第7回
そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
日本の労働市場の歴史を振り返ると、「正社員」というラベルが長らく優越的な位置を占めてきたのは間違いありません。正社員は安定した雇用や福利厚生が保証される反面、会社に対して一定の献身が求められる雇用形態でもありました。しかし、この伝統的な雇用の仕組みは、今の時代を生きる労働者の多様なニーズやライフスタイルの変化に対応できているのでしょうか?
多くの人が「正社員」という言葉からイメージするのは、「期間の定めのない雇用契約(無期雇用)」+「フルタイム勤務」で働く人のことです。しかし、その本質は会社のあらゆる指揮命令に対応しなければならない働き方、別の言い方をすれば会社の言われるままに働く「無限定社員」と言えるものです。会社の命令に何でも従うかわりに、終身雇用や年功型の賃金が保証される。このような働き方は、特に大企業を中心に伝統的な雇用形態として広く採用されてきました。しかし、この「無限定社員」制度がもたらす問題点があったことも事実です。長時間労働、転居を伴う転勤、そして家族やプライベートとのバランスの取りに難さは、多くの労働者にとってのストレスや不満の原因となっていました。
そこで、最近では「勤務地(転勤なし)」や「仕事内容(職種転換なし)」、「労働時間(短時間勤務、残業なし)」「休日(週休3日制)」など、労働契約の内容に一定の制約を設ける「限定社員」という制度を導入する企業が増えています。限定社員制度とは、業務の範囲や勤務地、勤務時間などを明確に限定することで、労働者自身のライフスタイルや生活の都合を尊重するものです。例えば、地域に根ざした活動を行いたい、あるいは子育てや介護のために一定の時間しか勤務できないという人々にとって、この限定社員制度は大きなメリットをもたらしています。
ところが、このような新しい雇用形態が普及することによって、新たな問題も生じています。それは、「正社員とは何か?」ということです。たとえば、通常の正社員よりも所定労働時間を短く設定して働く「短時間正社員」という制度を導入している企業があります。しかし、これは本来の「正社員」の定義から考えるとおかしなことです。なぜなら、正社員とは、「無期雇用」+「フルタイム」で働く社員のことだからです。短時間勤務で働く「正社員」というのは、理論上はあり得なかったはずです。このような正社員を認めてしまうと、「無期雇用で働くパート社員」と「短時間正社員」とは、いったい何が違うのかという話になってしまうわけです。
このように考えると、「正社員」という考え方はもはや今の時代には合わなくなっているのだと言わざるを得ません。そもそも「正規」「非正規」という区分そのものがおかしいのです。正規の手続きを経て採用された社員は、すべて「正社員」のはずです。ですから、本来のあるべき社員区分というのは、「無限定社員(これまでの正社員)」か「限定社員(それ以外)」かのいずれかに統一すべきでしょう。そういう意味では、労働者一人ひとりのニーズやライフスタイルに合わせた新しい雇用形態を模索する時代がやってきたと言えるのです。そして、この問題を解決するために私たちが考え出したのが、「パーソナル雇用制度」という新たな仕組みなのです。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
- 第64回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その2)
- 第63回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その1)
- 第62回 女性活躍推進法の改正がもたらす未来と企業への影響
- 第61回 大企業でも導入が進む「パーソナル雇用制度」
- 第60回 最低賃金1500円時代における給与の決め方
- 第59回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その3)
- 第58回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その2)
- 第57回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策
- 第56回 中小企業が注目すべきミドル世代の賃金上昇と転職動向~経験豊富な人材の採用でビジネス成長を加速
- 第55回 中小企業が賃金制度を考えるときに知っておきたい基本ポイント
- 第54回 2024年10月からの社会保険適用拡大、対応はお済みですか?
- 第53回 企業と競業避止契約の今後を考える
- 第52回 令和7年度 賃上げ支援助成金パッケージ:企業の成長と持続的な労働環境改善に向けて
- 第51回 解雇の金銭解決制度とその可能性 〜自民党総裁選における重要テーマ〜
- 第50回 令和7年度予算概算要求:中小企業経営者が注目すべき重要ポイントと支援策
- 第49回 給与のデジタル払いの導入とその背景
- 第48回 最低賃金改定にあたって注意すべきこと
- 第47回 最低賃金50円アップ時代に中小企業がやるべきこと
- 第46回 本当は怖い労働基準監督署の調査その4
- 第45回 本当は怖い労働基準監督署の調査(その3)
- 第44回 本当は怖い労働基準監督署の調査 その2
- 第43回 本当は怖い労働基準監督署の調査
- 第42回 初任給横並びをやめたパナソニックHD子会社の狙い
- 第41回 高齢化社会と労働力不足への対応:エイジフレンドリー補助金の活用
- 第40回 助成金を活用して人事評価制度を整備する方法
- 第39回 採用定着戦略サミット2024を終えて
- 第38回 2025年の年金制度改革が中小企業の経営に与える影響
- 第37回 クリエイティブな働き方の落とし穴:裁量労働制を徹底解説
- 第36回 昭和世代のオジサンとZ世代の若者
- 第35回 時代に合わせた雇用制度の見直し: 転勤と定年の新基準
- 第34回 合意なき配置転換は「違法」:最高裁が問い直す労働契約の本質
- 第33回 経営課題は「現在」「3 年後」「5 年後」のすべてで「人材の強化」が最多
- 第32回 退職代行サービスの増加と入社後すぐ辞める若手社員への対応
- 第31回 中小企業の新たな人材活用戦略:フリーランスの活用と法律対応
- 第30回 「ホワイト」から「プラチナ」へ:働き方改革の未来像
- 第29回 初任給高騰時代に企業が目指すべき人材投資戦略
- 第28回 心理的安全性の力:優秀な人材を定着させる中小企業の秘訣
- 第27回 賃上げラッシュに中小企業はどのように対応すべきか?
- 第26回 若者の間で「あえて非正規」が拡大。その解決策は?
- 第25回 「年収の壁」支援強化パッケージって何?
- 第24回 4月からの法改正によって労務管理はどう変わる?
- 第23回 4月からの法改正によって募集・採用はどう変わる?
- 第22回 人材の確保・定着に活用できる助成金その7
- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
- 第10回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(後編)
- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
- 第4回 中小企業の採用は「働きやすさ」で勝負する時代
- 第3回 プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
- 第2回 パーソナル雇用制度とは? 未来を切り開く働き方の提案
- 第1回 「労働供給制約社会」がやってくる!