著作権法におけるイラストの類似
1.よくある質問
筆者は弁理士の資格を持つグラフィックデザイナーです。広告デザインという業界に身を置いているので、知人の広告業関係者から、「2つのキャラクター、よく似ているけど、著作権侵害になりませんか?」という質問を受けることがあります。
さて、質問の「よく似ている」とは、どのように似ているのでしょうか?似ていれば著作権侵害になるのでしょうか?
ただ似ていれば著作権侵害になるかというと、そんなことはありません。ここでは「著作権侵害」となる「類似」についてお話ししようと思います。
2.著作権侵害とは
では、どのような場合に著作権侵害になるのでしょうか
A.著作物であること
B.著作権の存在が認められること
C.依拠性が認められること
D.類似性(本質的な特徴をそれ自体として直接感得させる態様)が認められること
E.複製などする者が著作物利用の権限を持っていないこと
の全てに該当すると著作権侵害になります。
今回は、複製したものにB.著作権が発生していて、複製した人がE.著作物利用の権限を持っていないこと、の条件に当たると仮定したうえで、それ以外のA,C,Dについて検討します。
3.どこがどのように類似すると著作権侵害なのか?
2つのキャラクターを比べるとき、どこがどのように類似すると「著作権侵害」の要件の類似になるのでしょうか?
(1)A.著作物であること
①アイディアは著作物ではない
著作権侵害というためには、創作したものが著作物でなければなりません。著作物というのは「思想または感情を創作的に表現したもの」と著作権法に規定されています。抽象的な「アイディア」は「表現」されたものではなく著作物となり得ません。したがって2つのキャラクターの「アイディア」が共通したとしても、著作物が類似しているとはいえません。
例えば、「蝶ネクタイをしたうさぎのキャラクター」というアイディアからは、様々な表現が生じる可能性がありますが、著作権はひとつの表現されたキャラクター自体に発生しています。「赤い蝶ネクタイをしたうさぎのキャラクター」というアイディアが共通しても類似しているとはいえません。
ポイント1:アイディアが同一または共通しても、著作物が「同一」または「類似」しているとはいえない。
②ありふれた表現は、著作物性の判断の対象から除かれる
実際に裁判で、カエルのキャラクターの図柄の類否が争われました。(けろけろけろっぴ事件)
出展:判決文別紙(一)(二)
「擬人化されたカエルの顔の輪郭を横長の楕円形という形状にすること、その胴体を短くし、これに短い手足をつけることは、擬人化する際のものとして通常予想される範囲内のありふれた表現というべきであり、目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していることについては、(中略)これまた普通に行われる範囲内の表現である。」と認定しました。
このありふれた表現以外の部分について、「独自の創作性を認めることができる本件著作物の形状、図柄を構成する各要素の配置、色彩等による具体的な表現全体に関して」と、キャラクターのどの部分かを詳細に特定した上で
「輪郭の線の太さ、目玉の配置、瞳の有無、顔と胴体のバランス、手足の形状、全体の配色等において、表現を異にしていることが明らかであり、このような状況の下で、被控訴人図柄を見た者が、これらから本件著作物を想起することができると認めることはできないから、被控訴人図柄を、そこから本件著作物を直接感得することができるものとすることはできない※というべきである。」(※=類似しない)と判示しています。
この判決が示すように、誰が描いても同じようになるキャラクターの「顔の形状や目が飛び出ている」など誰がカエルを書いてもそのようになるであろう「ありふれた表現」が共通していたとしても、他に特徴的な部分が異なれば、類似しないという判断になります。
ポイント2:誰が描いても同じようになる「ありふれた表現」が共通したとしても、他に特徴的な表現が異なれば類似しない。
(2)C.依拠性が認められること
2つの著作物が、偶然に一致・類似しても、著作権の侵害とはなりません。
ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件では、「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再生することをいう」と要件として「依拠」が必要であることを明確にしました。
ここでいう依拠とは、既存の著作物を利用して、自らの著作物を創作することだと考えられます。例えば
A.他人の著作物をコピーペーストした場合
B.他人の著作物の創作性のある部分を、そのまま真似した場合
などは依拠に当たるでしょう。
では
C.他人の著作物を参考にして、自分の著作物を創作した場合
はどうでしょう?
この「参考にする」という行為は「依拠」であることに違いありませんが、創作されたものにより結論は異なるでしょう。
先に述べた、ありふれた部分ではない「作者の創作の特徴や個性が現れている部分」を参考にして、そのまま、または類似したものを利用している場合には、著作権侵害であると判断される可能性が高いと考えられます。一方、他人の著作物を参考にしても、自分のオリジナリティを加えて創作した場合には、別の新たな著作物を創作しているといえるでしょう。
なお、著作物の創作年月日や公表日が、相手方の著作物よりも先である場合も(作者はその著作物を目にする可能性がないので)依拠性は否定されます。
ポイント3:他人の著作物に依拠して創作したものであること
(3)D.類似性が認められること
最後に、上記のアイディアやありふれた表現を除き、2つの著作物の間に、本質的な特徴をそれ自体として直接感得させるような態様で、類似していると認められることが必要です。
ポイント4:他人の著作物の本質的な特徴を直接感得させるような態様で類似していること
4.まとめ
こうして見てみると、著作権侵害の「類似」というためには、かなり細かい点を検討する必要があると、おわかりいただけるかと思います。
これを、新たな著作物を創作する立場から考えてみましょう。
・デッドコピー(まるまるコピー)する行為
他人の著作物をデッドコピーする行為は、限りなく著作権侵害となりうる行為と考えられるでしょう。
・アイディアを利用する行為
利用するのが「アイディア」である限りにおいては、著作権侵害となる可能性は低いでしょう。
しかしながら、「アイディアを利用」しただけであっても「アイディアの盗用」「パクリ」や「真似している」などSNSなどで酷評される場合があります。創作された著作物が広く公表されるような場合は、内容を吟味する必要があるでしょう。
・既存の著作物を参考にして創作する行為
既存の著作物を参考にしているので、依拠性が認められます。類似している点がありふれているか、表現の本質的特徴であるか見極める必要があるでしょう。
もし、参考にした著作物の「特徴的な部分」で、「もし、その著作物を見なければ描けなかったような部分」が類似しているようなら、その部分を変更する必要があります。そのような部分が、本質的特徴であると考えられるからです。
令和4年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 松本 直子
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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