第50回
未掴を掴む原動力を歴史的に探る
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
今後の日本について「何をしなくとも時間が経てば、今は海外諸国で実現している明るく溌溂とした生活が手に入る」とは考えることができるでしょうか?もしそうでないとするなら、何が必要なのでしょうか。今回は、この点を考えてみます。
未掴を掴もうとする初期の取組
明治維新以降、日本には「世界の国々に追いつけ追い越せ」の精神が溢れていました。渋沢栄一をはじめとした明治初頭の人々は「何をしなくとも時間が経てば、当時にパリ万博や歴訪したヨーロッパ各地で実現している明るく溌溂とした生活が手に入る」とは考えなかったようです。
「何もしなければ何も変わらず、取り残されてしまう。我々は努力してこの手で発展を遂げるのだ」と誓ったのに違いありません。今後について待っていれば訪れる「将来」ではなく、自ら掴まなければ訪れて来ない「未掴」であるとの意識があったと考えられます。同様の姿勢が今、必要になっていると考えられます。
未掴を掴むために日本は何を行ったか?「富国強兵」との言葉が有名ですが、実はその裏には「外貨獲得」がありました。両者はある意味で一方が目的で他方が手段との位置付け、しかし観点を変えると他方が目的で一方が手段という表裏一体の関係にありました。
日本は当時、世界有数の金生産国でしたが世界のレートを知らないので不利な交換条件に甘んじなければならず、外貨を獲得する必要があったのです。
そのスタートは生糸の輸出でした。政府は有名な富岡製糸場を開設するなどして殖産興業政策に乗り出しました。1890年代、繊維産業の輸出に占める割合は50%で、日本の産業革命の資金源となりました。生糸産業の発展は農村の生活水準向上にも寄与して国民生活を全体として底上げし、国の近代化を支える基盤となりました。その後に綿紡績業も急速に成長、アジア市場をはじめとして綿製品輸出が伸びて外貨獲得に大きく貢献、獲得した外貨をもとに国内産業を発展させました。
重工業は、1901年に官営八幡製鉄所の開設を皮切りに発展、鉄鋼業、自動車、航空機、機械工業など重化学工業分野で「新興財閥」が台頭、世界的な軍拡期であったことから輸出の主力となり、外貨を獲得しました。
未掴を掴もうとする戦後の取組
太平洋戦争により日本は工場・設備などの生産能力を失い、更に戦後の財閥解体などでも打撃を受けましたが、程なくして急速に経済復興を遂げました。
まず繊維産業が復興、特に綿織物や合成繊維品がアメリカなどの海外市場で高く評価され、外貨獲得の重要な手段となりました。得られた外貨は傾斜生産方式による経済再建戦略において重厚長大産業に再投資され、これにより鉄鋼産業は急速に発展、次には鉄鋼製品が外貨獲得に向けた主要製品となりました。加えて造船業も復興、技術力を養って大型の貨物船・油槽船などを建造できるようになり、世界最大の造船国として多額の外貨を獲得しました。
高度成長期にはテレビ、ラジオ、洗濯機といった家電製品の輸出が大幅に増加しました。日本の家電製品は高い品質と価格競争力により欧米市場で急速にシェアを拡大、重要な輸出品となったのです。
加えて自動車も小型で燃費の良い車が欧米市場で人気を集め、多額の外貨を獲得しました。半導体においても日本のメモリーチップやマイクロプロセッサが世界中で需要を集めました。
平成期においても自動車は外貨獲得の主力であり続けました。日本車は信頼性や環境性能で世界的に評価され、特に北米市場や新興国市場での販売が好調でした。
デジタル家電やIT関連製品でも輸出が増加、テレビに加えてカメラや音響機器などのエレクトロニクス製品を世界中に供給し、外貨を稼ぎ出しました。
加えてアニメ、映画、音楽が世界的に人気を博し始めコンテンツ産業が外貨獲得力として活躍し始めました。特にアニメは、日本独自の文化を象徴する商品として、欧米やアジアで大きな市場を獲得し、外貨獲得の新たな分野となりました。
筆者は経済至上主義者ではありませんが、人々の生活から企業の盛衰、そして国家の興亡までもが経済原理によって成り立っている以上、私たちが、そして子供たちが明るく溌溂とした生活を日本で送るために経済基盤をより強固なものにする必要があると考えています。
その一つの目安が外貨獲得力です。明治以降の日本を概観すると、獲得した外貨を再投資して供給力を高めると共に、国内に再配分して需要をかき立てるというメカニズムを働かせることで急速な発展を遂げてきたと理解できます。
外貨獲得力を強く意識して強化することで、日本の「未掴を掴む力」を強化したいと考えています。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
- 第62回 ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
- 第61回 社会システム変化の軸となる主体性
- 第60回 社会システム視座の必要性
- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
- 第58回 突きつけられる課題と、その対応方法
- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
- 第38回 イノベーションで何を目指すのか?
- 第37回 日本で「失われた〇年」が続く理由
- 第36回 イノベーションは思考法で実現する?!
- 第35回 高付加価値化へのイノベーション
- 第34回 2024年スタートに高付加価値化を誓う
- 第33回 生成AIで新価値を創造できる人になる
- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
- 第10回 Futureを掴む人になる!
- 第9回 新しい世界を掴む年にしましょう
- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
- 第7回 なぜ、中小企業も5.0なのか?
- 第6回 中小企業5.0
- 第5回 第5世代を担う「ティール組織」
- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
- 第3回 5次元社会が未掴であること
- 第2回 目の前にある5次元社会
- 第1回 Future は来るものではない、掴むものだ。取り逃がすな!