第70回
中小企業経営者のための「賃上げ支援助成金パッケージ活用術」
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
はじめに:賃上げは「コスト」ではなく「投資」
「賃上げはコスト増だから、うちの会社では難しい…」
多くの経営者がそう考えているかもしれません。しかし、それは短絡的な視点です。
確かに、賃上げは一時的に人件費の増加に繋がります。しかし、長期的に見ると、賃上げは従業員のモチベーション向上、定着率アップ、優秀な人材の獲得に繋がり、結果的に企業の生産性向上、業績アップに貢献します。特に中小企業にとって、人材は最大の経営資源です。
少子高齢化が進む日本では、人材不足が深刻化しており、優秀な人材の確保・定着は中小企業にとって喫緊の課題です。このような状況下で、賃上げは人材戦略の重要な柱となります。
賃上げを行うことで、従業員は会社への貢献を実感し、より意欲的に働くことができます。
また、魅力的な賃金水準は、優秀な人材を引きつけ、定着率を高める効果も期待できます。
つまり、賃上げは「コスト」ではなく「未来への投資」なのです。
政府は、中小企業の賃上げを後押しするため、「賃上げ支援助成金パッケージ」を創設しました。このパッケージには、様々な種類の助成金が含まれており、中小企業は自社の状況に合わせて活用することができます。
本コラムでは、「賃上げ支援助成金パッケージ」の概要や活用方法、賃上げ後の更なる成長戦略について解説します。本コラムを読まれた皆様が、賃上げを前向きに捉え、人材を大切にする企業文化を築くことで、持続可能な企業経営に繋がることを願っています。
なぜ今、賃上げが必要なのか?~日本経済の現状と中小企業の役割~
1. 厳しい経営環境:物価高と人手不足
近年、日本経済は厳しい状況に置かれています。長引く物価高は、企業の収益を圧迫し、従業員の生活を苦しくしています。また、少子高齢化による人手不足は深刻化の一途を辿り、多くの企業が人材確保に苦労しています。特に中小企業は、大企業に比べて経営資源が限られているため、これらの課題に苦戦しています。
2. 賃上げは従業員の生活を守り、意欲を高める
このような状況下で、賃上げは従業員の生活を守る上で不可欠です。物価高によって実質賃金が低下している状況では、従業員の生活は苦しくなるばかりです。賃上げを行うことで、従業員は安心して働くことができ、会社へのロイヤリティーや貢献意欲も高まります。
3. 賃上げは優秀な人材を引きつけ、定着率を高める
人手不足が深刻化する現代において、優秀な人材の確保・定着は企業にとって最重要課題です。魅力的な賃金水準は、優秀な人材を引きつける上で大きな力となります。また、賃上げを行うことで、従業員の会社への愛着や帰属意識が高まり、定着率向上にも繋がります。
4. 賃上げは地域経済を活性化し、日本経済全体の成長に繋がる
賃上げは、従業員の消費を刺激し、地域経済を活性化する効果も期待できます。また、地域経済の活性化は、ひいては日本経済全体の成長に繋がります。中小企業は、地域経済の担い手として、賃上げを通じて地域を元気にする役割を担っています。
5. 中小企業こそ、賃上げを通じて成長を目指すべき
「うちの会社は中小企業だから、賃上げなんて無理だ…」
そう考えている経営者もいるかもしれません。しかし、中小企業こそ、賃上げを通じて成長を目指すべきです。賃上げは、人材を大切にする企業文化を築き、企業の持続的な成長を可能にします。政府は、中小企業の賃上げを後押しするため、「賃上げ支援助成金パッケージ」を創設しました。この制度を活用することで、中小企業は賃上げの負担を軽減し、人材確保・育成に力を入れることができます。
賃上げ支援助成金パッケージとは?
賃上げ支援助成金パッケージは、政府が中小企業の賃上げを支援するために創設した制度です。このパッケージには、以下の8つの助成金が含まれています。
(1)業務改善助成金:生産性向上に資する設備投資等を行った事業主に対して、設備等の導入費やコンサルタント費用の一部を助成する制度です。
(2)働き方改革推進支援助成金:働き方改革(時間外労働の削減、年次有給休暇の取得促進など)に取り組む事業主に対して、コンサルタント費用や研修費用の一部を助成する制度です。
(3)人材開発支援助成金:従業員の能力開発(研修、教育訓練など)を行う事業主に対して、費用の一部を助成する制度です。
(4)人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース):雇用管理制度(賃金制度、人事評価制度など)の整備や雇用環境の改善を行う事業主に対して、費用の一部を助成する制度です。
(5)キャリアアップ助成金(正社員化コース・賃金規定等改定コース):非正規雇用労働者の正社員化や賃金規定の改定を行う事業主に対して、費用の一部を助成する制度です。
(6)早期再就職支援等助成金(雇い入れ支援コース・中途採用拡大コース):離職者の早期再就職支援や中途採用の拡大を行う事業主に対して、費用の一部を助成する制度です。
(7)特定求職者雇用開発助成金(成長分野等人材確保・育成コース):成長分野等において、特定の求職者(高齢者、障害者など)を雇用する事業主に対して、費用の一部を助成する制度です。
(8)産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース):企業が従業員のスキルアップを支援する取り組みに対して、費用の一部を助成する制度です。
これらの助成金の注目ポイントは、賃上げだけでなく、人材育成や生産性向上など、企業の成長を総合的に支援する内容となっている点です。例えば、業務改善助成金は、生産性向上に資する設備投資を行う際に、その費用の一部を助成する制度です。
この制度を活用することで、企業は設備投資を行いながら、従業員の賃上げも同時に行うことができます。また、人材開発支援助成金は、従業員の能力開発を支援する制度です。この制度を活用することで、企業は従業員のスキルアップを図りながら、賃上げも行うことができます。
自社に合った助成金を見つける!~タイプ別診断と活用事例~
「賃上げ支援助成金パッケージには色々な種類の助成金があるけど、うちの会社にはどれが合うのか分からない…」そう思われた方もいるかもしれません。ここでは、中小企業のタイプ別にお勧めの助成金と活用事例を紹介します。
1. 人手不足に悩む企業
<人材確保等支援助成金>
魅力的な賃金制度を導入し、求職者の応募を増やす。
従業員のスキルアップやキャリアアップを支援し、定着率を高める。
<キャリアアップ助成金>
非正規雇用労働者を正社員化し、従業員のモチベーションを高める。
賃金規定を改定し、非正規雇用労働者の待遇を改善する。
2. 生産性向上を目指す企業
<業務改善助成金>
生産性向上に資する設備投資を行い、業務効率化を図る。
設備投資と合わせて賃上げを行い、従業員のモチベーションを高める。
<働き方改革推進支援助成金>
時間外労働の削減や年次有給休暇の取得促進など、働き方改革に取り組む。
働き方改革と合わせて賃上げを行い、従業員の満足度を高める。
3. 人材育成に力を入れたい企業
人材開発支援助成金:
従業員のスキルアップやキャリアアップに繋がる研修や教育訓練を実施する。
研修・教育訓練と合わせて賃上げを行い、従業員の成長を後押しする。
4. 複数の助成金を組み合わせる
複数の助成金を組み合わせることで、より効果的な活用が可能です。
例えば、業務改善助成金で設備投資を行いながら、人材開発支援助成金で従業員のスキルアップを図ることができます。また、キャリアアップ助成金で非正規雇用労働者を正社員化し、人材確保等支援助成金で魅力的な賃金制度を導入することもできます。
ただし、助成金の活用は専門的な知識や手続きが必要となる場合があります。必要に応じて、社会保険労務士などの専門家に相談することも検討しましょう。
終わりに:未来への投資で、持続可能な企業経営を
本コラムでは、賃上げの必要性、賃上げ支援助成金パッケージの活用方法について解説しました。賃上げは、短期的なコスト増ではなく、長期的な視点に立った未来への投資です。賃上げ支援助成金パッケージを賢く活用し、人材を大切にする企業文化を築くことが、持続可能な企業経営に繋がります。賃上げや人材育成、働き方改革を通じて、従業員と共に成長し、地域社会に貢献できる企業を目指しましょう。
本コラムが、中小企業の経営者の皆様にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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