第3回
プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
プロ野球選手の年俸更改やFA制度を参考にして、「個人契約型の雇用制度」の仕組みを作れないか? そうして考え出したのが、「パーソナル雇用制度」です。
パーソナル雇用制度においては、原則として個別の労働契約を毎年更新することになります。個別の労働契約ですので、労働基準法などの法令や会社の就業規則よりも有利な労働条件で契約をすることが可能です。そういう意味では、労使の双方が合意をする限りにおいては、働く場所や時間はもちろん、賃金についても自由に決めることができます。ただし、1つだけ問題があります。それは、契約更改時に双方が労働契約の内容について合意できなかった場合にどうするのか、という問題です。
例えば、会社として期待している役割を果たせていないと判断をした場合に、通常であれば会社が人事権を行使して降格や配置転換を命じて、それに伴って給与を下げるということになるのですが、個人契約型の場合には本人が同意をしなければそれができません。契約内容に合意できなかったからといって解雇することができるかというと、現行の労働法制においてはそれも難しいのです。この問題をクリアするバックアップシステムにおいても、プロ野球選手の年俸更改やFA制度が参考となっていますので、ここでその仕組みを確認しておきます。
■プロ野球選手の年俸更改・FA制度
シーズン終了後、選手と所属球団が翌年の契約について協議するのが「契約更改」です。契約更改では、球団の査定係がその年の全試合における選手のプレーをポイント化し、年俸に反映させています。査定の内容は非常に細かく、試合の勝敗や球団の経営状況にも左右されます。さらにポイントの計算方法も球団ごとに異なるので、同じような成績で年俸に差が出ることもあり得ます。選手は年俸に納得すればサインし、納得いかなければ保留することができます。
選手が不調でまったく成績が残せなかった場合、基本的に年俸は下がります。ただ年俸はどこまでも下げられる訳ではありません。契約更改では野球協約で定められた次のような「減額制限」があります。
<減額制限>
・元の年俸が1億円以下の場合は25%、元の年俸が1億円を超える場合は40%の減額制限がある
・減額制限を超えて減俸を行う場合は、選手の同意を得る必要がある
・選手が同意すれば、減俸された金額で契約を結ぶことができる
・同意しなかった場合、球団は選手に対する保有権を放棄しなければならない
・選手は自由契約となり、どの球団とも自由に契約することができる
球団から提示された金額が減額制限内に収まっていても、選手の希望額と大きな開きがある場合は契約に至りません。契約に至らない場合、球団と選手は「年俸調停」を申請できます。年俸調停を申請し、受理されると「年俸調停委員会」が構成されます。年俸調停委員会が球団役職員・選手からそれぞれの希望年俸額および年俸額の根拠を聞き、年俸を決定します。決定された年俸は変更できず、選手が契約を拒否すると任意引退扱いとなります。任意引退扱いの場合、選手の保有権は元の球団にあり、他球団と契約することはできません。実際はもっと複雑だと思いますが、以上がプロ野球の年俸更改の概要です。
ここでのポイントは、球団との年俸交渉は「野球協約」による減額制限のルールの下に行われており、また、双方が合意できない場合には日本プロ野球機構の「年俸調停委員会」によって決定される、というバックアップシステムがきちんと整備されていることです。このような仕組みがあるからこそ、選手と球団の双方が納得行くまで話し合いをすることができるわけです。
■パーソナル雇用制度における合意できない場合のバックアップシステム
上記のプロ野球の仕組みを参考に私たちが考えたのが、原則のルールとしての就業規則の上に、特約として個別の労働契約を締結するというスタイルです。つまり、あくまでも原則としては就業規則によって労務管理をするけれど、双方が合意をすれば特約を交わして、就業規則を上回る条件で働くことができるという仕組みです。ただし、特約である個別の労働契約に合意がなされなかった場合には、原則の就業規則に従うことになるのです。もちろん、パーソナル雇用制度の適用を受ける従業員に対しては最初にそのことをきちんと説明をして、理解・納得の上で契約をしてもらうことは言うまでもありません。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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