第42回
中小企業の生産性問題を考える
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
日本の産業構造、特に中小企業の位置付けをどう見るかは、日本が今後発展できるか、あるいはせっかく持つ宝を潰してしまうかに大きく影響します。日本製鉄名誉会長で前日本商工会議所会頭でもある三村明夫さんの日本経済新聞「私の履歴書」記事(4月27日(土))から、中小企業をどのように位置付けられるかを検討します。
中小企業の生産性が低い理由
三村前会頭は「私の履歴書」第26回記事『続投要請 「中小はサボっていない」取り組みに評価、望外の喜び』で、中小企業の生産性について次のように述べています。「生産性に劣るとされる中小企業だが、実質労働生産性の伸び率は年間3~5%を記録し、実は大企業と遜色ない。ところが、単価の引き下げにより付加価値が減少するため、中小企業の生産性(1人あたり名目付加価値額)の伸び率が1%程度に低迷しているのだ。(中略)中小はサボっているのではない。大企業に負けない勢いで改善やイノベーションに取り組んでいるが、その果実が手元に残らず、取引先に吸い上げられているだけなのだ。」
三村会頭はどのようにして、この結論に至ったのか?中小企業の実質労働生産性(年間3~5%の伸び率)と1人あたり名目付加価値額(1%程度の伸び率)の差に着目、それを「価値創造企業に関する賢人会議」事務局が製造業の過去30年のビッグデータを精査することで「中小企業の生産物を大企業が買い取る時の単価が低いため、中小企業の付加価値が減少。この結果、特殊事情がなければ連動する成長率に差が出た」と結論付けたようです。
小規模にとどまることが怠惰なのか
これまで中小企業の生産性については「小規模性にあぐらをかいて生産性の劣った状況を続けている、だから淘汰して規模を拡大する策をとるべきだ」との主張を声高に繰り返えす者がおり、注目されていました。確かにIT導入等により生産性を向上できるチャンスがあるのに「我が社は小さすぎて無理だ」などと言い訳して導入しなかったという例はあるとも感じ、「小規模性にあぐらをかいて生産性の劣った状況を続けている」という前段はある意味、正鵠を射ていると感じることはあります。
しかし規模拡大の努力を怠ったとの言い方には違和感を感じます。1つには間接金融が主の日本では既存事業継続資金は借入できても、事業拡大資金を投資等で調達することは難しかったこと、そしてもう1つ、規模は企業の意思により拡大すべきものというより、事業環境に従い適正規模に落ち着く側面があるということです。「従業員10人は小規模過ぎる」と言われようとも、事業によっては10人が適正規模な場合もあるのです。このような状況を鑑みると、小規模であることを続け、統計上の生産性が低くなることの責任を中小企業にのみ負わせるのは適当なのか?再考する必要があると考えられます。
他国中小企業の高生産性はどのように実現しているか
これを分かりやすく例で考えてみましょう。これまで日本の中小企業が低い生産性に低迷することを糾弾する論者は「欧州アルプスの農産製品生産者や酪農業者を見てみろ、日本では低生産性の典型例とされている業種・事業の同業者が高い生産性を誇っている。アルプスの事業者は総じて日本の事業者よりも規模が大きい。つまり規模を拡大しようとする意志が薄弱なことが日本中小企業が低調の理由なのだ。有無を言わさず無理やりにでもM&Aして規模を拡大させるのが事業者にも、日本にとっても良いことなのだ」と主張していると感じられます。
一方で三村前会頭のコメントからすると状況が変わると思われます。欧州アルプスの農産製品生産者や酪農業者に「あなたたちは高い生産性を実現して素晴らしいですね。規模の拡大を目指した賜物でしょう。一方で日本の中小企業は規模拡大を目指さないので低生産性に甘んじています。あなたたちとは大違いです」と言うと、「我々の高い生産性の一因が規模の拡大やIT導入等にあることは否定しない。でも一番の要因は私たちが十分な利幅を載せた値付けをしても買ってくれる人や企業がいるからで、日本のように買い叩かれる状況だと自分たちが今と同様に儲けられるかは自信がない。こう考えると、我々の高生産性は国内の大企業がしっかり儲けてくれて、その恩恵を自分たちにも波及させてくれるからだと言えるのではないか」と答えるのではないかと思います。
ここ数年の日本では、中小企業は小規模過ぎるがゆえに生産性が低いとされ、有無を言わさず拡大を促す政策が採られていると感じます。しかし三村前会頭の意見によるなら、それらの策は生産性向上には役立たず、国全体への影響としてはマイナスになりかねません。今改めて実態を確認し政策を見直す必要があると感じています。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
冒頭の写真は写真ACから photoB さんご提供によるものです。photoB さん、どうもありがとうございました。
プロフィール
中小企業診断士事務所 StrateCutions 代表
合同会社StrateCutions HRD 代表社員
落藤 伸夫
早稲田大学政治経済学部卒(1985 年)
Bond-BBT MBA 課程修了(2008 年)
中小企業診断士登録(1999 年)
1985 年 中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
2014 年 日本政策金融公庫退職
2015 年 中小企業診断士事務所StrateCutions 開設
2018 年 合同会社StrateCutions HRD 設立
Webサイト:StrateCutions
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
- 第38回 イノベーションで何を目指すのか?
- 第37回 日本で「失われた〇年」が続く理由
- 第36回 イノベーションは思考法で実現する?!
- 第35回 高付加価値化へのイノベーション
- 第34回 2024年スタートに高付加価値化を誓う
- 第33回 生成AIで新価値を創造できる人になる
- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
- 第10回 Futureを掴む人になる!
- 第9回 新しい世界を掴む年にしましょう
- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
- 第7回 なぜ、中小企業も5.0なのか?
- 第6回 中小企業5.0
- 第5回 第5世代を担う「ティール組織」
- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
- 第3回 5次元社会が未掴であること
- 第2回 目の前にある5次元社会
- 第1回 Future は来るものではない、掴むものだ。取り逃がすな!