稲田大学政治経済学部卒(1985 年)
Bond-BBT MBA 課程修了(2008 年)
中小企業診断士登録(1999 年)
1985 年 中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
2014 年 日本政策金融公庫退職
2015 年 中小企業診断士事務所StrateCutions 開設
2018 年 合同会社StrateCutions HRD 設立
Webサイト:StrateCutions
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
- 第38回 イノベーションで何を目指すのか?
- 第37回 日本で「失われた〇年」が続く理由
- 第36回 イノベーションは思考法で実現する?!
- 第35回 高付加価値化へのイノベーション
- 第34回 2024年スタートに高付加価値化を誓う
- 第33回 生成AIで新価値を創造できる人になる
- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
- 第10回 Futureを掴む人になる!
- 第9回 新しい世界を掴む年にしましょう
- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
- 第7回 なぜ、中小企業も5.0なのか?
- 第6回 中小企業5.0
- 第5回 第5世代を担う「ティール組織」
- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
- 第3回 5次元社会が未掴であること
- 第2回 目の前にある5次元社会
- 第1回 Future は来るものではない、掴むものだ。取り逃がすな!