ITベンチャー社長の小説家になる夢を叶えるためAIが小説を執筆
10年前にITベンチャーを起業したA社長。浮き沈みの激しい業界にあって、幾度と迎えた倒産の危機を乗り越え、今日も雑居ビルの1室で、社員のBくんとともに新しいサービスの開発に打ち込んでいます。そんなA社長がいま夢中で取り組んでいるテーマは、AI(人工知能)です。
A社長 「なあBくん、これからあっという間にAIの時代がやってくるぞ!ほとんどの職種がAIに取って代わられるっていうから、本当夢のような話だよな~。」
Bくん 「うちの会社もAIが社長になったら、業績がグンと上がるかもしれませんね!」
A社長 「・・・。」
いまや最新のITを追い求めるA社長ですが、実は子供の頃の夢は小説家になることでした。この日も仕事が煮詰まると、A社長は会社の近くの本屋さんに出かけ、大好きな小説の新刊本をチェックしながら気分転換をしています。
A社長 「AIに社長の座を奪われたら、もう一度小説でも書いてみるか・・・。でも、小説までAIが書くような時代になっちゃうかもな。」
自虐的な独り言をつぶやくA社長でしたが、そのとき頭の中にひとつのアイデアが閃きました。
A社長 「そうだ!AIに小説を書かせて、オレの名前で出版しよう!AIがオレの夢を叶えてくれるかもしれないぞ。」
AIが書いた本はベストセラーとなり社長は多額の印税を手にすることに!
次の日からA社長は、AIに小説を書かせることに没頭しました。間もなく完成したデビュー作「AIの季節」を読んで、A社長は興奮気味です。
A社長 「Bくん!これなら直木賞もねらえるぞ!」
Bくん 「社長!直木賞どころか、ノーベル文学賞もねらえますよ!」
A社長 「よし、一緒にストックホルムに行くぞ!!」
A社長を著者とした「AIの季節」は、大手出版社のC社から発売されるとたちまちベストセラーとなり、A社長は多額の印税を手にします。
Bくん 「社長!今晩も銀座の寿司屋を予約しておきましたよ!」
A社長 「よし、これからもAIにどんどん小説を書いてもらうぞ!そして、豪邸を買って、毎日パーティー・ピープルだぜ!!」
大金に目がくらんだA社長は、AIに次から次へと小説を書かせました。最初の頃は3ヶ月に1冊だった新刊のペースも、どんどん上がり、ついには3日に1冊のペースで新作を発表していきます。
A社長 「AIは疲れ知らずさー!毎日だって新刊を出せるぞ!」
しかし、さすがにこの様子を変だと思ったC社の編集者は、ある日、A社長を問いただしました。
編集者 「A社長の会社はAIが得意でしたよね。」
A社長 「そうですよ~♪」
編集者 「ひょっとして、A社長が書いたとされる小説は、本当はすべてAIが書いたんじゃないですか?」
A社長 「・・・フ、フ、フ、フ。ばれたらしょうがない。でも、私が開発したAIが書いたんだから、何も問題ないじゃありませんか!」
編集者 「AIが書いたのであれば、A社長には印税はお支払いできません。それは、これらの小説の著作者はA社長でなく、A社長には著作権がないからです。」
A社長 「そ、そ、そんなバカな!私のAIが書いたんだから、小説の著作権は、この私にあるんだ!!」
AIには思想・感情がないのでAIが創作したものは著作権で保護されません
確かに、A社長が開発したAIが書いた小説なので、A社長が言うとおり、その小説の著作者はA社長であり、したがって、その小説の著作権はA社長に帰属しているようにも思われます。それでは、なぜ、編集者の人は、A社長に著作者がないと言うのでしょうか?
著作権法では、著作権は著作者に原始的に帰属し、著作者とは「著作物を創作する者」と規定されています。そして「著作物」とは、「思想または感情を創作的に表現したもの・・・」と定義されています。
この著作物の定義のなかで、「思想または感情」という言葉がポイントです。私たちが、小説を書いたり、音楽を作ったり、絵を描いたり、写真を撮ったりするときは、その小説、音楽、絵、写真などに、創作者である私たちの思想または感情がなんらかのかたちで表現されていることになります。その「思想または感情」を保護するため、著作権という権利が存在するのです。
そして、この「思想または感情」は、人間だから持っているものであって、機械や動物にはないとされています。
つまり、機械が撮影した証明写真、防犯カメラの映像、象や猿に描かせた絵などは、そもそも「著作物」ではないということになります。著作物でないということは、著作者は存在せず、著作権は発生しないので、それらのコンテンツは誰もが自由に利用できるということになります。
AIは人間に近い思考をするといわれているので、AIが創作した小説などは、機械が撮影した証明写真や防犯カメラの映像とは異なった印象を受けますが、それでも人間と同一に考えることはできません。現行法上は、AIが創作した小説なども、著作権では保護されないため、大手出版社のC社は、A社長に印税を支払うことなく、自由にそれらの小説を出版することができるのです。
将来的にはAIの創作物も権利保護することが必要です
ただし、今後の更なる技術の発展により、AIが創作したもののなかから、大きな経済的価値を有するコンテンツが誕生することも想定されます。そのときに、そのコンテンツをまったく何の権利でも保護せずに、誰もが自由に利用できるとすると、社会の秩序が保たれなくなるでしょうから、将来的には法律で何らかの対応をすることが必要となってくるでしょう。
さて、巨万の富をつかみかけたA社長ですが、大手出版社のC社からは、これまで支払われた印税もすべて返すように請求され、贅沢三昧な暮らしは蜃気楼のように消えていきました。今日も、以前と変わらない雑居ビルの一室で、Bくんと地道な開発作業に取り組んでいるということです。
※コラムは執筆時の法令等に則って書いています。
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ボングゥー特許商標事務所/ボングゥー著作権法務行政書士事務所
所長・弁理士 堀越 総明 (ほりこし そうめい)
日本弁理士会会員
日本弁理士会著作権委員会委員
(2020年度は委員長、2019年度は副委員長を務める。)
東京都行政書士会会員 東京都行政書士会著作権相談員
東京都行政書士会任意団体著作権ビジネス研究会会員
株式会社ボングゥー代表取締役
「ボングゥー特許商標事務所」の所長弁理士として、中小企業や個人事業の方々に寄り添い、特許権、意匠権、商標権をはじめとした知的財産権の取得・保護をサポートしている。
特に、著作権のコンサルタントは高い評価を受けており、広告、WEB制作、音楽、映画、芸能、アニメ、ゲーム、美術、文芸など、ビジネスで著作物を利用する業界の企業やアーティスト・クリエイターを対象に、法務コンサルタントを行っている。
現在、イノベーションズアイにて、コラム「これだけは知っておきたい商標の話」、「知らなかったでは済まされない著作権の話」の2シリーズを連載し、また「ビジネス著作権検定合格講座」の講師を務める。
また、アート・マネジメント会社「株式会社ボングゥー」の代表取締役も務め、地方公共団体や大手百貨店主催の現代アートの展覧会をプロデュースし、国立科学博物館、NTTドコモなどのキャラクター開発の企画を手掛けた。
○ボングゥー特許商標事務所
https://www.bon-gout-pat.jp/
○ボングゥー著作権法務行政書士事務所
https://www.bon-gout-office.jp/
【著書】
「知らなかったでは済まされない著作権の話」(上)・(下)
上巻:https://amzn.to/2KB8Ks5
下巻:https://amzn.to/2rV7qcG
弁理士が、“ありがちな著作権トラブル”をストーリー形式で紹介し、分かりやすく解説していく1冊です。
法律になじみのない人でも読みやすく、“ここだけは注意してほしい点”が分かる内容となっています。