第2回
認知症の早期発見に挑むエム。AIが脳画像を分析
イノベーションズアイ編集局 編集局長 松岡健夫
65歳以上の高齢者の3人に1人がかかるといわれる認知症。健康寿命を奪う脳の病気から逃れるには生活習慣を改善するしかない。とはいえ自覚症状がない未病段階から節制するのは難しい。誰もが不安にかられる認知症予防に挑むベンチャーに注目している。脳画像データから発症リスクを知らせるプログラムを開発したエム(東京都港区)だ。脳の健康状態を示す解析結果レポート(写真)が送られてくるので予防意識が生まれるという。
エーザイの認知症薬「レカネマブ」が国内承認された2023年8月21日、テレビ東京の報道番組WBSで、エムが開発した脳の健康状態を測定するプログラム「MVision helth(エムビジョン・ヘルス)」が認知症の早期発見につながると紹介された。
レカネマブは、認知症患者の多くを占めるアルツハイマー病の初期段階にしか効き目がない。ということは早期発見ができなければ薬を使えない。エムビジョンは脳の健康状態から対象者を早期に見つけられるため、認知症予防の頼もしい“助っ人”になりうるというわけだ。
エムの創業者で代表取締役CEOを務める森進氏は、認知症の早期発見手段として脳MRIに着目した。森氏は米ジョンズホプキンス大医学部教授でもあり、脳画像科学領域で世界的な実績をもつ。脳ドックという日本独特の健康診断によって蓄積された大量の脳MRIデータと出会ったことが、21年の創業につながった。
森氏は「血圧や血糖と異なり、病気に至るまでの脳の健康状態の変遷は世界的に見てもほとんどデータが存在しない。しかし我々はそれを知るシステムを確立した」と胸を張る。日本だけに存在する健常者約3万人、しかも若者から高齢者まで年代を超えた脳画像データを手に入れたからだ。
加えて森氏のアカデミアとしての実績から生まれたネットワークも生かせる。こうして人口知能(AI)が画像データから認知症リスク因子などを可視化し予防につなげるというビジネスモデルを作り上げた。
エムビジョンは加齢に伴う脳の萎縮と白質病変の変化を総合的に評価する。しかも脳のすべての構造部位を対象とする脳健康測定プログラムで、同大のAI技術と約3万の脳MRI画像のビッグデータを基に開発した。
認知症の発症は脳の萎縮と白質病変に強い関連性があることが知られている。一般的に認知症は60代以降に発生することが多いが、萎縮などは認知機能の低下に先行して30代から始まるので40~50代の現役世代は注意すべきだ。しかも、その進行度合いは生活習慣によって個人差が生じるといわれる。
認知機能の低下が始まる前段階から萎縮などの進行度合いが分かれば、自覚症状がなくても予防意識が高まり、発症リスク低減のため生活習慣の改善に継続的に取り組むと期待できる。
通常の脳ドックにエムビジョンを追加することで、加齢による変化を早期から評価。受診者がとるべき脳の健康維持・改善方法を提示できる。受診者は従来通りの脳MRIを撮影するだけですむ。医療機関も追加撮影・検査なしで認知症関心層の脳ドック受診を増やせる。
受診者はエムから送られてくる結果レポート「脳健康状態レポート」で、脳の萎縮と白質病変の程度や認知症リスクを図表や平易な説明から知ることができる。
萎縮の程度や同年代と比較した進行速度といった受診者が気になることも分かる。萎縮度を同年代ランキングで比較できるので、インパクトが大きく無意識に競争意識が芽生える。脳ドッグ健診を定期的に続ければ中長期での経年変化も把握できる。
レポートを受け取った受診者は、その95%が入る標準範囲に収まるように自発的に動き出す。特に65歳以上は、範囲外にいると認知症リスクが高まるというからなおさらだ。
認知症予防に寄与するエムビジョンの普及には、脳ドックを行う医療機関の協力が欠かせない。現状では契約ベースで約30の医療機関(施設)と提携しているが、MRIを保有する施設は全国で5000超、そのうち脳ドックを手掛ける約3000を対象に提携を呼びかけていく。
中でも低磁場MRIを保有する1500施設をポテンシャルターゲットと位置付ける。低磁場MRIは脳ドック仕様で検査すると時間が膨大になり、自由診療のもとでは物理的な時間制限から受診者を受け入れにくい。
エムビジョンは低解像度のMRIでも検査できる特徴を持っており、低磁場MRI保有施設にとって認知症関心層を受け入れられるという付加価値を提供できるからだ。谷口善洋取締役COOは「我々が独占的に獲得できる可能性がある」と見通す。
受診者を増やすことが当面の課題だ。エムによると、認知症の新規患者は40年ごろまで増加が続き、経済的影響は35年に22.9兆円に達する見込みだ。
それだけに、脳の健康状態から認知症予防につなげるエムの存在価値が高まっていくのは間違いない。同社は27年5月期に受診者が20万人を突破し、提携施設も600超に膨らみ、営業損益で黒字転換するとの見立てだ。その後も右肩上がりでの成長路線を描く。世界市場も視野に入れる。楽しみで仕方ない。森氏は「脳医療におけるイノベーションに貢献する」と意気込む。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫
大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。
同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。
著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。
- 第2回 認知症の早期発見に挑むエム。AIが脳画像を分析
- 第1回 アルサーガ、純国産で社会課題に挑むDXのプロ集団