第4回
若葉をいっぱい芽吹かせる 高材研、“知価”鉱脈を見つけ事業化支援
イノベーションズアイ編集局 編集局長 松岡健夫
微分も積分も得意な「起業家」を紹介したい。このコラムのタイトルにピッタリといえる瀧田理康氏だ。大手企業で新規事業の創出を任され「積分」を学ぶ一方で、この経験を活かしベンチャー企業を立ち上げて「微分」にも精通する。
ここでいう「積分」とは、伝統(中核)事業にとらわれず事業創出を積み重ねる、いわば温故知新をモットーにする大手企業を指す。「微分」とは、独自の技術・アイデアをもとに新市場を開拓することで高い成長率を見込む、いわばベンチャー精神あふれる企業をいう。ともに間違いなくチャレンジャーであり、成功に向け思う存分に突き進んでほしい。
瀧田氏は社内ベンチャー発起業家(イントレプレナー)と純粋な起業家(アントレプレナー)の2つの顔を持つ。そこで得た豊富な経験を生かすため、2024年9月に「高性能材料技術・事業化研究所(高材研)」を設立し代表理事に就いた。主に企業内に埋もれている研究開発成果を新規事業として開花させるサポートと、それに挑む新たな起業家の育成が目的だ。
BtoB企業向け新規事業開発支援などを手掛けるため創業したアルゴバース社長を退き、専念するというから意気込みが伝わってくる。掲げたコンセプトからも伺える。設立に際し、社内に埋もれている技術をしっかり見つけて新規事業として成功させる「日本若葉化計画」を打ち出した。瀧田氏は「若葉をつくるため動く」と言い切る。瀧田氏自身が「ゼロからイチ」を成し遂げたイントレプレナーであり、その経験を次世代の起業家に伝えたいとの思いが強い。
同氏は東京理科大卒業後、1988年にブリヂストン入社。非タイヤ部門(非中核)の新商品開発や事業企画を担当した。一方で97年には中小企業診断士の資格を取得しベンチャー支援にも乗り出した。
転機は2003年。同社研究開発部門で開発された炭化ケイ素(SiC)の高純度焼結体の事業化に挑む社内ベンチャー事業を任された。半導体製造で使うSiCウエハーの開発に成功、顧客開拓に取り組んだ。
瀧田氏は「社内ベンチャーは完全独立型で、自ら利益を上げて事業費を賄う必要があった。顧客ゼロ、売り上げゼロでスタートし、15年後には売り上げ20億円、営業利益率20%を達成した。高い事業価値がついたと評価されて事業を売却した」と振り返る。「金の生る木」を見事に育て上げたわけだ。
その過程で社内ベンチャーとして設計から生産、販売、そして事業売却まで経験。これを元に、研究開発部門が開発した新素材を事業化に導く仕組みを作り上げた。
一方で新素材の事業化、つまりゼロから創り上げることがいかに難しいかを知っている。研究開発から事業化まで10年単位の時間がかかるといわれるし、量産段階に入ると設備投資も必要になり10億円単位の資金がいる。ベンチャー企業が挑むにはリスクが高く、容易に踏み切れないのは確かだろう。ベンチャーキャピタルなど資金の出し手も資金回収の難しさを考えると躊躇せざるを得ない。
だから「企業が研究開発で生み出した成果を事業化すべき」と説く。つまりアントレプレナーではなくイントレプレナーのほうが成功に近いというわけだ。所属する企業には研究開発成果を生かす技術力も資金力もある。優秀な人材も抱える。何よりイントレプレナーなので給料をもらいながら事業創出に注力できる。家族に心配をかけることなくチャレンジできるのは強みだ。
かといって会社に甘えていいわけではないが、会社員のありがたみを最大限いかせばいい。むしろ積極的に利用すべきだ。こんなメリットを知っているから、瀧田氏は「会社を飛び出して独立しろとは言えない。むしろ会社を土台に新規事業を創れといいたい」と語る。しかも企業には新規事業を生み出す若葉になり得る“知価”鉱脈が多く眠っている。それを活用しない手はない。
なぜ高材研を始めたのかー。瀧田氏は「24年1月に脳卒中で倒れ、緊急入院。意識不明となり呼吸停止、死を覚悟した。しかし旅の途中で覚醒し、あの世から戻った。神様が『これからやることがあるよね』と命をくれた」と明かした。
その上で、ラテン語の「メメントモリ」という言葉を口にした。「スティーブ・ジョブズがスタンフォード大での講演で『今を精一杯生きろ』という意味で使った」と話した。メメントモリが心に突き刺さり、高材研の立ち上げにつながった。自らの起業家としての経験を、次代を背負うチャレンジャーに伝えたかったのだろう。高材研にはブリヂストン時代に苦楽を共にした仲間が揃うのも、若葉化計画を推進する上でかけがえのない武器になる。
一方で、企業の高齢化により長く停滞する日本経済への危機感も強い。先端半導体を製造するための機能性材料分野では日本が世界をリードしているが、海外製の追い上げも激しい。グローバル競争で勝ち抜くには新たな高性能素材を開発し事業化することが欠かせない。
日本企業の研究開発の中身はすごい(レベルが高い)ことを理解しているからだ。しかし企業内でも知られていない知価鉱脈が多いことも知っている。事業化して初めて日の目を見るものなので、その手伝いをするのが高材研というわけだ。そのためのメソッドも作り上げた。ブリヂストン時代に構築した事業管理メソッド「ステージゲート法」に独自視点を加えた「チェックゲート法」を使えば知価鉱脈の発掘・発信、事業化を果たせるという。
「日本を若葉でいっぱいにする」という瀧田氏の思いは25年4月から具体的に歩み始める。「事業化推進コーディネーター認定講座」を開講する。イントレプレナーのほか、中小企業経営者、独立を目指す若者などを対象に30年までに1000人の受講を目指す。一刻も早く新規事業という若葉を芽吹かせる必要があるからだ。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫
大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。
同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。
著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。
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