中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第43回

本当は怖い労働基準監督署の調査

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

経営者の皆さん、労働基準監督署(労基署)についてどれほどご存じでしょうか?労基署は労働基準法、労災保険法、労働安全衛生法、労働保険徴収法など、数々の労働関連法律に基づき、労働条件の確保・改善、安全衛生の指導、労災保険の給付といった業務を行う重要な機関です。各都道府県の労働局が管轄しており、労働局には労働基準部、職業安定部、労働保険徴収部が存在し、労基署と公共職業安定所(ハローワーク)を管理しています。

労基署は、多くの企業にとって労働保険料の申告書の提出や保険料の納付、労災保険の給付手続きなどで関わりがあるはずです。しかし、それだけではなく、解雇や賃金不払い、労災保険、職場の安全衛生や健康管理に関する相談にも対応しています。つまり、労基署は会社が労働関係の法律を守っているかどうかを監視する役所なのです。

<税務署と労基署の違い>

経営者の方々にとって、税務署の調査は比較的なじみ深いかもしれません。税務署の調査で不適切な経理処理が指摘されると、多額の税金や追徴金を支払わなければならないという恐怖があります。そのため、多くの経営者は税務調査が入る前に顧問税理士と打ち合わせをし、万全の対策を講じるものです。

一方で、労働基準監督署の調査についてはどうでしょうか?税務調査ほど重要視されていないか、そもそも労基署の調査があることすら知らない経営者も多いのではないでしょうか。仮に調査が入るとわかっても、「総務部長に任せておけばよい」と軽く考えている経営者もいるかもしれません。しかし、その考え方は今すぐ改めるべきです。なぜなら、労基署の調査で対応を誤ると、会社や経営者自身が書類送検されるリスクがあるからです。

<書類送検とは何か>

書類送検とは、犯罪の疑いのある人の事件記録や捜査資料を検察官に送る手続きです。逮捕とは異なり、身体の拘束はありませんが、検察官が起訴・不起訴を判断します。起訴されると、ほとんどの事件で有罪判決を受ける可能性が高いのです。書類送検されただけでは前科はつきませんが、起訴され有罪判決が確定すると前科となります。

重要なポイントは、起訴されるのは会社だけではないということです。経営者や管理者も会社と共に書類送検される可能性が高いのです。労基署の調査で違反が見つかれば、会社全体に影響を及ぼすことになります。

<労基署の調査が企業に与える影響>

労基署の調査が企業に与える影響は非常に大きいです。以下にその具体例を挙げてみましょう。

◆金銭的影響

未払賃金の請求期間が延長されることがあります。民法改正により、2020年4月1日以降の未払い賃金に対しての請求期間の時効が従来の2年から5年に延長されました。ただし、経営への影響も勘案して、労基法の特別規定で当面の間は3年とされています。また、労災事故による多額の示談金や損害賠償金の支払いが発生する可能性もあります。被災労働者やその遺族との示談金や民事訴訟を提起された場合の解決金・損害賠償金が多額になるケースもあり、死亡事故の場合には逸失利益が1億円を超えることもあります。

◆社内への影響

労基署の調査が入ると、現場への強制捜査や会計事務所等の立ち入り、書類の押収などが行われます。被疑者や参考人として労基署へ呼び出され、供述調書を取られることもあります。これにより、社内のモラルやモチベーションが低下し、労働生産性の減少や退職社員の増加にもつながるリスクがあります。

◆対外信用力への影響

労基署の調査結果が公表されると、企業イメージや信用力が大きく損なわれます。厚生労働省は従来から送検事案のみを公表していましたが、2015年からは全国展開規模の企業での違法な長時間労働に対して是正勧告段階での公表も行っています。新聞やテレビなどのマスコミ報道により、企業イメージが失墜し、取引停止や売上高の減少といった事業への影響も避けられません。特に、受注業(建設業など)では入札対象業者から外されることがあり、運送業ではドライバー不足による荷主からの発注が受けられなくなることもあります。メーカーでは、消費者マインドの冷え込みで自社製品の売り上げが減少する可能性もあり、ケースによっては不買運動に発展することもあります。

<経営者が取るべき対策>

ここまでお読みいただき、労働基準監督署の調査というのは決して侮れないことがお分かりいただけたと思います。では、経営者はどのような対策を取るべきなのでしょうか?

まず、労働関係の法律を遵守することが基本です。労働条件や賃金、安全衛生に関する規定をしっかりと守り、従業員の権利を尊重することが重要です。また、労働基準監督署との連携を密にし、問題が発生した場合には迅速に対応する姿勢を持つことが求められます。

さらに、社内の教育や研修を強化し、従業員が法律を正しく理解し、適切に対応できるようにすることも重要です。特に、総務部門や人事部門には労働基準法や労災保険法などの専門知識を持つスタッフを配置し、日常業務においても適切な対応ができるようにしておくことが望まれます。

最後に、労働基準監督署の調査が入る前に、定期的に社内の労働環境や労働条件をチェックし、問題があれば速やかに改善することが大切です。これにより、労基署の調査に対するリスクを最小限に抑えることができます。

<結論>

労働基準監督署の調査は、企業経営にとって非常に重要な問題です。適切な対応を怠ると、企業や経営者個人に対するリスクが大きくなります。税務署の調査と同様に、労基署の調査にも十分な注意を払い、法令遵守を徹底することが経営者に求められます。労働基準監督署の調査を軽視せず、企業全体でしっかりと対策を講じることで、健全な労働環境を維持し、企業の信頼を守ることができるのです。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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