著作権の譲渡契約書に著作者人格権の不行使特約(不行使条項)があったときの対応
著作権と著作者人格権の違い
著作物を創作した者(著作者)には、何の手続も形式を整えることも必要なく、「著作者人格権」と「著作権」が原始的に帰属するのが原則です。ここにいう「著作者人格権」というのは、「公表権」、「氏名表示権」及び「同一性保持権」の3つの権利をいいます。「著作権」とは、「複製権」、「公衆送信権」、「上映権」、「翻案権」などの、いわゆる支分権とか著作財産権とか呼ばれる権利をいいます。
著作者人格権の種類
著作者人格権には、次の3つがあります。
・公表権
著作者が、自分が生み出した著作物について、公表するかどうか、公表するとしたらいつどのように公表するかを決定する権利
・氏名表示権
著作者が、自分が生み出した著作物について、著作者名を表示するかどうか、表示するとしたらどのような名前を表示するかを決定する権利
・同一性保持権
著作者が、自分が生み出した著作物とその題号(タイトル)について、意に反して(意に沿わないのに)無断で改変されない権利
このほか、いわゆる「名誉声望権」と呼ばれるものもありますが、「みなし著作者人格権侵害」としての位置付けであって、上記の3つの著作者人格権とは区別されます。
著作者人格権について詳しくは、「著作者人格権ってどんな権利?著作権とはどう違うの? 」もぜひご覧ください。
著作権の譲渡と著作者人格権の取扱い
著作権者は、自ら保有する著作権の全部又は一部を譲渡することができます。翻案権や二次的著作物に関する権利を含めて著作権を譲り受けますと、新たな著作権者は著作物を翻案(文学作品である小説を演劇用の脚本にすることや,漫画をドラマ化や映画化することなどを言います。)し、それを利用することが可能になります。しかし、著作者人格権は、著作者の一身に専属するもの(その人本人にのみ帰属するもので第三者に譲渡できないもの)とされますので、他人に譲り渡すことは認められていません。つまり、その新たな著作権者がたとえ全ての著作権を譲り受けたとしても、著作者人格権は依然として著作者に残ることになります。結局、著作者人格権を侵害するような翻案・利用は認められないということになります。
では著作者人格権を侵害するとどうなるのでしょうか。著作者人格権を侵害すると、著作者から差止請求を受けることがあります。これを企業活動という観点から見ますと、著作権を譲り受けたとしても、著作者(元々の著作権者)から著作者人格権に基づいて、出版物や商品・サービスなどの中断・中止を求められ得るということを意味します。
そうすると、企業活動の安定化のため、なんとか著作者人格権を行使されないようにしたいという考えになります。譲り受けられれば良いのですが、上記の通り、著作者人格権の譲渡は認められていません。
そこで考え出されたのが、著作権の譲渡契約の中で、著作者人格権を行使しないことの取り決め(不行使特約)をしておけないかということです。
著作者人格権の不行使特約
契約の相手方から示された契約書の中に、「第○条 乙(著作者)は、本著作物に係る著作者人格権を行使しないことを保証する。」といったような内容の条項があったら、契約書を作成した側としては著作者人格権を行使して欲しくないのだという意向が示されたと理解できます。
著作者人格権の不行使特約については、別記事「著作者人格権を行使しない取り決め 」でも詳しく書かれていますので、ぜひご覧ください。
不行使特約の修正提案の例
もしこうした条項を提示されたら、そのまま了承するほかないのでしょうか。もちろん、「好きに使って頂いてよろしい」というお考えであれば、そのままにしておいても良いでしょう。しかし、無制限に改変されてしまうのは望ましくないというお考えであれば、契約書の内容についての修正を打診してみることが良いでしょう。
・不行使特約にかかる条項の削除
まず、著作者人格権を行使しない旨の条項を削除したいことを伝えるということが挙げられます。ただし、著作権を譲渡する前から著作者人格権を行使するつもりなのだと受け止められないよう、伝え方には注意しましょう。
・公表時期や方法についての条項の追加
既に公表済みの著作物であれば不要ですが、もし公表時期や方法について希望があれば、いつどのように公表するかを取り決めておくことを検討しましょう。未公表の著作物についての著作権譲渡の場合、譲受人に公衆への提供・提示について同意したものと推定されることになりますので、希望がある場合には、公表権に関する合意を予め形成した方が良いと言えます。
・氏名表示の場面や方法についての条項の追加
著作物の利用場面というのは多岐にわたりますので、商品それ自体、商品カタログ、広告媒体、ホームページ、販促資料など、想定される著作物の利用態様に応じて、氏名表示をするか否か、するとしたらどのように表示をするかを予め明らかにしておくことで、予期せぬ氏名表示/非表示や意図に反する表示(ペンネームで活動しているのに本名を表示されてしまうなど)を回避することができます。
・改変を許容する枠組みを定める条項の追加
キャラクターイラストなど、どうしても姿勢を変えたり何かを持たせたりなど、動きが出る類の著作物もあります。こうした場合、改変を行う場合の許容範囲・禁止範囲を予め定めておくことで、たとえ著作者人格権の不行使特約があったとしても、予期せぬ改変に遭遇する可能性を低減することができます。別紙としてガイドラインを作成することも良いでしょう。写真についても、レタッチをどこまで許容するか、トリミング(クロップ)を認めるかなど、予め協議をしておくことで、将来の紛争を回避することができます。
・大規模改変時の協議条項の追加
上記のように改変可能な範囲を予め定めていたとしても、それを超えるような、当初想定していない使い方をしたいという場面も出てくることでしょう。その際は、ぜひ著作者に一声かけて欲しいという趣旨で、協議条項を追加しておくことも一策です。
不行使特約に署名した場合
著作者人格権の不行使特約を含んだ契約を締結した場合でも、上記のような追加・修正がなされていれば、多くのトラブルは回避できるだろうと考えられます。しかし、想定外の利用がなされたときに、不行使特約に応じてしまった以上は、何も対処することができないのでしょうか。
特に同一性保持権は、著作者(クリエイター)の精神活動の成果である著作物を、その意に反する改変から保護するという、いわば主観的な利益のために設けられたもので、その利用や改変の方法・程度によっては、著作者の名誉や声望が害されるという場合もあり得ることでしょう(例:子供用コンテンツを作ったのにアダルトコンテンツに流用された場合など)。
こうした場合には、著作者人格権の不行使特約に合意があったとしても、なお救済を受けられる余地が考えられますが、紛争解決には相応の時間と負担が見込まれることになりますし、結論は具体的事情により左右されることになります。できる限り契約締結の前に想定される懸念事項は挙げておき、弁理士などの専門家の力を借りながら契約書に盛り込むことが望ましいですが、想定外のことが起きた場合でも、諦めずに弁理士などの専門家に相談されることが良いのではないでしょうか。
まとめ
以上、著作者人格権の不行使特約への向き合い方を解説してまいりましたが、いざ紛争となると、本業に支障を来すことにもなりかねません。制作をするクリエイター側も発注をする企業側も、より良い関係を構築できるよう取り組むことが大切です。「契約書だ」と構えずに、必要に応じて弁理士などの専門家を交えて、まずは伝えたいことを素直に伝え、互いに真摯に向き合って合意を形成していくということを忘れないよう心がけて頂けたらと思います。
令和4年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 伊藤 大地
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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