第71回
法改正に対応!中小企業が知っておくべきカスタマーハラスメント対策のポイント
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
1. はじめに
近年、顧客からの迷惑行為、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が深刻な社会問題として認識されています。度重なるクレーム、暴言、脅迫的な言動は、従業員の精神的な負担を増大させるだけでなく、企業の生産性低下、ひいては社会全体の活力低下にもつながりかねません。
こうした状況を受け、企業におけるカスハラ対策の重要性が高まる中、政府は労働施策総合推進法の改正を通じて、企業にカスハラ対策を義務付ける方針を決定しました。この法改正は、単なる企業のコンプライアンス対応に留まらず、従業員の尊厳を守り、健全な職場環境を構築するための重要な一歩となります。
本コラムでは、この法改正の概要とその意義、そして企業が具体的にどのような対策を講じるべきかについて、詳しく解説していきます。法改正の背景にある社会的課題を理解し、適切な対策を講じることで、企業は従業員が安心して働ける環境を実現し、持続可能な成長を達成することができるでしょう。
2. 労働施策総合推進法改正の要点
今回の労働施策総合推進法改正におけるカスハラ対策の義務化は、企業が従業員をカスハラから守るための具体的な行動を促すものです。以下に、その要点をまとめます。
<カスハラ対策義務化の内容>
改正法では、企業はカスハラ対策として、以下の措置を講じることが義務付けられます。
◆事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
企業としてカスハラを許容しない明確な方針を打ち出し、社内外に周知徹底する必要があります。
◆相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
カスハラに関する相談窓口を設置し、従業員が安心して相談できる体制を構築することが求められます。
◆カスハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
カスハラが発生した場合、迅速かつ適切に対応し、被害を受けた従業員の保護、行為者への措置などを講じる必要があります。
<企業に求められる具体的な対策>
上記の義務化に対応するため、企業は以下の具体的な対策を検討・実施する必要があります。
◆カスハラに関する定義の明確化
どのような行為がカスハラに該当するかを具体的に定義し、従業員に周知する。
◆カスハラ発生時の対応フローの策定
発生時の対応手順や役割分担を明確化し、従業員が適切に行動できるようにする。
◆従業員研修の実施
カスハラの知識や対応方法に関する研修を実施し、従業員の意識向上を図る。
◆外部専門機関との連携
弁護士やカウンセラーなど、専門家との連携体制を構築し、必要に応じて支援を受けられるようにする。
<違反時の措置と罰則>
現時点では、法改正の詳細が確定していないため、違反時の具体的な措置や罰則については明確ではありません。しかし、労働関連法規の一般的な傾向として、以下の措置が考えられます。
◆是正指導
行政機関からの是正指導を受け、改善計画の提出や実施を求められる可能性があります。
◆企業名の公表
是正指導に従わない場合、企業名が公表される可能性があります。
◆罰金
法令違反の内容によっては、罰金が科される可能性があります。
<関連法との連携>
今回のカスハラ対策義務化は、労働施策総合推進法だけでなく、男女雇用機会均等法や女性活躍推進法とも密接に関連しています。これらの法律と連携することで、より包括的かつ効果的なハラスメント対策を講じることが可能になります。
<男女雇用機会均等法との関連(セクハラ対策の強化)>
男女雇用機会均等法は、職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)を防止するための措置を企業に義務付けています。今回の法改正では、特に求職者へのセクハラ防止措置義務が新設される予定です。
カスハラの中には、セクハラに該当する行為も含まれる可能性があります。顧客からの性的な嫌がらせや不適切な発言は、従業員の尊厳を傷つけ、働く意欲を奪う行為です。企業は、男女雇用機会均等法に基づくセクハラ対策と連携し、カスハラ対策においても性的なハラスメントを防止するための措置を講じる必要があります。
<女性活躍推進法の延長と拡充>
女性活躍推進法は、女性がその能力を十分に発揮できる社会の実現を目指し、企業の女性活躍に関する取り組みを促進する法律です。今回の改正では、女性活躍推進法の期限が10年間延長され、情報公表義務の対象企業が拡大されます。具体的には、従業員101人以上の企業に対して、男女間賃金格差と女性管理職比率の公表が義務付けられます。
カスハラは、特に女性従業員が被害に遭いやすい傾向があります。顧客からの性差別的な発言や嫌がらせは、女性従業員のキャリア形成を阻害する要因となり得ます。企業は、女性活躍推進法に基づく女性活躍推進の取り組みと連携し、カスハラ対策を通じて女性従業員が安心して働ける環境を整備する必要があります。
<関連法との連携による相乗効果>
これらの関連法と連携することで、企業は以下のような相乗効果を期待できます。
◆包括的なハラスメント対策の実現
セクハラ、パワハラ、カスハラなど、あらゆるハラスメントを包括的に防止するための体制を構築できます。
◆従業員の意識向上
関連法に関する研修や啓発活動を通じて、従業員のハラスメントに対する意識を高めることができます。
◆企業イメージの向上
ハラスメント対策に積極的に取り組む姿勢を示すことで、企業イメージを向上させることができます。
4. 企業に求められる具体的な対応
カスハラ対策の義務化に対応するため、企業は以下の具体的な対応策を講じる必要があります。これらの対策は、単に法規制を遵守するだけでなく、従業員が安心して働ける環境を整備し、企業の持続的な成長を支えるための重要な投資となります。
<相談窓口の設置と対応体制の整備>
カスハラに関する相談窓口を設置し、従業員が安心して相談できる体制を構築することが不可欠です。
◆相談窓口の設置
社内または外部に相談窓口を設置し、従業員が気軽に相談できる環境を整えます。
◆相談担当者の育成
相談担当者を育成し、適切な対応ができるように研修を実施します。
◆プライバシー保護
相談者のプライバシーを保護し、不利益な扱いを受けないように配慮します。
◆相談しやすい雰囲気づくり
相談しやすい雰囲気づくりを心がけ、従業員が安心して相談できる環境を整備します。
<従業員研修の実施方法>
カスハラに関する知識や対応方法に関する研修を実施し、従業員の意識向上を図ることが重要です。
◆研修内容の検討
カスハラの定義、対応方法、関連法規など、研修内容を検討します。
◆研修方法の選択
集合研修、eラーニング、OJTなど、適切な研修方法を選択します。
◆研修講師の選定
専門家や経験豊富な講師を選定し、質の高い研修を実施します。
◆研修効果の測定
研修効果を測定し、改善点を見つけ出します。
<対応マニュアルの策定ポイント>
カスハラ発生時の対応手順や役割分担を明確化し、従業員が適切に行動できるようにするための対応マニュアルを策定します。
◆対応フローの明確化
カスハラ発生時の対応フローを明確化し、従業員が迷わずに行動できるようにします。
◆役割分担の明確化
役割分担を明確化し、責任の所在を明らかにします。
◆記録の重要性
カスハラの状況や対応内容を記録し、証拠として残します。
◆法的アドバイスの活用
必要に応じて弁護士などの専門家から法的アドバイスを受け、適切な対応を行います。
5. カスハラ対策がもたらす効果
適切なカスハラ対策を講じることは、単に法令遵守のためだけではなく、企業にとって多くの利点をもたらします。以下に、カスハラ対策がもたらす主な効果について説明します。
<従業員の心理的安全性の向上>
安心して働ける環境: カスハラ対策により、従業員は顧客からの不当な言動に対して組織的な保護を受けられるという安心感を得られます。
◆ストレス軽減
適切な対応体制が整備されることで、カスハラに遭遇した際のストレスや不安が軽減されます。
◆モチベーション向上
会社が従業員を守る姿勢を示すことで、従業員の会社に対する信頼感が高まり、モチベーションの向上につながります。
<企業イメージの改善>
◆社会的評価の向上
カスハラ対策に積極的に取り組む姿勢は、企業の社会的責任(CSR)を果たす取り組みとして評価されます。
◆採用活動への好影響
従業員を大切にする企業として認知されることで、優秀な人材の獲得につながります。
◆顧客からの信頼向上
カスハラに毅然とした態度で対応する企業姿勢は、顧客からの信頼向上にもつながります。
<生産性向上への期待>
◆業務効率の改善
カスハラによる業務の中断や混乱が減少し、業務効率が向上します。
◆離職率の低下
カスハラが原因で離職する従業員が減少し、人材の定着率が向上します。
◆創造性の促進
心理的安全性が確保された環境では、従業員の創造性が発揮されやすくなります。
<組織文化の改善>
◆コミュニケーションの活性化
カスハラ対策を通じて、従業員間のコミュニケーションが活性化されます。
◆相互理解の促進
カスハラに関する研修や対策を通じて、従業員間の相互理解が深まります。
◆ダイバーシティ&インクルージョンの推進
カスハラ対策は、多様性を尊重し、包摂的な職場環境づくりにつながります。
カスハラ対策は、単なるリスク管理ではなく、企業の持続的な成長と競争力強化につながる重要な経営戦略の一つと言えるでしょう。これらの効果を最大限に引き出すためには、経営層のコミットメントと、全社を挙げての継続的な取り組みが不可欠です。
6. まとめ
カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化は、働く人々の尊厳を守り、健全な職場環境を実現するための重要な一歩です。本コラムでは、労働施策総合推進法の改正を中心に、カスハラ対策の重要性と具体的な対応策について詳しく見てきました。
カスハラ対策の義務化により、企業には以下のような取り組みが求められます:
・明確な方針の策定と周知
・相談窓口の設置と対応体制の整備
・従業員研修の実施
・対応マニュアルの策定
これらの対策を適切に実施することで、従業員の心理的安全性の向上、企業イメージの改善、生産性の向上など、多くの効果が期待できます。
一方で、中小企業における対応の難しさ、デジタル化時代における新たな形態のカスハラ、社会全体での意識改革の必要性など、今後取り組むべき課題も多く存在します。
カスハラ対策は、単に法令遵守のためだけでなく、企業の持続的な成長と競争力強化につながる重要な経営戦略の一つです。経営者や人事労務担当者は、この問題の重要性を十分に認識し、積極的に取り組む必要があります。
同時に、カスハラ問題の解決には、企業の努力だけでなく、顧客を含む社会全体の意識改革が不可欠です。互いの立場を尊重し、思いやりのある社会を築くことが、カスハラのない健全な職場環境につながります。
企業と従業員が協力して取り組むことで、誰もが安心して働ける社会の実現に近づくことができるでしょう。カスハラ対策は、私たち一人ひとりの意識と行動から始まります。この機会に、自分の言動を見直し、より良い職場環境づくりに貢献していきましょう。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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