第62回
ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
2024年末から始まっていた日産自動車株式会社(ニッサン)と本田技研工業株式会社(ホンダ)の経営統合協議が2月に破綻となりました。今回はこの理由について、推察を交えながら考えていきます。
破談の経緯として報道されている内容
報道によると、この協議においてホンダが新社名として「ホンダコーポレーション」を提示、それでは自主性が守られないと考えたニッサンが受け入れを拒否して統合に向けた基本合意書の撤回を求め、協議が破綻に至ったとされています。
実際、ホンダ側は昨年末の統合協議冒頭からリーダーシップを握って統合の枠組みを描くことにこだわっていた様子で、そのニュアンスに対してニッサン側が「どちらが上で、どちらが下ではない」とクギを指すなどしていました。
この次第は「ホンダが一方的に上下関係そしてリーダーシップにこだわり、ニッサンが業を煮やして拒絶するに至った」ように捉えられそうです。ニッサンとホンダは企業文化などが大きく異なるところ、図体としてはニッサンの方が大きいので、呑み込まれまいとしたホンダが先手必勝とばかりにスタンドプレーをした、しかしニッサンはその手には乗らなかったという構図だとの理解です。
一見するともっともに聞こえますが筆者は、そのような構図ではなかったのではないかと考えています。
互いに技術力・現場力をレスペクトして交渉に臨んだ?
そもそもなぜホンダと日産は統合に向けた協議を始めたのか。これについては様々な思惑が絡んでいるとの指摘がありますが、ここでは純粋に自動車メーカーとしての経営判断の側面に注目して考えていきます。
当事者の一方であるニッサンは不調が伝えられており、起死回生策としてこの協議に臨んだものと考えられます。ではニッサンは何を求めたのか?もし資本注入を求めたのであれば、持ち株会社の名前をホンダにすると通告されても「仕方がない」と考えたことでしょう。それを拒否したとは、ニッサンの求めは資本ではないと考えられます。
では何か?ホンダの技術力や現場力ではないかと筆者は推察しています。ニッサンは、ホンダの技術力や現場力を多少見せてもらえたら、自社は再生できると考えたのではないかと推察されます。
一方でホンダは、この統合から何を得ようと考えたのか?経営力だとは考えられず、やはりニッサンの技術力や現場力だったのではないかと考えられます。ホンダの技術力や現場力には定評があるとはいえ、いや、逆に言えばホンダは優れた技術力や現場力があるからこそ、自分達とは方向性やアプローチが異なるニッサンから学べると考えたのでしょう。
自動運転やEVなどのトレンド的技術力・現場力の他、自動車を企画・設計する、あるいは様々なベンダーや協力企業を統率・調達して自動車として組み立てる技術力や現場力を学べると考えたのではないかと推察されます。両者ともに相手の技術力・現場力をレスペクトし、そこから学べると考えて統合協議を開始したのではないでしょうか?
ニッサンの財務・経営への疑念が拭えなかったのか?
一方でホンダには、ニッサンについて大きな疑念があった考えられます。経営統合すると、ニッサンが抱えている財務的問題が、自社の問題としてのしかかります。これは余りに重篤で、ニッサン首脳が考えているように「ホンダの技術力・現場力を学べば何とかなる」ものではないと、ホンダ首脳は考えていたでしょう。
このため最初からニッサンのターンアラウンド(事業再生)が絶対条件だと主張したのです。相手が躓くと自社も共倒れになる可能性がある中、自社を愛するがゆえに、そして株主への義務としても譲れなかったのです。
ホンダは、ニッサンの首脳陣が考えるよりも厳しく、ニッサンの経営力(マネジメント)を評価していたでしょう。21世紀初頭にルノーからカルロス・ゴーンが送り込まれてV字回復したにもかかわらず、わずか約20年でここまで凋落したことを考えると、筆者も、この評価が厳しすぎるとは思いません。
経営統合に向けた協議でもターンアラウンドを成し遂げるマネジメント力の欠如を印象付ける現象が度々生じていたとの報道もあります。このためホンダは、当初は自動車製造に携わるニッサンとホンダという事業会社の共通の持ち株会社を設置する案も考慮していたが、自社のリーダーシップのもとでターンアラウンドを遂行する覚悟がなければ統合は不可能だとの判断に至ったのだと考えられます。
ホンダの我がままにニッサンが耐えきれなかったのではなく、ニッサンの真剣さへのホンダの疑念が拭えなかったことが破談原因だと、筆者は捉えています。
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なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第65回 企業が描きたい大戦略
- 第64回 大戦略を描いていくことの大切さ
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
- 第62回 ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
- 第61回 社会システム変化の軸となる主体性
- 第60回 社会システム視座の必要性
- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
- 第58回 突きつけられる課題と、その対応方法
- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
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- 第35回 高付加価値化へのイノベーション
- 第34回 2024年スタートに高付加価値化を誓う
- 第33回 生成AIで新価値を創造できる人になる
- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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