第58回
顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その2)
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
<企業が取るべきカスハラ対策>
カスハラの問題を解決するためには、企業が積極的に対策を講じることが必要です。カスハラは従業員個人の問題ではなく、企業全体で組織的に対応すべき課題であり、以下のような取り組みが効果的です。
1. マニュアルの作成と周知
カスハラ対応の第一歩は、明確なガイドラインやマニュアルの作成です。これには、カスハラの定義や典型的な事例、正当なクレームとの区別、そして現場でとるべき対応方法が含まれます。マニュアルには、特定の状況に応じた具体的な対応例を示し、従業員がどのように行動すべきかを明確にしておくと良いでしょう。また、現場で使いやすいように、Q&A形式や会話例を盛り込むなど、実用的な内容に仕上げることが大切です。
マニュアルは作成して終わりではなく、定期的に見直しを行い、カスハラの新しい事例や対策を反映させることも重要です。さらに、全従業員にマニュアルの内容を徹底周知し、共通の理解を持たせることで、組織として一貫性のある対応が可能になります。
2. 従業員への研修の実施
カスハラに対する適切な対応を身につけるために、研修は欠かせません。特に、初めて接客業に従事する従業員や、新たなマニュアルが導入された際には、研修を通じて具体的な対応方法を学ばせる必要があります。研修では、座学だけでなく、実際のケーススタディやロールプレイングを取り入れ、従業員がカスハラの現場で冷静に対応できるように訓練します。
例えば、どのような発言や行為がカスハラに該当するのか、正当なクレームとの違いを理解するだけでなく、カスハラ客に対する効果的な対処法についても学びます。また、緊急時に取るべき行動や、責任者への報告手順などを確認しておくことで、従業員が一人で問題を抱え込むことを防ぎます。
3. 相談窓口の設置と社内の支援体制の強化
カスハラの問題に直面したとき、従業員が気軽に相談できる窓口の設置も重要です。相談窓口は、従業員が安心して働ける環境を提供するためのサポート体制の一環であり、早期発見と早期解決を可能にします。従業員がカスハラに遭遇した場合、ただ一人で対応するのではなく、組織としてサポートを提供することが求められます。
また、窓口に寄せられた相談内容は、企業全体のカスハラ対策の見直しや改善に役立てることができます。例えば、特定の時間帯や状況でカスハラが頻発する場合、その時間帯に特化した対策を検討したり、現場の勤務体制を見直すきっかけになるかもしれません。
4. 責任者への情報共有と全社的な対応
カスハラは現場の従業員が対応しきれない場合も多いため、上位者や責任者への適切な情報共有が欠かせません。現場の対応者が直面した状況を正確に報告し、責任者が迅速かつ的確に判断できるようにすることで、問題の拡大を防ぎます。
また、カスハラに対する組織的な方針を明確にし、全社的に取り組む姿勢を示すことが大切です。経営層が率先してカスハラ対策を推進することで、従業員が安心して働ける環境が整い、企業の信頼性向上にもつながります。
企業がこれらの対策を講じることで、カスハラに対する組織全体の抵抗力を高め、従業員が心身ともに安心して働ける職場環境を実現することが可能となります。
<法的対応とカスハラ防止の義務>
企業がカスハラに適切に対応するためには、法的な側面も理解しておく必要があります。日本の法律は、従業員をカスハラから守るために、いくつかの規定を設けています。ここでは、企業の法的義務とカスハラが違法となる場合について説明します。
1. 労働契約法と安全配慮義務
労働契約法第5条では、使用者(企業)に対して「安全配慮義務」を課しています。これは、従業員が安全で健康に働ける環境を提供する義務を意味し、カスハラを防止することもこの義務の一環とされています。企業がこの義務を怠り、従業員がカスハラによって心身の健康を害した場合、企業は損害賠償責任を問われる可能性があります。
過去には、カスハラ被害を受けた従業員が企業に対して損害賠償を請求し、企業の安全配慮義務違反が認められた事例もあります。これらの事例は、企業が従業員の安全を確保するための適切な対策を講じる必要性を示しています。
2. 労働施策総合推進法によるパワハラ防止義務
2020年に施行された労働施策総合推進法では、企業にパワーハラスメント(パワハラ)防止の義務が課されており、この中には「顧客等からの著しい迷惑行為」も含まれます。厚生労働省のガイドラインは、企業がカスハラに対しても同様の対策を講じるべきことを示しており、例えば、カスハラに関する相談窓口の設置や、従業員のメンタルヘルスに対するサポート体制の整備が求められます。
企業がカスハラ問題を放置し、適切な対策を講じなかった場合、それはパワハラ防止義務の違反と見なされる可能性があり、行政指導や罰則の対象となることも考えられます。
3. カスハラが違法となるケース
カスハラは、その態様によっては犯罪行為として刑事責任を問われる場合もあります。たとえば、暴力や脅迫、強要といった行為が含まれる場合は、それぞれ傷害罪や脅迫罪、強要罪といった刑法に基づく処罰の対象となります。さらに、名誉毀損や侮辱と見なされる行為についても、民事や刑事の責任が問われる可能性があります。
カスハラが法的に違法と認められるためには、「要求内容が妥当性を欠くこと」「要求を実現するための手段や態様が社会通念上不相当であること」という2つの要件が考慮されます。企業は、これらの基準を理解し、カスハラに該当する行為に対しては毅然とした態度をとる必要があります。
4. 厚生労働省のガイドラインとカスハラ対策
2022年に厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラの具体的な定義や対策について詳述されています。このガイドラインは、企業がカスハラ問題に取り組むための指針として、従業員の保護と企業のリスク管理に役立ちます。
ガイドラインの中で強調されているのは、事前の準備と従業員教育の重要性です。カスハラが発生する前に、企業としての基本方針を策定し、従業員にその内容を理解させることが推奨されています。また、実際にカスハラが発生した場合の対応マニュアルや、再発防止策を整備することで、カスハラの被害を最小限に抑えることが可能です。
企業がこうした法的な義務とガイドラインを遵守し、従業員の安全を確保する取り組みを強化することが、カスハラ問題の根本的な解決につながります。
(次号につづく)
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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