中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第74回

2025年の採用戦略:中小企業が勝ち抜くための5つの鍵

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

1.はじめに

2025年の採用市場は、かつてないほどの変革期を迎えています。少子高齢化による労働力人口の減少、デジタル化の加速、そして働き方の多様化が相まって、企業の採用活動に大きな変化をもたらしています。

特に注目すべきは、大手企業による初任給の大幅引き上げです。三井住友銀行が学部卒・大学院卒ともに30万円に一本化し、ソニーグループやファーストリテイリングも30万円を超える初任給を提示するなど、優秀な人材確保に向けた企業間競争が激化しています。

このような状況は中小企業にとって大きな課題となっています。限られた経営資源の中で、いかに魅力的な採用条件を提示し、必要な人材を確保するか。さらに、初任給の引き上げは既存の中堅社員のモチベーション低下や離職リスクも高めており、慎重かつ戦略的な対応が求められています。

本稿では、この厳しい環境下で中小企業が採用市場で競争力を維持するための5つの戦略を提案します。大手企業との給与競争に巻き込まれることなく、中小企業ならではの強みを活かした採用戦略で持続可能な成長を実現する道筋を探ります。


2.大手企業の動向と中小企業への影響

(1)初任給引き上げの実態

2025年の採用市場では、多くの大手企業が初任給を大幅に引き上げています:

・三井住友銀行:学部卒・大学院卒ともに30万円に一本化(学部卒で4万5,000円増)

・ソニーグループ:大卒31万3,000円、大学院卒34万3,000円(10%以上増加)

・ファーストリテイリング(ユニクロ):33万円(3万円増)

この動きはIT・金融だけでなく、製造業や小売業にも拡大しており、少子高齢化による人材不足と物価上昇への対応が背景にあります。


(2)中堅社員への影響と課題

初任給の大幅な引き上げは、既存の中堅社員に次のような影響をもたらしています:

・モチベーションの低下:新卒と中堅社員の給与格差縮小による不満の高まり

・離職リスクの増加:特に30〜40代の即戦力となる中堅社員の意欲低下と退職リスク

・不公平感の増大:既存社員の待遇改善が後回しになることによる社内の軋轢

・キャリア展望への悪影響:中堅社員の離職増加は、新卒社員の長期的キャリア構築にも影響


(3)中小企業への影響

これらの動向は中小企業に以下のような課題をもたらしています:

・人材獲得競争の激化:給与面で大手企業と競争することがますます困難に

・既存社員の待遇改善圧力:初任給引き上げに伴う給与体系全体の見直し必要性

・採用戦略の再考:給与以外の魅力を前面に出す必要性の高まり

・経営資源の圧迫:人件費上昇による経営への影響

この状況下で中小企業は、単なる初任給の引き上げではなく、自社ならではの強みを活かした独自の採用戦略の構築が不可欠となっています。


3.中小企業が取るべき5つの戦略

(1)独自の魅力の発信

中小企業の強みである「顔の見える関係性」や「意思決定の速さ」を積極的にアピールしましょう。

<具体例>

・経営者との直接対話の機会

・重要プロジェクトへの早期参画

・個々の意見が会社に反映される機会の多さ

<実践方法>

・会社説明会での経営者自身による登壇

・SNSを活用した社内の雰囲気や日常業務の発信

・社員インタビューを通じた成長ストーリーの共有


(2)柔軟な働き方の提供

大企業よりも迅速な意思決定を活かし、柔軟な働き方を提供することでワークライフバランスを重視する人材を惹きつけます。

<具体例>

・フレックスタイム制

・リモートワークの積極導入

・短時間勤務や時短制度の充実

<実践方法>

・クラウドツールやコミュニケーションツールの活用

・成果主義の評価制度への移行

・オフィス環境の改善(フリーアドレス化など)


(3)キャリア成長機会の創出

中小企業ならではの幅広い経験を積める環境をアピールします。

<具体例>

・若手への重要案件の早期任命

・多部門での業務経験機会

・社外研修や資格取得支援

<実践方法>

・定期的なジョブローテーション制度

・社内公募制やFA制度の導入

・メンターシップ制度の確立


(4)総合的な報酬パッケージの設計

給与だけでなく、総合的な待遇を魅力化します。

<具体例>

・業績連動型賞与制度

・充実した福利厚生(住宅補助、健康支援など)

・教育研修費の補助や自己啓発支援

<実践方法>

・従業員ニーズの定期的な調査

・同業他社との待遇比較分析

・段階的なキャリアアップと報酬連動の明確化


(5)デジタル技術の活用

採用活動や人材育成にデジタル技術を積極的に活用し、効率化と魅力向上を図ります。

<具体例>

・AIを活用した適性診断

・VRを用いた職場体験

・オンライン研修の充実

<実践方法>

・HR技術への積極的投資

・デジタル人材の登用や外部パートナーとの連携

・データ分析に基づく採用戦略の最適化

これらの戦略を効果的に組み合わせることで、中小企業は自社の強みを最大限に活かした採用活動を展開できます。


4.具体的な実施ステップ

前述の5つの戦略を効果的に実施するために、以下の3つのステップを踏むことをお勧めします。

(1)現状分析と目標設定

自社の採用状況と課題を客観的に分析し、明確な目標を設定します。

<実施事項>

・過去3年間の採用実績の分析(応募者数、内定承諾率など)

・離職率や社員満足度調査の結果確認

・競合他社との比較分析(給与水準、福利厚生など)

・自社の強みと弱みの洗い出し(SWOT分析)

<目標設定例>

・「3年以内に新卒採用数を20%増加させ、入社3年目までの離職率を5%未満に抑える」


(2)アクションプランの策定

分析結果と目標に基づき、具体的なアクションプランを策定します。

<実施事項>

・各戦略に対する具体的施策の列挙と優先順位付け

・実施スケジュールの作成

・必要リソース(予算、人員、ツール)の明確化

・責任者と担当者の割り当て

<アクションプラン例>

・「6ヶ月以内にリモートワーク制度を導入し、1年以内に全社員の50%が利用できる体制を整える」


(3)実行とフィードバック

計画を着実に実行し、定期的に効果を測定・分析します。

<実施事項>

・月次での進捗確認会議の開催

・四半期ごとの採用指標分析

・半年ごとの社員満足度調査実施

・年次での目標達成度評価と次年度計画への反映

<フィードバック活用例>

・「リモートワーク制度導入後、応募者数が15%増加。一方で、社内コミュニケーションに課題あり。次四半期でオンラインコミュニケーションツールを導入」


これらのステップを通じて、中小企業は自社の特性を活かした効果的な採用戦略を展開し、継続的な改善を図ることができます。市場環境や自社状況の変化に応じて、柔軟に戦略を調整していくことが重要です。


5.まとめ

2025年の採用市場において、中小企業が大手企業との初任給競争に巻き込まれることなく、独自の強みを活かした戦略的な採用活動を展開することが成功への鍵となります。

<中小企業の強みを活かした採用戦略の重要性>

・「顔の見える関係性」や「意思決定の速さ」など、中小企業ならではの魅力を前面に出すことで、単なる給与競争から脱却

・柔軟な働き方やキャリア成長機会の提供による差別化

・総合的な報酬パッケージとデジタル技術活用による、限られたリソースの最大活用

<長期的視点での人材育成の必要性>

・採用はあくまで「入口」であり、入社後の育成と定着がより重要

・キャリアパスの明確化と継続的な教育機会の提供

・社員エンゲージメントを高め、「選ばれる企業」となることで口コミ採用効果も期待

採用市場の変化は今後も加速すると予想されます。定期的に自社の採用戦略を見直し、環境変化に柔軟に対応していくことが重要です。中小企業の経営者の皆様には、本稿で提案した戦略を参考に、自社の特性に合わせた独自の採用戦略を構築・実践されることを期待しています。

人材は企業の最も重要な資産です。厳しい採用環境においても、創意工夫と戦略的思考により必要な人材を確保・育成することが、中小企業の持続的な成長と発展の礎となるでしょう。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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