中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第29回

初任給高騰時代に企業が目指すべき人材投資戦略

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

現代のビジネス環境は、新卒者の初任給をめぐる競争が激化しています。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、2022年の大卒初任給の平均は22万8500円でしたが、新興大手企業を中心に30万円を超える初任給を設定する企業や、さらには40万円以上を提示する企業も現れています。これらの数字は、業界内で大きな話題となり、サラリーマン全体の平均年収をも超える事態になっています。

この背景には、優秀な人材の確保を目指す企業間の激しい競争があります。中小企業の経営者にとっては厳しい状況かもしれませんが、若年層の報酬水準の向上は景気活性化や少子化問題の解消に寄与すると期待されています。しかし、この競争の中で企業が直面する課題の一つが、固定残業制度の適切な管理です。

固定残業制度(またはみなし残業制度)は、従業員の給与にあらかじめ残業手当を含める給与体系を指します。この制度では、従業員は固定の残業時間に対して事前に残業代を支払われ、その時間を超える残業が発生した場合にのみ追加で残業代が支払われる仕組みとなっています。この制度には、給与の予測が容易になる、企業の人件費管理がしやすくなるといったメリットがあります。しかし、長時間労働の助長や、実際の労働時間と給与の不一致というデメリットも伴います。

固定残業制度の適切な運用には、法律的な枠組みの理解が不可欠です。労働基準法では、労使間での合意に基づき適切に管理される必要があると規定しており、固定残業時間を超える労働に対しては、追加の残業代を支払う義務があります。このため、企業は労働契約や就業規則で固定残業制度の条件や運用方法を明確にし、従業員に対して十分な説明を行うことが求められます。

このような制度の導入と管理は、企業が直面する課題の一例に過ぎません。初任給の高騰という現象は、企業が優秀な人材を確保し、育成するためには、単に初期の報酬を高く設定するだけでなく、長期的な視点での戦略が必要であることを示しています。経営者や人事担当者は、従業員の健康管理やキャリア開発の機会を提供し、適正な労働環境を整備することで、従業員の満足度と企業の持続可能な成長を実現するための投資を行う必要があります。

企業が目指すべきは、従業員一人ひとりの能力とポテンシャルを最大限に引き出し、企業全体の価値を高めることです。これには、継続的な教育プログラム、適切な評価制度の設計、そして働きがいのある企業文化の醸成が不可欠です。企業が真に競争力を持続させるためには、初任給を始めとする報酬体系の見直しに留まらず、従業員一人ひとりがその能力を最大限に発揮できる環境の整備が求められます。このような総合的なアプローチが、初任給高騰時代を生き抜く企業が目指すべき人材投資戦略の核心となるでしょう。

企業が直面するこれらの挑戦を乗り越え、真の競争力を持続させるためには、短期的な利益よりも長期的なビジョンに基づく戦略が必要です。初任給の高騰は、即座に人材を引きつける効果があるかもしれませんが、企業が持続的な成長を遂げるためには、従業員が長期にわたって成長し、貢献できる環境を整えることが不可欠です。これは、単に給与の問題ではなく、従業員のキャリアパスや働きがい、そして企業文化に関わる深い問題です。

人材を企業の最大の資産と見なすならば、その資産に対する投資も、他のあらゆる投資と同様に、戦略的に、かつ慎重に行う必要があります。従業員一人ひとりの能力開発に投資すること、働く環境を整備すること、そして企業が目指すべき将来像に彼らがどのように貢献できるかを明確にすることが、この戦略の核となります。結局のところ、報酬は従業員が企業に求めるものの一部に過ぎません。彼らが求めるのは、自己実現の機会、成長の可能性、そして自分たちの労働が評価される文化です。

このような観点から、初任給の高騰という現象は、企業が人材に対してどのように投資すべきか、そしてその投資がいかにして長期的な企業価値の向上に貢献するかという問題を再考させます。固定残業代制度の適切な運用や、従業員の健康管理に対する配慮、キャリア開発支援など、これらはすべて従業員への投資の形態です。しかし、これらの施策が真に効果を発揮するためには、従業員と企業の目標が一致し、互いに支援し合える関係が築かれている必要があります。

最終的に、初任給の高騰を超えた人材投資戦略は、企業がどのようにして従業員と共に成長し、進化していくかについてのビジョンを示すものです。持続可能な成長とは、単に財務上の成功を意味するだけではなく、従業員がその過程でどのように個人としても成長し、充実感を感じることができるかにも焦点を当てることを意味します。このような総合的なアプローチこそが、初任給高騰時代において企業が目指すべき、真の人材投資戦略の姿であると言えるでしょう。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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