第47回
都知事選ポスターから考える日本の方向性
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
ポスター問題で大きな話題となった東京都知事選挙が7月7日に投開票されました。件の掲示板はこれから撤去されますが、今回の事件から日本の実態について考えさせられたと感じています。今回は今後に目指すべき方向性について考えていきます。
Gamesmanshipを捨ててSportsmanshipに立ち戻るべき?
今回のポスター問題はなぜ起きたのか?ポスターを張り出して情報発信したい人にとって都知事選に向けたポスター掲示板はとても魅力的で、たった2週間とはいえ東京都内中心地からベッドタウン、そして人里離れた場所に至る津々浦々に貼り出せる権利が300万円で取得できるなら「超お買い得」と言えます。これを小口に切り売りすれば大きなビジネスになることも、頷けます。加えて従来のルールでは、選挙での投票を呼び掛ける目的以外のポスターは禁止、あるいは貼り出し権の他人への転売は禁止の旨が明確に示されていないことも、この問題の理由と言えるでしょう。
逆に言うとこれだけの理由がありながら同種の事態がこれまでに発生しなかったのは何故か?自制心が働いたからではないかと思われます。「やってはいけないこと」、「趣旨に反する、信義に悖ることは行ってはならない」あるいは「恰好が悪い、他人から謗られる可能性がある言動やしない」などの気持ちがブレーキをかけていたのです。この"Sportsmanship“を日本人は大好きで、スポーツドラマの底流を流れるテーマだったこともあります。一方で勝つためにはルールの範囲内で何でもする、あるいは軽いペナルティで済むなら違反も辞さない姿勢を”Gamesmanship“と言い、最近は増えてきました。今回の都知事選ポスター事件は、人々の姿勢がSportsmanshipからGamesmanshipに移行したことを端的に示す例だと考えられます。
「だからSportsmanshipに回帰しよう」という意見があると思いますが、それで良いのか?貪欲に勝ちを狙うことへのメンタルブロックになり、グローバルなビジネス競争で後塵を拝す結果になりそうです。日本が「失われた10年あるいは20年」に陥った遠因の一つに、このSportsmanship最上主義が挙げられるのではないかと感じられる時さえあります。
目指す方向性として提案されるArtsmanship
では今後日本は何を目指せば良いか?「日本は中庸の国ではないか」との声も聞こえてきそうですが、そうでしょうか?「両極端ではなく真ん中」の意味を2次元的に捉えると答えは一つ(点)のように感じられますが、3次元的に捉えると答えは拡散してしまいます。両端から等距離は面となるからです。「SportsmanshipでもなくGamesmanshipでもない、中庸な場所」と表現しても、それから抱くイメージは人によって異なるでしょう。方向性を一つにすることはできません。
これを避けるために「中庸である1点」を示すアプローチがあります。例えば“Craftsmanship”は職人技や熟練した技術を指す表現で、日本のものづくりについてこの言葉で表現されたことがありますし、ヨーロッパの高級ブランドには自社製造工程を紹介しながらCraftsmanshipを標榜している例がありました。
ただ、今後に日本が目指すべき方向性を示す言葉として“Craftsmanship”が適切なのか?適用範囲も限られるし、「この言葉を軸に突き進んでいこう」というエネルギーも燃え上がってこないような気がします。バブルのように燃え盛って遂には爆発するのでは困りますが、この言葉から「明るい将来を目指して力を込めて突き進んでいこう」とのパワーは湧き出て来ないような気がします。
では日本がこれから目指すべき方向性をどのように表現できるか?ここで”Artsmanship”を提案したいと思います。この言葉は有名な英英辞典サイトで検索しても出てきませんでしたから、造語になると思います。しかし、この言葉の意味はイメージできるのではないでしょうか?芸術家が抱く「自分の作品やパフォーマンスを理想に近付けるためには何でもする」という精神状態です。「芸術は爆発だ」との有名な言葉を思い起こした方もおられるでしょう。それくらいひたむきな努力を払おうとする心持を表現する言葉ではないかと考えられます。
筆者は、世界中で素晴らしい実績を残したビジネス・パーソンの根底にはArtsmanshipがあると考えています。例えばスティーブ・ジョブズや稲盛和夫などがポジティブな意味でもネガティブな意味でもルールを言動の拠り所にしていたとは思えません。SportsmanshipやGamesmanshipとは異なる軸、「自分が理想とする作品やパフォーマンスを実現したい」との想いに突き動かされていたと感じます。Artsmanshipこそが、これからの日本を繁栄させる原動力になると筆者は考えています。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
冒頭の写真は写真ACから ACworks さんご提供によるものです。 ACworks さん、どうもありがとうございました。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第65回 企業が描きたい大戦略
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- 第60回 社会システム視座の必要性
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- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
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- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
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- 第52回 新政権に期待すること
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- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
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