第77回
育児介護休業法の改正が中小企業に与える影響
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
1. はじめに
2025年4月から段階的に施行される「育児・介護休業法」の改正は、日本社会における少子高齢化や働き方改革の流れを背景に、より柔軟な働き方を実現し、仕事と家庭の両立を支援することを目的としています。この改正では、育児や介護を理由とした離職を防ぐための新たな制度が導入されるほか、企業に対して従業員が利用しやすい環境整備が求められるようになります。
特に中小企業にとっては、この法改正が与える影響は大きいと言えます。大企業と比べて人員や資金が限られる中小企業では、新たな制度の導入や運用に伴う負担が懸念される一方で、適切な対応を行うことで従業員の定着率向上や人材確保につながる可能性もあります。
本コラムでは、育児・介護休業法の改正内容を整理し、中小企業が直面する影響や課題、そして対応策について考察します。法改正への理解を深めながら、中小企業がどのようにこの変化をチャンスとして活かせるかについても触れていきます。
2. 法改正の主なポイント
2025年の育児・介護休業法改正は、4月1日と10月1日の2段階で施行されます。主な改正内容は以下の通りです。
<2025年4月1日施行の主な改正内容>
・子の看護休暇の拡充
・対象となる子の範囲が小学校3年生まで拡大
・取得理由に学校行事や感染症に伴う学級閉鎖等が追加
・所定外労働の制限(残業免除)の対象拡大
・短時間勤務制度(3歳未満)の代替措置としてテレワークの追加
・育児(3歳未満)のためのテレワーク導入の努力義務化
・介護休暇を取得できる労働者の要件緩和
・介護離職防止のための雇用環境整備の義務化
・介護離職防止のための個別の周知・意向確認等の義務化
・介護のためのテレワーク導入の努力義務化
<2025年10月1日施行の主な改正内容>
・育児期(3歳以降)の柔軟な働き方を実現するための措置導入の義務化
・テレワーク、フレックスタイム制、時差出勤等から複数の選択肢を用意
・仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取・配慮の義務化
これらの改正は、従業員の多様なニーズに応じた柔軟な働き方を可能にし、仕事と育児・介護の両立をより一層支援することを目指しています。中小企業においても、これらの改正内容を踏まえた対応が求められることになります。
3. 中小企業への直接的影響
育児・介護休業法の改正は、中小企業に以下のような直接的な影響を与えることが予想されます。
<就業規則や労使協定の見直し>
改正法に対応するため、就業規則や労使協定の大幅な見直しが必要となります。特に、柔軟な働き方に関する新たな制度や、育児・介護に関する休暇制度の拡充について、詳細な規定を盛り込む必要があります。この作業には、法律の正確な理解と丁寧な文言の調整が求められ、中小企業にとっては大きな負担となる可能性があります。
<新たな制度設計と運用体制の整備>
テレワークやフレックスタイム制など、これまで導入していなかった働き方の制度を新たに設計し、運用体制を整備する必要があります。これには、業務プロセスの見直しや、労務管理方法の変更も含まれます。中小企業では、人事部門の規模が小さいことが多く、こうした新制度の設計・運用に十分なリソースを割くことが難しい場合があります。
<システム改修や環境整備のコスト>
新たな制度を導入するにあたり、勤怠管理システムの改修や、テレワーク環境の整備などが必要となる可能性があります。これらは、中小企業にとって無視できない規模の投資となる場合があります。特に、テレワーク環境の整備には、セキュリティ対策も含めた慎重な検討が必要です。
<従業員への周知と教育>
新制度の導入に伴い、全従業員に対して制度の内容や利用方法を周知し、必要に応じて教育を行う必要があります。特に管理職に対しては、制度を適切に運用し、部下の両立支援を行うための研修が重要になります。中小企業では、こうした全社的な取り組みを行う機会が少ないため、効果的な周知・教育方法の検討が課題となります。
<人事評価制度の見直し>
柔軟な働き方が増えることで、従来の勤務時間や出社状況を基準とした評価方法が適さなくなる可能性があります。成果主義的な評価への移行や、多様な働き方を前提とした公平な評価基準の策定が必要となり、人事制度全体の見直しにつながる可能性があります。
これらの直接的影響は、中小企業にとって短期的には負担増となる可能性がありますが、長期的には従業員の満足度向上や人材確保・定着につながる重要な投資と捉えることができます。適切に対応することで、企業の競争力向上にもつながる可能性があります。
4. 従業員の働き方への影響
育児・介護休業法の改正は、中小企業で働く従業員の働き方に大きな影響を与えることが予想されます。主な影響として以下の点が挙げられます。
<柔軟な働き方の選択肢拡大>
改正法により、特に育児期の従業員に対して、テレワーク、フレックスタイム制、時差出勤など、複数の柔軟な働き方の選択肢が提供されることになります。これにより、従業員は自身のライフスタイルや家庭の状況に合わせて、最適な働き方を選択できるようになります。例えば、保育園の送迎時間に合わせた勤務時間の調整や、子どもの急な発熱時のテレワーク利用など、より柔軟に仕事と育児の両立が可能になります。
<男性の育児参加促進>
これまで女性中心だった育児休業や短時間勤務の利用が、男性従業員にも広がることが期待されます。特に、個別の意向聴取や配慮が義務化されることで、男性従業員が育児に関する希望を表明しやすくなり、職場の理解も得やすくなるでしょう。これにより、夫婦で協力して育児を行う環境が整い、女性の就業継続にもつながる可能性があります。
<介護離職防止の取り組み強化>
介護に関する制度の周知強化や、介護休暇を取得しやすい環境整備により、従業員が介護を理由に離職するリスクが低減されます。介護の必要性が突然生じた場合でも、会社の支援を受けながら仕事と介護の両立を図ることができるようになります。これは、中高年層の従業員の就業継続に特に大きな影響を与えるでしょう。
<ワークライフバランスの向上>
子の看護休暇の拡充や、学校行事への参加を理由とした休暇取得が可能になることで、従業員は仕事と家庭生活のバランスをより取りやすくなります。これは従業員の満足度向上につながり、結果として仕事の生産性向上にも寄与する可能性があります。
<キャリア継続の可能性向上>
育児や介護を理由とした離職リスクが低減されることで、従業員のキャリア継続の可能性が高まります。特に、これまで出産や育児を機に退職する傾向が強かった女性従業員にとって、長期的なキャリア形成の機会が拡大することが期待されます。
<働き方に対する意識変革>
多様な働き方が制度として認められることで、従業員の働き方に対する意識も変化していくことが予想されます。「長時間労働=頑張っている」という従来の価値観から、効率的な働き方や成果を重視する価値観への転換が進む可能性があります。
これらの影響により、中小企業で働く従業員の働き方は大きく変化する可能性があります。企業側には、こうした変化に柔軟に対応し、従業員一人ひとりの状況に応じた支援を行うことが求められるでしょう。
5. 中小企業の人材戦略への影響
育児・介護休業法の改正は、中小企業の人材戦略に大きな影響を与える可能性があります。主な影響と戦略的な対応について以下に述べます。
<人材確保への影響>
・採用競争力の向上
育児・介護支援制度の充実は、就職活動中の学生や転職希望者にとって魅力的な要素となります。大企業と比べて給与面で劣位に立つことの多い中小企業にとって、充実した両立支援制度は重要な差別化要因となり得ます。
・多様な人材の獲得
柔軟な働き方を提供することで、育児中の女性や介護の必要がある中高年層など、これまで採用が難しかった層からの人材獲得が可能になります。多様な背景を持つ人材の採用は、企業の創造性や問題解決能力の向上につながる可能性があります。
<人材定着への影響>
・離職率の低下
育児や介護を理由とした退職が減少することで、全体的な離職率の低下が期待できます。特に、出産・育児期の女性従業員や、親の介護に直面する中堅社員の継続就業が可能になります。
・従業員ロイヤリティの向上
会社が従業員のライフステージに応じた支援を行うことで、従業員の会社に対する信頼感や帰属意識が高まる可能性があります。これは長期的な人材定着につながり、企業にとって重要な人的資本の蓄積を促進します。
<人材育成への影響>
・長期的な育成計画の実現
従業員の長期勤続が可能になることで、より計画的で効果的な人材育成が可能になります。特に、管理職や専門職の育成において、長期的な視点での育成が可能になります。
・多様な経験を通じた成長
育児や介護の経験は、従業員のマネジメント能力や共感力、時間管理能力などを向上させる可能性があります。これらのスキルは、職場でのリーダーシップ発揮にも活かされ、結果として組織全体の生産性向上につながる可能性があります。
<組織文化への影響>
・ダイバーシティ&インクルージョンの促進
多様な働き方や背景を持つ従業員が増えることで、組織の多様性が高まります。これにより、新しいアイデアや視点が生まれやすくなり、イノベーションの創出につながる可能性があります。
・働き方改革の加速
育児・介護と仕事の両立支援は、全社的な働き方改革のきっかけとなり得ます。効率的な業務遂行や成果主義的な評価など、新しい働き方や評価方法の導入が促進されるでしょう。
中小企業がこれらの影響を戦略的にとらえ、適切に対応することで、人材確保・定着・育成の面で大きなメリットを得られる可能性があります。法改正を単なる負担増ではなく、人材戦略を強化する機会として活用することが重要です。
6. まとめ
2025年に施行される育児・介護休業法の改正は、中小企業にとって大きな転換点となる可能性を秘めています。この法改正は、単なる法令遵守の問題ではなく、企業の持続的成長と競争力強化につながる重要な機会として捉えるべきです。
改正法への対応は、確かに中小企業にとって短期的には負担増となる側面があります。就業規則の改定、新たな制度の設計と運用、システム改修などには、時間とコストがかかります。また、経営者や管理職の意識改革、従業員への周知徹底など、組織全体で取り組むべき課題も少なくありません。
しかし、これらの課題に適切に対応することで、中小企業は以下のような大きなメリットを得られる可能性があります:
・人材確保・定着の強化
充実した両立支援制度は、優秀な人材を引きつける強力な武器となります。従業員の長期的なキャリア継続が可能になり、企業の人的資本が蓄積されます。
・従業員の満足度とロイヤリティの向上
柔軟な働き方の実現により、従業員のワークライフバランスが向上します。会社の支援姿勢が従業員の信頼感と帰属意識を高めます。
・生産性と創造性の向上
多様な働き方や背景を持つ従業員の増加が、新しいアイデアや視点をもたらします。効率的な働き方の推進が、全社的な生産性向上につながります。
・企業イメージの向上
両立支援に積極的な企業として、社会的評価が高まる可能性があります。これは、顧客や取引先との関係強化にもつながるでしょう。
法改正への対応を成功させるためには、経営者のリーダーシップが不可欠です。トップダウンで改革の重要性を発信し、全社一丸となって取り組む姿勢が求められます。同時に、従業員の声に耳を傾け、彼らのニーズを反映した制度設計を行うことも重要です。
また、専門家の活用や助成金の利用など、外部リソースを効果的に活用することで、中小企業特有の資源制約を克服することができます。
育児・介護休業法の改正は、中小企業にとって大きな挑戦ですが、同時に飛躍の機会でもあります。この変化を前向きに捉え、戦略的に対応することで、中小企業は自社の競争力を大きく向上させることができるでしょう。法改正への対応を、単なるコンプライアンスの問題としてではなく、企業成長の重要な戦略として位置づけ、積極的に取り組むことが求められています。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
- 第77回 育児介護休業法の改正が中小企業に与える影響
- 第76回 HR分野におけるAIの活用とその課題
- 第75回 変化する採用市場と学生・企業のあるべき姿勢
- 第74回 2025年の採用戦略:中小企業が勝ち抜くための5つの鍵
- 第73回 令和7年度の助成金最新情報
- 第72回 変革の時代:2025年労働基準法改正が描く新しい働き方の未来
- 第71回 法改正に対応!中小企業が知っておくべきカスタマーハラスメント対策のポイント
- 第70回 中小企業経営者のための「賃上げ支援助成金パッケージ活用術」
- 第69回 2025年春闘:中小企業の挑戦と変革の時
- 第68回 定年延長か継続雇用か ? データから見る高齢者雇用の最適解
- 第67回 2025年、退職代行サービス利用が過去最高に ~ 現代の労働環境が映し出す課題とは
- 第66回 2025年育児介護休業法改正と企業が行うべき対応
- 第65回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その3)
- 第64回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その2)
- 第63回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その1)
- 第62回 女性活躍推進法の改正がもたらす未来と企業への影響
- 第61回 大企業でも導入が進む「パーソナル雇用制度」
- 第60回 最低賃金1500円時代における給与の決め方
- 第59回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その3)
- 第58回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その2)
- 第57回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策
- 第56回 中小企業が注目すべきミドル世代の賃金上昇と転職動向~経験豊富な人材の採用でビジネス成長を加速
- 第55回 中小企業が賃金制度を考えるときに知っておきたい基本ポイント
- 第54回 2024年10月からの社会保険適用拡大、対応はお済みですか?
- 第53回 企業と競業避止契約の今後を考える
- 第52回 令和7年度 賃上げ支援助成金パッケージ:企業の成長と持続的な労働環境改善に向けて
- 第51回 解雇の金銭解決制度とその可能性 〜自民党総裁選における重要テーマ〜
- 第50回 令和7年度予算概算要求:中小企業経営者が注目すべき重要ポイントと支援策
- 第49回 給与のデジタル払いの導入とその背景
- 第48回 最低賃金改定にあたって注意すべきこと
- 第47回 最低賃金50円アップ時代に中小企業がやるべきこと
- 第46回 本当は怖い労働基準監督署の調査その4
- 第45回 本当は怖い労働基準監督署の調査(その3)
- 第44回 本当は怖い労働基準監督署の調査 その2
- 第43回 本当は怖い労働基準監督署の調査
- 第42回 初任給横並びをやめたパナソニックHD子会社の狙い
- 第41回 高齢化社会と労働力不足への対応:エイジフレンドリー補助金の活用
- 第40回 助成金を活用して人事評価制度を整備する方法
- 第39回 採用定着戦略サミット2024を終えて
- 第38回 2025年の年金制度改革が中小企業の経営に与える影響
- 第37回 クリエイティブな働き方の落とし穴:裁量労働制を徹底解説
- 第36回 昭和世代のオジサンとZ世代の若者
- 第35回 時代に合わせた雇用制度の見直し: 転勤と定年の新基準
- 第34回 合意なき配置転換は「違法」:最高裁が問い直す労働契約の本質
- 第33回 経営課題は「現在」「3 年後」「5 年後」のすべてで「人材の強化」が最多
- 第32回 退職代行サービスの増加と入社後すぐ辞める若手社員への対応
- 第31回 中小企業の新たな人材活用戦略:フリーランスの活用と法律対応
- 第30回 「ホワイト」から「プラチナ」へ:働き方改革の未来像
- 第29回 初任給高騰時代に企業が目指すべき人材投資戦略
- 第28回 心理的安全性の力:優秀な人材を定着させる中小企業の秘訣
- 第27回 賃上げラッシュに中小企業はどのように対応すべきか?
- 第26回 若者の間で「あえて非正規」が拡大。その解決策は?
- 第25回 「年収の壁」支援強化パッケージって何?
- 第24回 4月からの法改正によって労務管理はどう変わる?
- 第23回 4月からの法改正によって募集・採用はどう変わる?
- 第22回 人材の確保・定着に活用できる助成金その7
- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
- 第10回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(後編)
- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
- 第4回 中小企業の採用は「働きやすさ」で勝負する時代
- 第3回 プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
- 第2回 パーソナル雇用制度とは? 未来を切り開く働き方の提案
- 第1回 「労働供給制約社会」がやってくる!