第60回
最低賃金1500円時代における給与の決め方
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
<はじめに>
最低賃金が1500円を超える時代が到来し、企業に求められる賃金水準が大きく変わろうとしています。この影響を特に強く受けているのは、中小企業の経営者です。これまで、賃金の決め方に悩む経営者は多く、自社内での評価制度を活用して、どのように賃金に差をつけていくべきかが主な関心事でした。評価に基づく賃金の設定は、公平性を高め、社員のモチベーションを引き出すための重要な手段とされてきました。
しかし、昨今の急速な最低賃金の引き上げにより、企業は社員に対して「生活するために最低限必要な賃金水準」を確保するという課題にも直面しています。これにより、評価制度の見直しに加え、標準生計費を基準とした給与水準のチェックが必要とされています。企業がこうした時代の変化に対応し、社員の生活を支える適切な給与水準を確保することは、今後の人材確保や企業の持続的成長にも直結する重要な要素です。
このコラムでは、最低賃金1500円時代における給与の決め方について、標準生計費を加味した新たな視点から、中小企業経営者が考えるべきポイントを解説します。
<賃金の基本構造:下限と上限の決定要素>
企業が従業員に支払う賃金は、一定の基準に基づいて設定されています。まず、賃金の下限としては最低賃金があり、これは法的に定められた基準であり、企業が従業員に支払わなければならない最低限の水準です。さらに、近年の最低賃金の上昇に伴い、標準生計費(生活するために最低限必要な賃金)を基準とした賃金の見直しが求められるようになっています。企業は、この標準生計費を「社員が最低限の生活を維持するための基準」として捉え、適切な賃金を設定する必要があるのです。
一方、賃金の上限は、企業の支払い能力に依存します。企業の収益やコストを考慮し、無理のない範囲で賃金を設定することが求められます。上限と下限の間で賃金を決定する際には、世間相場や社内での評価制度に基づいた差別化も重要です。社員の評価や成果に応じた賃金設定は、企業内での公平性を保ち、モチベーション向上にも寄与します。
つまり、企業は最低賃金や標準生計費を下限とし、支払い能力を上限とした範囲の中で、評価や相場を基にした賃金設定を行うことが必要です。この枠組みを理解することで、時代に適応しつつも持続可能な賃金体系の構築が可能となります。
<給与決定における評価制度の役割>
給与の決定において、社内の評価制度は非常に重要な役割を果たします。評価制度を導入することで、従業員の能力や成果に応じて公平かつ透明な給与体系を構築することが可能となります。評価によって賃金に差をつけることは、社員のモチベーションを向上させ、企業全体の生産性向上にも寄与します。
これまでの中小企業における給与決定は、職務や役職に基づく画一的な基準で行われることが多かったかもしれません。しかし、近年では、個々の社員のパフォーマンスや貢献度を反映させた給与体系の構築が求められています。そのためには、評価基準を明確化し、社員が自分の評価や成果がどのように給与に反映されているかを理解できるようにすることが重要です。
また、評価制度を見直し、より現代の企業環境や人材確保の観点に適した形で賃金を決定することも大切です。例えば、若手社員や新入社員に対しても、生活を支えるための基本的な給与を保障しながら、成長や成果に応じて段階的に賃金を引き上げる仕組みを取り入れることが考えられます。
このように、評価制度を活用することで、企業は公平性と競争力を兼ね備えた給与体系を構築でき、人材の確保や定着にも効果を発揮するでしょう。
<人材確保と定着の観点からの市場比較>
人材確保と定着を図るためには、自社の賃金水準が市場でどのような位置にあるかを把握することが非常に重要です。競争力のある賃金を提供できなければ、他社へと優秀な人材が流出するリスクが高まるためです。賃金の市場水準を意識し、同業他社と比較することは、企業にとって不可欠な経営判断の一つといえるでしょう。
市場水準を確認するためには、業界の賃金調査や賃金データを活用することが有効です。これにより、自社の給与が平均以上なのか、それとも低い水準にあるのかを客観的に理解することができます。また、地域ごとの賃金格差も考慮することが重要です。同じ職種でも地域によって賃金水準が異なるため、自社の所在地や事業規模に応じて適切な比較を行うことが必要です。
さらに、給与だけでなく福利厚生やワークライフバランスも、競争力の一部として考えるべきです。現代の労働者は、給与以外の待遇や職場環境も重視しています。そのため、福利厚生や勤務環境の充実も、他社との違いを生むための要素となります。
このようにして市場水準を意識し、賃金のみならず、総合的な待遇で自社の魅力を高めることで、人材確保と定着を強化することが可能になります。
<標準生計費と企業の賃金水準のチェック方法>
最低賃金が急速に上昇している現在、企業にとって重要なのは、自社の賃金水準が従業員の生活を支えるための基準、すなわち標準生計費を満たしているかを確認することです。標準生計費とは、従業員が最低限の生活を維持するために必要な賃金水準を指します。これを満たさない賃金では、従業員の生活が成り立たず、結果的に退職者が増加し、企業の安定した運営にも支障をきたす可能性があります。
このチェックのために活用できるのが、連合などの労働組合が提供している「リビングエッジ」などの賃金データです。リビングエッジは、従業員が生活費をまかなうために必要な最低限の賃金額を示しており、自社の給与水準を確認するための指標として活用できます。特に、生活費のかかる都市部と地方部で異なるデータが提示されているため、自社の地域特性に合わせて参考にすることが可能です。
このデータを活用し、自社の賃金が標準生計費を下回っている場合は、賃金水準の引き上げを検討する必要があります。こうした取り組みによって、従業員が安心して働き続けられる環境を整え、結果的に定着率の向上や企業の持続的な成長につなげることが期待されます。
<まとめ:中小企業経営者が取るべき具体的なアクション>
最低賃金1500円時代において、中小企業の経営者が適切な賃金体系を構築するためには、いくつかの具体的なアクションが求められます。まず第一に、自社の賃金水準が標準生計費を下回っていないかを定期的にチェックすることが重要です。これにより、従業員が生活に不安を抱えず働き続けられる環境を整え、人材の定着率を高めることができます。
また、賃金決定にあたっては、社内の評価制度や市場の賃金相場も参考にし、企業の支払い能力に応じた適切な賃金差をつけることが求められます。評価制度を導入している場合は、その基準を見直し、時代の変化や社員の多様なニーズに対応できるよう改善することも有効です。
さらに、リビングエッジなどのデータを活用し、従業員の生活を支えるための賃金水準を認識することで、企業としての社会的責任を果たしつつ、人材確保にもつなげることができます。このように、賃金水準のチェックと評価制度の見直しを継続的に行うことで、時代に適応し、持続可能な経営基盤を築くことが可能です。
経営者の皆様が自社の給与体系を見直し、従業員の生活を支える責任を果たすことで、企業全体の成長と発展につながるでしょう。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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