第13回
企業と労働市場の変化の中で
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
新型コロナウイルス感染症等の影響による生活様式の変化など、働く人の働き方に対する意識等が個別・多様化している背景を踏まえ、働き方や職業キャリアに関するニーズ等を把握しつつ、新しい時代を見据えた労働基準関係法制度の課題を整理することを目的として、厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」(座長:今野浩一郎学習院大学名誉教授・学習院さくらアカデミー長)において検討が行われてきたところですが、先日、研究会の報告書がとりまとめられました。以下、概要を整理してみました。
企業環境は、経済のグローバル化、急速なデジタル化、そして国際政治の不安定化により大きく変化しています。特にWeb3.0や生成AIの進化は新たなビジネスモデルを生み出し、市場や競争環境を劇的に変えています。これらの技術革新は事業活動に大きな恩恵をもたらしつつも、市場の不確実性を高めています。
一方で、労働市場も大きく変化しています。日本では人口減少と少子高齢化が進行し、労働力人口の減少が顕著です。新型コロナウイルスの影響で一時的に緩和された人手不足も、再び深刻化しています。加えて、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により、労働需要も変化しており、企業は人材戦略を見直す必要に迫られています。
職業人生の長期化と複線化に伴い、働く人の意識も変化しています。仕事に対する価値観や生活スタイルが多様化し、働く「場所」「時間」「就業形態」の選択肢を求める人が増えています。リモートワークの普及は、働く場所を選ぶ自由を広げ、プラットフォームワーカーの増加を促しています。
これらの変化は、従来の「正規雇用」「非正規雇用」にとどまらず、フリーランスを含む働く人全体に影響を及ぼしています。企業は、長期的な視点で優れた人材を確保し活用することの重要性を再認識しています。今後は「柔軟な発想で新しい考えを生み出す能力」を重視する方向へと進むでしょう。企業は、長期雇用や企業内キャリア形成に重きを置きつつ、労働者の能力や成果を評価し、処遇や人材配置に反映させる仕組みを取り入れています。
個人と組織の関係性も変化しています。企業は、全ての働く人が希望に沿った働き方を選択し、能力を発揮できる環境を提供する必要があります。労働者は、自発的に働き方とキャリアを選択し、企業に対して成果を上げることが求められます。これには、労使間のコミュニケーションが重要で、多様なチャネルを通じて労使コミュニケーションを図ることが不可欠です。
労働市場の変化を反映して、企業は雇用管理・労務管理の課題に対応を迫られています。これには、集団・個別双方の労使コミュニケーションを行いながら、雇用管理・労務管理を実施することが含まれます。企業は、全社員リモートワークの導入、オフィスワークの再評価、社内労働市場の流動化など、様々なアプローチを採用しています。また、健康管理や職場環境の改善にも力を入れ、社員とのコミュニケーションを踏まえて改善を図っています。
このように、経済社会の変化と技術革新、働く人のニーズの変化は、企業に新たな雇用管理・労務管理のアプローチを求めています。労働基準法制も、これらの変化を反映した形での見直しが必要です。働き方の多様化と雇用管理・労務管理の変化を踏まえ、法制度のあり方についても考え直す時が来ているのです。
新しい時代に即した労働基準法制の方向性としては、変わらない考え方の堅持、労働者の健康確保、選択・希望の反映が可能な制度への移行が重要です。
変わらない考え方の堅持: 労働基準法において、労働条件は労働者の生活を支える最低基準であり、不当な労働条件や長時間労働による健康上の問題を防ぐ労働保護の精神は、新しい時代でも変わらず重要です。
<労働者の健康確保>
労働者の健康は、あらゆる働き方において重要で、企業は労働者の健康を確保する責務を持ちます。法定の労働時間や健康診断、ストレスチェック制度などは、健康確保のための重要な手段です。リモートワークなど多様化する働き方においても、労働者の健康に関するリスクを把握し対応することが求められています。
<選択・希望の反映が可能な制度へ>
労働者の個別・多様化する働き方やキャリア形成の希望を反映させる制度への移行が必要です。これには、労働者とのコミュニケーションを通じて労働時間制度を柔軟にすることなどが含まれます。リモートワークや副業・兼業が増える中、労働基準法制の適用手法も変化が必要です。
<シンプルでわかりやすく実効的な制度>
労働基準法制は、累次の改正により複雑化している面があります。労使双方が内容を理解し受容するためには、制度が明確かつ実効性を持つ必要があります。
<基本的概念の確認>
労働基準法の基本的概念「労働者」「事業」「事業場」について、現代の経済社会の変化に応じてその在り方を考え直す必要があります。
従来の働き方をする人への配慮: 新しい制度を構築する際は、従来の働き方が馴染む労働者が不利にならないように検討することが重要です。
労働基準法制の見直しでは、労使間の情報や交渉力の格差を踏まえ、対等な労使コミュニケーションが行われることを基盤に、労使が選択し希望を反映できる制度の構築が求められます。企業における労使コミュニケーションの実効性や多様性を重視し、個々の労働者の声を聞き、それを労働条件の決定に反映させることが重要になります。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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