第26回
若者の間で「あえて非正規」が拡大。その解決策は?
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
近年、労働市場は大きく変化しています。かつては安定を求めて正社員を目指すのが一般的でしたが、現代では多様な働き方を選ぶ人が増えています。特に若年層の間で、自分のライフスタイルに合った柔軟な働き方を選ぶ傾向が顕著です。この動向は、単なる経済的理由だけでなく、働くことへの価値観の変化を映し出しています。
2023年の労働力調査によると、25歳から34歳の非正規雇用者の中で、「自分の都合の良い時間に働きたい」と回答した人は73万人にのぼり、10年前に比べて14万人増加しました。一方で、「正社員の職がない」という理由で非正規雇用を選ぶ人は減少しています。これは、求職者が職を選べるほど雇用環境が改善していることを示唆しており、非正規雇用を選ぶ背景には多様な動機があることが分かります。
経済のグローバル化、情報技術の進展、そして人口動態の変化は、働き方を多様化させる大きな要因です。若者を中心に、仕事を通じて自己実現を求める傾向が強まり、伝統的な正社員としての働き方に対するこだわりが薄れつつあります。自分の時間を大切にし、趣味や家族、さらには副業や起業への挑戦といった、仕事以外の活動に価値を見出す人が増えているのです。
例えば、大手IT企業の正社員だった25歳の女性が、やりたいことを追求するために音楽業界へ非正規雇用者として転職したケースなど、自らのキャリアパスを重視する動きが見られます。また、芸能活動と仕事を両立させたいと考える若者も増えており、非正規雇用がその柔軟性を提供しています。
しかし、このような働き方の選択には課題も伴います。非正規として働く割合は、男性の2割に対し女性は5割以上に達します。女性の正規雇用の比率は出産などが多い30代から急下降し「L字カーブ」のグラフになります。結婚や出産を機に家事・育児などとの両立ができず退職する女性が多いためです。
特に女性の場合、非正規雇用者が多い背景には、結婚や出産後のキャリア継続の難しさがあります。非正規雇用は一般に不安定であり、給与も正社員に比べて低く、社会保障の面で不利な状況にあります。そのため、非正規雇用者に対する処遇の改善や、育児・介護と仕事の両立を支援する社会保障制度の充実が求められています。
また、高齢者にとっても、非正規雇用は重要な役割を果たしています。年金を受け取りながらも、自分の都合の良い時間に働きたいというニーズが高まっており、65歳以上で非正規雇用を選ぶ人は増加しています。これらの動向は、社会の高齢化とともに、シニア層の活躍の場が広がっていることを示しています。
しかし、非正規の雇用は不安定で、厚労省の調査によると1時間あたりの給与は正社員の7割にとどまります。収入が少ないと年金保険料として納める額も低くなり、十分でない年金生活に陥る恐れがあります。また、非正規では、一定の所得を超えると税や社会保険料負担が生じる「年収の壁」の問題で働く時間を抑えている人もいます。
総じて、非正規雇用を選ぶ人々の背景には、経済的理由だけでなく、仕事とプライベートのバランス、自己実現への願望など、多様な価値観が反映されています。これからの社会は、こうした多様なニーズに応えるために、柔軟な働き方を支援し、正社員と非正規雇用者の間の格差を縮める政策を推進する必要があります。働く人々がそれぞれのライフステージやライフスタイルに合った選択ができるよう、社会全体で支援する体制を整えることが、これからの課題と言えるでしょう。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
- 第61回 大企業でも導入が進む「パーソナル雇用制度」
- 第60回 最低賃金1500円時代における給与の決め方
- 第59回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その3)
- 第58回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その2)
- 第57回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策
- 第56回 中小企業が注目すべきミドル世代の賃金上昇と転職動向~経験豊富な人材の採用でビジネス成長を加速
- 第55回 中小企業が賃金制度を考えるときに知っておきたい基本ポイント
- 第54回 2024年10月からの社会保険適用拡大、対応はお済みですか?
- 第53回 企業と競業避止契約の今後を考える
- 第52回 令和7年度 賃上げ支援助成金パッケージ:企業の成長と持続的な労働環境改善に向けて
- 第51回 解雇の金銭解決制度とその可能性 〜自民党総裁選における重要テーマ〜
- 第50回 令和7年度予算概算要求:中小企業経営者が注目すべき重要ポイントと支援策
- 第49回 給与のデジタル払いの導入とその背景
- 第48回 最低賃金改定にあたって注意すべきこと
- 第47回 最低賃金50円アップ時代に中小企業がやるべきこと
- 第46回 本当は怖い労働基準監督署の調査その4
- 第45回 本当は怖い労働基準監督署の調査(その3)
- 第44回 本当は怖い労働基準監督署の調査 その2
- 第43回 本当は怖い労働基準監督署の調査
- 第42回 初任給横並びをやめたパナソニックHD子会社の狙い
- 第41回 高齢化社会と労働力不足への対応:エイジフレンドリー補助金の活用
- 第40回 助成金を活用して人事評価制度を整備する方法
- 第39回 採用定着戦略サミット2024を終えて
- 第38回 2025年の年金制度改革が中小企業の経営に与える影響
- 第37回 クリエイティブな働き方の落とし穴:裁量労働制を徹底解説
- 第36回 昭和世代のオジサンとZ世代の若者
- 第35回 時代に合わせた雇用制度の見直し: 転勤と定年の新基準
- 第34回 合意なき配置転換は「違法」:最高裁が問い直す労働契約の本質
- 第33回 経営課題は「現在」「3 年後」「5 年後」のすべてで「人材の強化」が最多
- 第32回 退職代行サービスの増加と入社後すぐ辞める若手社員への対応
- 第31回 中小企業の新たな人材活用戦略:フリーランスの活用と法律対応
- 第30回 「ホワイト」から「プラチナ」へ:働き方改革の未来像
- 第29回 初任給高騰時代に企業が目指すべき人材投資戦略
- 第28回 心理的安全性の力:優秀な人材を定着させる中小企業の秘訣
- 第27回 賃上げラッシュに中小企業はどのように対応すべきか?
- 第26回 若者の間で「あえて非正規」が拡大。その解決策は?
- 第25回 「年収の壁」支援強化パッケージって何?
- 第24回 4月からの法改正によって労務管理はどう変わる?
- 第23回 4月からの法改正によって募集・採用はどう変わる?
- 第22回 人材の確保・定着に活用できる助成金その7
- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
- 第10回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(後編)
- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
- 第4回 中小企業の採用は「働きやすさ」で勝負する時代
- 第3回 プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
- 第2回 パーソナル雇用制度とは? 未来を切り開く働き方の提案
- 第1回 「労働供給制約社会」がやってくる!