微分・積分・思う存分

第6回

人も技術も「混ぜる」経営で価値創造 前田工繊、M&A駆使し事業拡大、地方創生、海外進出

イノベーションズアイ編集局  編集局長 松岡健夫

 

創業100年を超える老舗企業の多くは家訓、企業理念を守りながら、提供する製品・サービスは時代とともに変えてきた。社会環境に合わなくなれば躊躇なく修正・変更を加え、祖業といえども撤退をいとわない。変革と挑戦こそが老舗企業の真骨頂であり、持続的成長をもたらすことを知っているからだ。

「初代から事業を変えてきた。そうしないと存続できない」。土木・建設資材大手の前田工繊の4代目、前田尚宏社長兼COOはこう語った。2015年にCOOとなり、18年に社長を引き継いだ。成長の原動力として選んだのが、地方のモノづくり企業をグループに加えるM&Aだ。相手を取り込むことで事業領域を拡大するとともに、相手先の経営資源と「混ぜる」ことで価値を創造しグループ力を高めていった。

買収効果、F1にホイール供給

その象徴といえるのが、自動車用鍛造ホイールを手掛けるBBSジャパン(富山県)だ。13年に経営破綻した会社を買収した。前田工繊がグループとしての成長をもう一段引き上げるために新たな柱となる事業を模索していた時に出会った。

BBSはドイツ発祥のブランドで、前田工繊グループが持つモノづくりのノウハウとマネジメント力、営業力を混ぜるだけでなく、相手先社員との対話や設備の自動化・省人化を進めることで再建できると確信し迎え入れた。




当初はマイナスからゼロへの基礎固めに注力し、18年ごろから本格的に経営に参画、成長に向けた施策を打てるようになった。尚宏氏は19年、創業者に会うためドイツに足を運んだ(写真)。「技術はモータースポーツから」という創業の精神を聞き、「(自動車レースの世界最高峰である)F1に採用されたいとの思いが強まり、全社を挙げて動いた」と振り返る。

その甲斐あって22年シーズンからF1に参戦する全チームにホイールを独占供給。鋳造ホイールが99%を占める中、鍛造ホイールが持つ軽い・強い・美しいが認められて海外で支持を集める。こうした目利き力の確かさもあって、売り上げは当時の約50億円から250億円規模に拡大した。前田工繊の海外進出も先導、海外売り上げ比率は0%から20%超に引き上げた立役者といえる。

初代から新事業開拓

前田工繊の創業者(初代)は福井で米問屋を営むが、米騒動で事業継続が難しくなり、当時製造が始まったばかりのレーヨンに目をつけた。前身である「前田機業場」を1918年に創業、機織(はたおり)機を購入して繊維加工を始めた。

2代目は事業を伸ばしたものの、安価なレーヨンで台頭する中国との競争激化で将来に不安を感じた3代目(前田征利会長兼CEO)は畑違いといえる土木への進出を決断、1972年に「前田工繊」を設立した。田中角栄首相が日本列島改造論を唱えたことで公共工事が活発になると考え、繊維の加工技術を土木資材の製造に生かすことにした。「機織り屋から土木事業」に大きく舵を切ったわけだ。

危機を好機ととらえ「何か新しいことを始める」のが同社のD N Aといえる。3代目は繊維にこだわらず多様な技術を融合させ新市場を開拓した。00年代に入ると地方のモノづくり企業とウイン・ウインの関係を築けるM&Aでグループ力を強化。ベンチャー精神を受け継ぐ4代目の尚宏氏はM&Aを成長戦略として本格採用、成長をけん引する。

尚宏氏が入社したのは02年。それまではインフラ・公共事業を中心に順調に成長してきたが、01年に誕生した小泉純一郎政権は公共事業の大幅削減を打ち出した。02年には同事業が売り上げ(約70億円)の9割を占めていたので「これでは株式上場に向けた成長ストーリーを描けない」と判断、M&Aに活路を見出すことにした。

その戦略が奏功し、24年6月期の売り上げは558億円に膨らんだ。その約8割はM&Aでグループ入りした企業(16社)が稼いだというから戦略は見事に的中したといえる。

PMI重視でグループ力向上

成功の要因は何か。こう問いかけると尚宏氏は「PMI(M&A後の統合プロセス)が重要」と即答した。M&Aを成功に導くカギは相手先との信頼関係の構築に尽きるからで、そのためにPMIで徹底的に相手の話を聞き、よいアイデアがあれば即座に採用する。

M&A先の多くはトップダウンで社員を押さえつけるため、意見も満足に言えない雰囲気だったという。前田工繊はトップダウンからボトムアップの組織体に徹底的に変えてきたので、尚宏氏やCxO(製造や営業など組織の責任者)が話を聞くことに徹する。相手先の社員は自由に意見が言えるうえ実行もしてくれると評価し、「グループ入りして良かった」となる。

こうして信頼関係を醸成すると社員の意識が変わり、やる気と働き甲斐が高まる。まさに「M&Aは人づくり」(尚宏氏)といえ、組織の活性化ももたらす。その期間はM&A実施から100日とするスピード重視の「100日ルール」もあり、早期に成功体験を共有。相手の心をつかんで離さず、前田工繊が培ってきた企業文化を浸透させる。

M&Aも10年ごろまでは本業の土木事業の横展開が中心だった。尚宏氏がCOOとなった15年に、同氏がトップを務めるM&A専任組織「グループ経営企画室」を立ち上げ、新たな分野への展開を目指すM&Aをスタートさせた。地方のモノづくり企業にターゲットに据え、選定と交渉から目利き、PMI作業までを体系化し、戦略的に進める。

15年に傘下に収めたオガワテクノ(現未来テクノ、岩手県)は防衛、16年のグリーンシステム(現未来のアグリ、福島県)は農業、18年の釧路ハイミール(北海道)は漁業、そして24年の犀工房(滋賀県)は遊具といった具合だ。しかし、どの分野も前田工繊にとって門外漢。そこで取り入れたのが、尚宏氏が経営判断の拠り所とする「真・善・美」だ。

禅の経営

尚宏氏は40歳のころから座禅を始め、50歳前で得度し僧侶になった。禅の考えを経営に生かしたいと考え「真・善・美」の整った会社(組織)づくりに取り組んでいる。

「真」は真実の真で、組織運営でいうと月次決算を経営層だけでなく社員全員で共有すること。オープンにすることで数字の意味、価値を共有でき、正しい判断や行動が生まれる。「善」は道徳。部門や職種の枠を超えて他者の仕事を知ることで不平不満がなくなり、善のあふれる組織になれる。「美」は文字通り、きれいにすること。工場が汚いと製品も社員の心もよどむ。徹底的にきれいにすることで製品の品質も社員のマインドも向上する。

「素人が新分野に参入するM&Aが増えたので、我々はまず『真・善・美』を徹底してもらい、事業の細かいところは任せる」と尚宏氏は言う。そして人事、投資、値決めに関与するだけで、このほかは買収先に自由にやらせるというのが前田流のグループ把握術だ。

こうして前田工繊そのものとM&A先の経営資源、すなわち人、技術、製造設備、顧客を「混ぜる」ことで成長を図る。地方には世界に誇れる技術・ノウハウを持つモノづくり企業は少なくないので混ぜる効果は大きいし、イノベーションも起こしやすい。尚宏氏は「中小企業の塊なので多様な製品展開が可能になる。スモール・マーケットでシェアを取れる。地方創生にもつながる」と意気込む。


 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫

大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。

同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。

著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。

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