海外進出企業の国際税務入門

第2回

租税条約とは

朝日税理士法人  山中 一郎

 
企業がクロスボーダーで取引を行う場合には、所得が発生する国と所得を受取る国の各税法だけでなく、日本と相手国との租税条約を検討する必要があります。租税条約とは、「国と国との間で結ばれる租税に関する合意」を言います。日本は、現在、67か国・地域と租税条約を締結しています。その対象となる租税は、所得税と法人税(条約によっては地方税も)ですが、米国との間では、相続税に関する租税条約が締結されています。
 
租税条約を適用する際には、日本では、租税条約を国内税法に優先させることが憲法で規定されています。仮に、国内税法に課税の規定がない場合には、租税条約に規定があっても課税関係は発生しません。つまり、租税条約は相手国での税負担を軽くすることはあっても、重くすることはないのです。

租税条約の役割


租税条約の役割は、①二重課税の排除、②脱税や租税回避の防止、及び、③税務当局間の国際協力を行って、国際的な経済活動を促進することにあります。

① 二重課税の排除
租税条約上、二重課税を調整する規定には、所得が発生する国(源泉地国)の課税権の範囲を規定するものや、発生した二重課税を排除するものなどがあります。前者の例として、配当、利子、使用料といった投資所得の税率の上限を定めた規定(“投資所得の制限税率”)や、短期滞在者免税の規定があげられます(下記参照)。また、後者の例として、外国税額控除に関する規定があげられます。

*投資所得の制限税率
日本の企業が海外子会社から、配当・利子・使用料などの投資所得を受取る場合、所得の支払地国である源泉地国でも、受取地国である日本でも課税を受けます。租税条約で制限税率が規定されている場合には、源泉地国での税率が、一定限度以下に減免されます。なお、租税条約上の税率の方が高い場合には、有利な国内税法の低い税率が適用されます。

*短期滞在者免税の規定
一般に、企業に勤める従業員が受取る給与所得は、勤務が居住地国内であれば、居住地国でのみ課税することができます。従業員が外国に出張して勤務を行った場合には、役務の提供地である外国においても個人所得税の課税対象となります。租税条約では、短期出張者に対する免除規定を設け、一定の条件を満たせば出張者の給与に対する課税が免除されます。

② 脱税や租税回避の防止
多国籍企業によっては、実態がなく租税条約の恩典だけを享受するための株式所有形態をとる場合があります。これを「条約漁り」などと呼ぶこともありますが、その防止のために、条約では一定の条件を満たしたものだけ租税条約の恩典を与える「特典制限条項(LOB)」を設けています。日本の場合は、日米条約、日英条約、日仏条約、日独条約など、9つの国との租税条約で、特典制限条項を定めています。

③ 税務当局間の国際協力
租税条約では、適正な課税を行うために、相互協議、情報交換、徴収共助などの税務当局間の協力を行うための規定が設けられています。

たとえば、相互協議は、外国で条約の規定に適合しない課税を受けた場合に、その外国での救済措置(不服申立て、訴訟など)とは別に、納税者が自国の権限ある当局(日本では財務大臣及びその代理人)に申立てを行い、当局が外国の権限ある当局との間で協議を行う制度です。例としては、移転価格についての相互協議などがあげられます。

情報交換は、適切な課税を行うために、条約締結国間の税務当局同士で租税情報の交換を行うという規定です。近年では、タックス・ヘイブンに金融資産を移動することで課税を回避する事例が目立ってきました。その防止を目的として、日本は、タックス・ヘイブンとの間で情報交換に特化した租税情報交換協定を締結しています(平成29年8月1日現在11の国・地域と締結)。

多数国間租税条約


伝統的に租税条約は上述のように二か国間で締結されてきました。ところが、下記のように、同様の条約を多数の国と締結する必要性が生じてきています。そこで、近年では、多数国で合意できる条約をOECDのような国際機関で作って、それを各国政府が国会で批准し、一定期間後にその国で適用するという「多数国間租税条約」の策定が潮流となっています。

① 税務行政執行共助条約
上述の租税情報交換協定は二か国間で締結するため、すべてのタックス・ヘイブンを網羅するのに時間がかかります。そこで、OECD租税委員会は租税行政執行共助条約を作成し、OECD加盟国だけでなく世界各国にこの条約に参加するよう呼びかけました。現在、96か国の国・地域がこの条約に署名していますが、日本では、平成25年10月1日にこの条約が発効しています。

② BEPS防止措置実施条約
近年、伝統的な二か国間租税条約は悪用され、多くの国際的二重非課税が発生し、世界各国で税収が失われました。そこで、OECD/G20 はBEPSプロジェクトの行動計画15において、租税条約関係の抜け穴を防ぐために、多数国間租税条約である「BEPS防止措置実施条約」を策定しました。日本では、本年平成29年6月7日に署名を行いましたが、日本の納税者に実際に適用されるのは来年以降になる予定です。なお、この条約は、既存の二国間租税条約よりも上位に位置づけられますので、注意が必要です。

以上
 

プロフィール

朝日税理士法人
公認会計士・税理士 山中 一郎


朝日新和会計社(現あずさ監査法人)退職後、現在は朝日税理士法人代表社員および朝日ビジネスソリューション株式会社代表取締役。


国際税務業務、海外進出支援業務の他、株式上場支援業務、組織再編、ベンチャー支援等 の税務・コンサルティングサービスを行っている。


主な著書: 「図解&ケース ASEAN諸国との国際税務」(共著/中央経済社)、「図解 移転価格税制のしくみ 日本の実務と主要9か国の概要」(共著/中央経済社)、「なるほど図解M&Aのしくみ」(共著/中央経済社)、「事業計画策定マニュアル」(共著/PHP) など多数


Webサイト:朝日税理士法人

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